第100話 女神
「お二方には、結果的に、体験報告者をして頂きました。予備知識なしでの体験報告者というのも、貴重でございます。有益なご提言をいただきました。ぜひ、謝礼をさせてください」
テーマパーク開発部長イワキは、結構な額を提示した。
契約書にサインし、事後的にであるが体験報告者としてテーマパーク試験開業に参加したことにしろ、というのである。
さすがに、ちゃんとビジネスのことを考えてるな。
レイラは、思う。
契約すれば体験報告者だから、秘密厳守である。これには、危険はなかったとはいえ、結果的に怖い思いをした。2人への慰謝料、口止め料の意味もあるのだろう。巨額の資本を投下したテーマパーク開発だ。開演前に事件や事故が起きた、そういう評判が立ってはならないのだ。
予想されるリスクは、きっちりと防ぐ。
イワキは、柔らかな笑顔の下で、ちゃんと計算しているのだ。
レイラとネクリ、素直に契約書にサインして、体験報告者としての謝礼を受け取った。
そもそも、立ち入り禁止の区域に、レイラが刑事の道具と技を使って、勝手に侵入したのが発端なのだ。そこを突かれると、まずいのである。
これで、全て終わった。
テーマパークを去る時、レイラは、ギルバンに、訊いた。
「ここでしばらく働くの?」
「いや。言っただろう。開業前の総仕上げで人手がいっぱいいるから俺も募集に応じたって。ずっとここで警備の仕事をするわけじゃないぜ。もうすぐここの仕事も終わる。それよりお前、見境なく人の首をへし折ろうとするんじゃないぞ。テーマパークの警備チェックの仕事で命が飛びそうになるとは、まさか思わなかったぜ」
「あんたがあんな格好してるのが、いけないのよ。何なの? あれは? どう見ても海賊ルックじゃない。あんた、いつも仕事中に、いつもウイスキーの瓶ポケットに突っ込んでるの? よく馘にならないわね」
むくれるレイラに、
「俺は、したいようにするのさ」
ギルバンは応えた。
◇
レイラとネクリは、高速エアバスで、星都にもどる。
散々な休日だった。
謝礼はたっぷりもらったけど。
ネクリの顔色も、やっと元に戻ってきている。
「レイラ」
エアバスの座席で。ネクリがレイラの手をぎゅっと握る。
「今日はありがと」
「え? そんな……結局のところさ、最初から最後まで、安全安心だったってことじゃない。本当に海賊の巣だったら、私がいくら暴れても、駄目だったよ」
ネクリ、瞳をキラキラさせて、
「そんなことない。レイラ、強かった。かっこよかった。モデルじゃなくて女神だね。私の女神」
「もう、ネクリ」
レイラは赤くなる。
「大げさね。あ、今日のこと、みんなには言わないでね。立ち入り禁止区域に勝手に入ったあげく怖い思いしたとか、恥ずかしいから」
刑事の体術格闘術逮捕術。そんなの全開させたなんて、知られるわけにはいかない。
◇
翌日。
レイラとネクリは、元気にモデル事務所に出勤した。
ロッカールームで、カオリに声をかけられる。
「お二人は、休日はいかがでしたか?」
「うん……まあまあ、楽しかったよ。ちょっとびっくりして、疲れちゃったけど」
「そうですか。よかったですね。私も休日、丸一日頑張って、数列の難題を解くことができました」
カオリ。無表情だが、どこか明るい口調。
「そう……よかったね。あんまりやりすぎないほうが、いいと思うよ」
数列。レイラはやっぱり危ない気がする。
「それで」
カオリが言う。
「次の休日ですが、一緒にお出かけしませんか? 今度、星都に巨大水族館がオープンするんです。巨大な亀とか、特殊開発した軟体生物とかが、売りなんですよ。どうです? 面白そうじゃないですか?」
「きゃああーっ!」
悲鳴をあげるレイラとネクリ。
「巨大軟体生物とか、無理ーっ!」
「亀さんとか、だめーっ!」
2人は逃げ出した。キョトンとして見送るカオリを後にして。
◇
華やかな下着モデルの世界に身を置いて。
レイラの潜入捜査は、続く。
( 事件簿No.8 ネクリの休日 了 )




