第110話 侯爵令嬢の想い
「お嬢様は古い由緒を誇るゼラント侯爵家の令嬢、正当な跡継ぎでした」
静かな小屋の中で。
レイラとカオリを前に、ドーラは語る。
令嬢は、この深い森の中の城館で育った。星都の学校で勉強をしていたが、令嬢は森が好きだった。休暇になると、ここに帰ってきていたのである。
この小屋は特に令嬢のお気に入りだった。森を散策したり、花や木や草を愛でたり、動物と遊んだりするのには、宏壮な城館より、この小さな小屋のほうが便利だった。
ある朝。この小屋で、起き出して、森の空気をいっぱいに吸っていた令嬢は、森の中を散歩する1人の青年を見つけた。
突然の出会いだった。青年は、森の中で道に迷っていた。令嬢は青年を小屋に案内した。
ーーこの森は、本当に美しいですね。ここは最高に素敵な場所です。
青年は言った。
ーーはい、ここより美しい場所は、他にございません。
令嬢は、応えた。
ーーしかし、
青年は言った。
ーーあなたの美しさに、勝るものは何もありません。
令嬢は、頬を染めた。
2人は恋に落ちた。
青年は、遠くの星の、公爵家の令息だった。ゼラント侯爵家としても、もうしぶんのない相手だった。話はとんとん拍子に進み、2人の結婚の日取りも決まった。
ところが、結婚の準備の為、自分の星に帰っていた青年が、不慮の事故で、亡くなってしまった。
令嬢は、すっかりふさぎこんだ。
誰の言うことにも耳をかさず、毎日、ただ、青年の思い出に閉じこもっていた。
やがて。
令嬢は、青年がまた帰ってくる。そう考えるようになった。想いを捨てることが、どうしてもできなかったのだ。突然この森に青年が現れたように、またひょっこりと現れる。帰ってくるまで待っていなければならない。
想いに取り憑かれた令嬢は。
城館とこの小屋を行き来し、待ち続けた。令嬢は誰も訪問も忠告も受け付けず、次第にみな令嬢から遠ざかっていった。
歳月が過ぎた。青年が帰ってくるとの思いに取りつかれた令嬢は、このままでは自分が歳衰えて青年が戻ってくる前に命が尽きてしまう、それではいけない。と、焦り始めた。
令嬢は、ロボット工学の勉強していた。いつか戻ってくる青年を待つため、自分とそっくりのアンドロイドを作ろうと決めた。
それから来る日も来る日も、令嬢はアンドロイドの制作に没頭した。ゼラント侯爵家の家財を傾け、最高の技術を注ぎ込んで、アンドロイドを作った。自分の似姿そっくりにするため、精魂を込めた。
令嬢は、科学者としても、芸術家としても一流であった。遂に、自分とそっくりなアンドロイドを完成させたのである。アンドロイドには、令嬢の記憶が、移植された。
これで、どれだけ時間がかかろうと、青年を待つことができる。
安心した令嬢は、やがて永遠の眠りについた。安らかな顔をしていた。青年と再び巡り会う未来を信じて、疑わなかったのだ。
◇
「令嬢は、正当なゼラント侯爵家の最後の1人でした。そこで家は絶えてしまったのです。この土地は侯爵家の遠縁であった私の先祖が受け継ぐことになりました。それには条件があったのです。令嬢の遺言で、令嬢渾身の作品であるアンドロイドのお嬢様を、そして小屋と侯爵家の城館をずっと守り続け、いつか帰ってくる青年を待ち続けるように、というものでした。私の先祖は、契約しました。ここを受け継ぎ、ずっとお守りすることになったのです」
ドーラの話は終わった。
大昔の侯爵令嬢。
その思いが、アンドロイド美女となって、今も生き続けているのだ。




