第1話 下着モデル潜入捜査官の誕生
時は宇宙世紀。
人が初めて宇宙に飛び立ってから数十億年。人類は数多の星々に移住し居住空間を拡張し、繁栄した都市を築いていた。超科学文明の時代を謳歌していたのである。
宇宙で最も繁栄した星の1つ、シン・トーキョー星。
巨大な超高層タワービルが立ち並ぶ星都は、浮き立っていた。
宇宙最大規模の下着ファッションショー、シン・トーキョー星コレクションがまもなく開催されるのである。
ここ、シン・トーキョー星には、宇宙きっての大手下着メーカーの本社がいくつもあり、新作発表のファッションショーが定期的に行われていた。ショーの模様は、全宇宙に中継され、多くの観客を熱狂陶酔させていた。シン・トーキョー星最大の呼び物である。
いよいよショーの時期だ。星都は、早くも期待と興奮に包まれている。みな、今期の新作下着の発表を楽しみに待ち望んでいるのだ。
シン・トーキョー星コレクションの話題で持ちきりなこの星で。
下着ファッションショーには目もくれぬ1人の少女が、星都を歩いていた。
長身で肩で風を切って歩く。きりっとした端正な顔立ち。藍色の長い髪を後ろで束ね、強い意志を示す水色の瞳をしていた。どこかまだ幼く見える。
レイラ。若干18歳の乙女ながら、宇宙警察の刑事であった。
この頃の宇宙警察では、年齢にかかわらず、優秀な成績実績を示したものはどんどん起用され昇進することができた。
宇宙警察学校を抜群の成績で卒業したレイラは、現場警察官として配属されるやたちまち頭角を現し事件解決に手腕を発揮し、刑事に抜擢された。宇宙警察期待のエリートである。
今日も。
レイラは、浮き立つ星都に、油断のない視線を配りながら歩いて行く。
シン・トーキョー星の星都にある宇宙警察の星域本部に入ろうとしたレイラ。
「おや、なんだろう」
1人の女性が本部の立派な建物から出てくるのを見かけた。首うなだれ、しょんぼりとしている。なにかの相談に行ってきたのだろうか。
あまりにも落胆した様子だった。
レイラは、思わず声をかけた。
「どうされましたか?」
女性は顔を上げた。
「娘がいなくなってしまったんです。帰ってこないんです」
「娘さんが?」
「はい。娘は18歳です。ナミエといいます。大学生なったばかりで私と同居二人暮らしだったのですが、一週間前、突然いなくなったんです。連絡もつかなくなりました。大学のほうに問い合わせたら、通学してないとのことです。急に連絡もよこさず、姿を消すなんて、これまでなかったことです。私はあの子とずっと一緒に暮らしてきたんです。あの子のことは、よく知ってます」
母親は、あちこちに問い合わせた。娘の友人や、大学高校の同級生たちに。でも、みんな、知らない、連絡は一切ない。自分たちも不思議に思っている、そういう返事だった。
そこで今日、とうとう宇宙警察に相談に行ったのだが。
「失踪届を出してください。受理します。そう言われました。それだけでした」
母親は本当に落胆していた。
誰かがいなくなった。その場合、警察は失踪届を受理する。基本的にはそれだけだった。事件として警察が動くのは、よほどはっきりと犯罪事件だという確証があった場合のみである。人がいなくなるというのは、それぞれの事情があるものだ。必ずしも警察が踏み込んでよいものではない。突然誰かと連絡がつかなくなる。よくあることだった。特に、若い女性の場合は。
レイラも、そうした事情は知っていた。だが、娘を案ずる母親の、あまりにも悲嘆にくれた様子に、心が動いた。それに、若い女性の失踪事件、そのうちの何%かは、確実に犯罪事件がらみなのだ。
その場では母親に安請け合いはできないので、また警察に来てみてくださいとだけ話し、警察に出勤する。
さっそく失踪案件のことを調べた。ありきたりな内容。でも何か、引っかかるところがあった。刑事の勘がピンとくるのだ。ただちに上役の部長バリル警視のところに行った。
「どうしたかね、レイラ君」
自慢の長い髭を撫でながら、バリル部長は、迎える。40過ぎの男。いつも部長の重責に押しつぶされたような悲哀のこもった顔をしている。
「今日、若い娘さんが失踪したとの届がありました」
レイラのきっぱりとした声に、部長は人の良い眼で応える。
「失踪届? そうか。事件じゃなくて、単なる届けなんだな。よくあることだ。それなら、窓口の担当に聞いてくれ。私はそこまで全部把握してないよ」
「窓口の担当の人には、話を聞きました。一般の失踪届として、受理したとのことです」
「ふうん、そうなのか。それならそれでいいんじゃないかな? 何か問題でもあるのか?」
「この案件、まだ担当の者も決まってないとのことです」
「担当? ええと、単なる失踪案件だろう? 普通の。若い娘の失踪案件て、いっぱいあるからね。彼氏と喧嘩して飛び出したとか。いろいろ事情があるんだよ。特に何かない限り、担当も何もつかないよ。君だって知ってるだろ」
「はい。でも、一応、事件性がないか、調べてみようと思うんです」
「事件性? 何か確証があるのか?」
「私の勘です」
「勘? 君ねえ。そういうことで動くのはちょっと……」
「部長にはいつも、刑事の勘を養え、コンピューターに頼っていてはダメだ、そう言われています」
「うーん、そうだけどさ……」
「私はちょうど1つ事件を片付けたところです。手は空いています。問題ありません。それでは、この件にかかります」
そういって、レイラは颯爽と宇宙警察本部を飛び出した。もちろん事件でなければそれが1番良い。単なる家出音信不通であってほしい。早くあのお母さんを安心させてあげなきゃ。とにかく、調べよう。
張り切って捜査に乗り出したのだが。
その日の夕方。バリル部長に呼ばれた。
「レイラ君、今日の失踪案件のことだが」
「はい。現在捜査中です」
「捜査は中止だ」
バリルは、厳しい顔をしていた。
「え」
驚くレイラ。部長は続ける。
「私もいろいろ調べた。これは事件じゃない。だから警察は動かない。それが結論だ」
ぴしゃりと。
「あの、調べて何がわかったか、教えていただけませんか?」
「ダメだ」
にべもなかった。
なんだ?
いつもは温厚のバリルが。険しい顔。
「レイラ君、君は宇宙警察期待のエースだ。つまらんことで足を取られてはいかん。この件から手を引くんだ」
「え……」
いったい、これはどういう?
レイラにはわからなかった。
バリル部長の様子。ただならぬものを感じる。そうだ。隠したいものを、隠そうとすればするほど、余計目立ってしまうんだ。
手を引け?
そう言われると余計にこの事件、気になった。いや、まだ事件と呼べるかどうかもわからないけど。
1人の、18歳の女の子が失踪した。
ナミエ。
最初にナミエの母親と会ったとき、何かを感じた。
その勘、刑事の勘は正しかったんだ。あのバリルの反応。捜査を中止しろと言った。単なる失踪案件なら、なんであんな大仰な態度をとるんだろう。裏で大きなことが動いている。間違いない。
やはり、何かあるんだ。
だが、警察としての捜査は止められた。
ならば。自分1人で動こう。明らかに危険な匂いがする。1人の若い女性の、運命が関わっている。
レイラは、休暇届を出した。
密かに、ナミエの捜索をするために。
休暇届を受け取ったのは、バリルの秘書ニーナ。かわいいメガネの女性警察官である。まだ若い。
「レイラ警部、休暇ですか? 記録見たらずっと働きづめですね。休むのは絶対必要ですよ。いっぱい羽根を伸ばしてきてくださいね。過労は美容の大敵! あ、そうだ。今度の下着ショー、もちろん見に行くんでしょ? あれこそ女の子の夢の世界よね。ああ、あんな舞台に、私もいちど立ってみたい!」
間近に迫ったダリューン星コレクションで頭がいっぱいのニーナを背に、レイラは警察本部を出た。
◇
レイラは、宇宙警察の組織から離れて1人でナミエの捜索を行った。ナミエのデータは、母親からもらっている。
あちこち聞き込みをするうちに。驚くべきことがわかった。
「これ、新人モデルのナミエじゃない?」
足を棒にして星都を歩きまわって、ナミエの画像を見せて回って、ついに手がかりにたどり着いた。ナミエの姿と認めたのは、モデル志望の女の子だった。
「新人モデル?」
「うん。下着デザイナーで有名なドン・ハルキサワのモデルよ。モデルのオーディションがあって、私も受けたの。そこにいたのよ。この子。間違いない。ナミエ。私はオーディションに落ちたけど、この子は受かったと思う」
ナミエが下着デザイナーのモデルに?
レイラは、ナミエの画像を見直す。グリーンの長いストレートヘア。明るい茶色の瞳。スレンダーで均斉のとれた身体。
下着モデルに? ドン・ハルキサワの?
宇宙に名を轟かせる下着ファッション界の大物デザイナー。
レイラは、ドン・ハルキサワのファッションデザイナー事務所の周辺を洗った。間違いなかった。ナミエは、つい最近、ドン・ハルキサワのモデルオーディションに応募し、合格していた。だが、その後は、消息不明だった。事務所の公開データからも、ナミエのことは削除されていた。
なにか、ある。
ナミエは超一流大物ファッションデザイナーのモデルに合格した。しかし、この話、母親にも、友人にも、一切していない。
不自然だ。おかしい。
華やかな下着ファッション業界。そのトップ、ドン・ハルキサワのモデル。
女子の憧れの的。
だが、同時に。
欲望と打算、裏の駆け引きが渦巻く世界である。
18歳のナミエは。憧れから煌めく世界に飛び込み、裏で蠢くどす黒い渦に呑まれてしまったのではないだろうか。
下着ファッション界について、レイラは、よくは知らない。しかし過去の記録を調べると、いろいろ事件が起きているのは間違いなかった。
ナミエの身にもなにかが起きたのか。
こうしてはいられない。なんとしても、助けなければいけない。
レイラは、ドン・ハルキサワ事務所の外側からいろいろ探ってみたが、限界があった。これ以上何もわからない。警察組織としての捜査でもないのだ。このままでは。
消息を絶ったナミエ。今、どうなっているのか。
早く見つけなければいけない。
かくなる上は。
レイラは、決断した。
潜入捜査だ。
下着ファッション業界に、自ら潜り込むのだ。
下着モデルとなって。




