常人換算
夜の兵舎前の広場。
カルドラは今日もここで漆黒のロングソードを振っていた。
(今日貰った攻撃…。魔法が発動する瞬間は視界の端で捉えていたが、剣に掛かった慣性に引っ張られて回避が間に合わなかった…)
数年ぶりに直撃を許した攻撃を思い返しながらその原因を分析する。
(こいつがロングソードってこともあるが、素材がタングスライトだってことが一番大きいな。見た目と重量のギャップにまだ身体が馴染んでない…)
鋼より頑丈だが、その分重量があるタングスライト。
剣を振りながら、腕に掛かるその"重さ"をしっかり身体に覚え込ませる。
(数日後には同じ素材で強化された棍棒とショートソードが戻ってくる。今までと同じ感覚で扱えば、きっといつか致命傷を貰う。"一歩先を見極めて"立ち回るんだ…)
今日貰った攻撃がもしウォーター・レイではなく、サニアが以前使っていたレーザだったなら、カルドラは即死していた。その事実をしっかり胸に刻み込む。
(驕るな、油断するな、周囲に気を配れ。見極めて、全て躱し切るんだ…)
今まで戦ってきた相手を想像し、仮想敵としてロングソードを振る。頭の中で何度も被弾しながら、この剣の最適な扱い方を模索していく。
「あの兄ちゃん、今日はだいぶ気合入ってるな」
「あぁ。ありゃ頭の中で戦ってるな。あの剣での素振りの最終調整って感じか?」
そんな鬼気迫る素振りをしているカルドラを眺める兵士が話す。
現在町の兵士の3分の2は坑道の掃討作戦に駆り出されている。彼らも作戦に参加しているが、現場が近いため、夜は兵舎に戻ってきていた。
作戦中の細かい情報を仲間と共有しつつ広場で軽く素振りをしていたらカルドラが遠くに現れ素振りを始めたので、休憩がてらカルドラを眺めていたのだ。
「あの兄ちゃんたぶん冒険者だよな? 掃討作戦には参加してないのかねぇ」
「ロングソードだぞ? 坑道じゃ使えないだろ」
「それもそうか…。腕が良さそうだから参加してくれると助かると思ったんだけどな」
「まぁ明日からの"ダンジョンアタック"でもしかしたら…ってところじゃないか? ダンジョンの中は"広いかもしれない"からな」
実は今日の作戦の終了間際、坑道の奥でダンジョンが発見されていた。
発見された時間が遅かったこともあり、ダンジョン内の探索は明日からということになっている。
ダンジョンの深さにもよるが、普通はアタック開始からコア破壊まで少なく見積もっても3~4日は掛かる。そのどこかのタイミングで彼も参加してくれると戦力的に助かるなぁという、兵士たちの淡い期待が募る。
「ま、来てくれたらラッキーくらいに思っとこうぜ。おれたち兵士は今ある戦力で現実的に戦うだけだ」
「確かに。…そろそろ戻るか。明日に備えて休んでおかないとな」
そして兵士たちはカルドラを残し兵舎へ戻っていく。
1人になったカルドラは尚も集中し、想像を相手に戦うのだった。
次の日の朝。カルドラはサニアと2人で宿のロビーで朝食を取っていた。
アイーシャは昨晩も例の鍛錬を行ったため、昼まで夢の中だ。
良い機会だったので今まで気になっていたことをサニアに聞いてみることにした。
「なぁサニア。アイーシャの秘密特訓ってどんなことやってるんだ?」
サニアに気付かないふりをしろと言われているためアイーシャには聞けないが、サニアには聞ける。そう思って聞いてみたのだが…。
「ふふふ♪ 秘密です♪」
笑顔ではぐらかされる。絶対に教えないという強い意志を感じる。
「一昨日グレーターヒールを1人で使ってぴんぴんしてて、すごいと思いつつ心配にもなったんだよ。…ほんとに大丈夫だよな?」
カルドラはアイーシャが無茶な訓練をしているのではないかと心配しているのだ。まぁその心配はほぼ当たっていて、無茶を飛び越え命を懸けた鍛錬をしているのだが…。
(んー…。何も教えずに秘密にするのはそろそろ限界かもですね…。カルさんの心労を思うと可哀想になってきました…)
カルドラの顔を眺めながらどこまで情報を出すか考えるサニア。教えすぎれば彼は必ず鍛錬を止めようとするだろう。アイーシャのためにそれは避けなければならない。
「まぁグレーターヒールを1人で使うって本来はおかしいですからね。カルさんの心配はごもっともです」
「だろ? いったい何をやればそれが可能になるんだよ…。怖いよおれは…」
「んー…。一言で言えば、"魔力の筋トレ"でしょうか。筋肉と同じく、正しく負荷を掛ければ魔力も強くなるんですよ」
「筋トレ…」
腑に落ちない顔のカルドラ。サニアはちょっと付け足して話題を逸らそうと試みる。
「あ、カルさんはやっちゃだめですよ? 魔法陣に影響が出ますから」
「いや、おれはサニアのおかげで現状魔法では困ってないから――いや、1つあったわ。困ってると言うより試さなきゃいけないことだけど」
「あら。何を試したいんですか?」
逸らそうとしたら自分から逸れてくれて内心ほっとするサニア。その話に乗ってカルドラの悩み相談に移る。
「おれの特殊体質は教えたよな?」
「えぇ。オーガの魔物と戦った話を聞いた時にそれについても教えて貰いました」
前の街からこの町への移動中、カルドラとアイーシャの複数の戦闘の話はサニアに共有済みである。その話の中でカルドラの特殊体質と特殊技能についても説明してある。
「森で魔族と戦った時、おれは終始5層開放状態だったんだ。"最後の一撃"の時もな」
「…はい」
最後の一撃。それは魔族の左腕を爆散させ、鋼の棍棒を潰しひしゃげさせた一撃だ。
「あれは出力の上がった身体強化で強化された筋力を、特殊体質で限界ギリギリまで引き出した上での攻撃だった。5層の開放であの威力だ。じゃあ4層開放状態で同じことをやったら…?」
「………想像も付きませんね」
あの一撃を思い出し、難しい表情になるサニア。
あの戦闘の後、カルドラはアイーシャと「試したことが無いことは絶対にしない」という約束をしていた。つまり彼は戦闘での手札を増やすために4層開放も含めて攻撃の威力を知っておきたいのだろう。
「現状5層開放時の身体強化が常人換算でどれくらいの出力なのかもわからん。その辺の検証をしないと4層開放での身体強化は恐ろしくて使えない。きっと自分だけじゃなく、周りも危険に晒してしまう」
「…なるほど。確かに早めの検証が必要ですね。でもどうやって検証するんです?」
「手っ取り早いのが身体強化を使える誰かと腕相撲することなんだけど、なかなか頼める相手がいなくてさ。ずっと検証できずにいたんだ」
確かにこの検証は赤の他人には頼み難い。冒険者に報酬を払って頼むにしても、身体強化を使える冒険者はおそらく近接戦闘職でプライドも高いだろう。こんな検証をやってくれるとは思えない。
「……私がやりましょうか?」
んー…と考えていたサニアが提案してきた。
「サニアが?」
「一応私も身体強化は使えます。素の筋力が少ないのであまり強化されないですけど…」
「………」
サニアの細腕を見るカルドラ。悩んだ。
(5層の開放をするまでもなく勝てそうなんだよな…。いや…そうか、素の状態の身体強化は常人換算で出力が3割。そこから計算すればおおよその出力が割り出せるかも…? そもそも他に頼める人がいないしなぁ…)
悩んだ結果、頼むことにした。
「サニア、頼む。ちょっと付き合ってくれ」
「わかりました。では食べ終わったら部屋で検証しましょう」




