武器の魂
しばらく2本の棍棒を観察していたバルドレン。
観察が終わったのか、2本をテーブルに置き、腕を組んで微笑みながら話し出した。
「良い作品だ。まず大元の作り手の腕が良い。鋼という素材の特徴を知り尽くし、その"旨味"を限界まで引き出している。おそらく鋼素材の棍棒では最高峰の出来だ。そしてこの彫刻。引き出された鋼の性能を全く削ることなく大胆且つ繊細に彫り込まれている。しかも彫刻に参加した全ての職人が、それを可能にする目利きと腕を持ってる。何よりすげぇのが、こいつの制作にこの人数が参加してるのも関わらず、完成品に乱れが一切無いことだ。これは全員の"想い"を完全に一つにしなきゃ絶対にできない。…お前、だいぶ目を掛けて貰ってたみたいだな。そして"想い"の中心にいるお前は、こいつがこんな状態になっても諦めないでおれのところまで持ってきた。素晴らしい信頼関係だ。妬けちまうよ」
驚いた。確かにこの棍棒は叔父1人の作品ではない。叔父が鍛え、工房の皆が丁寧に彫刻を施し、旅立つカルドラに持たせてくれた物なのだ。バルドレンは先ほどの観察だけでこの棍棒の制作過程のほとんどを看破してみせ、工房の皆に賛辞を送ってくれているのだ。
「見ただけで作った人数や、想いとかもわかるんですね…。驚きました…。2本持ちだっていうのも見ればわかるんですか?」
この際サニアが気になっていた点も聞いておきたかった。
「ん? それは柄の摩耗ですぐわかる。明らかに左右両手で使ってるからな。双剣使い特有の減り方だよ」
「へ~。そういうところでわかるんですね」
サニアが興味深そうに柄を覗き込む。
「複数の職人による合作ってのだってある程度の腕があればわかる。作品に込められた想いとかに興味の無ぇやつは気付かないかもしれないけどな」
バルドレンが棍棒を見る目はとてもやさしかった。そして敬意に満ちていた。
自然と叔父や工房の皆の顔が浮かんだ。カルドラは涙が出そうだった。
「なんか…、この棍棒を良い作品だって褒めて貰えるのは、すごく…うれしいです。ありがとうございます」
自然に頭を下げてしまった。それを見たバルドレンはよせよせと手を横に振る。
「作品に敬意を示すのは職人として当然だ。それにこれほどの作品を見せてくれたお前にも感謝している。ありがとな」
そしてここで、バルドレンの表情が真剣なモノに切り替わる。
「で、だ。お前はこれを直したいんだよな?」
バルドレンが依頼の核心に切り込む。もちろんカルドラの答えは決まっている。
「はい。そのためにここに来ました」
「…だよな」
その答え聞き、腕を組んだまま棍棒を見つめるバルドレン。そのまま考え込んでしまった。
「………やっぱり、難しいですか?」
カルドラが空気に耐え切れず尋ねる。しかし意外な答えが返ってくる。
「いや、直すことはできる」
「!!!」
その返答に一瞬表情が明るくなるが、バルドレンが考え込んでるのを見てすぐ表情が戻る。
そしてバルドレンがゆっくり説明し出す。
「正確には"似せて戻す"ことはできる、だ。この状態からじゃ100%元には戻せん。それに…」
バルドレンが棍棒から視線を外し、カルドラの目を見る。
「仮に100%復元できたとしても、こいつじゃもうお前の戦いについて行けん」
「…え?」
カルドラの顔から表情が消えた。バルドレンは尚も続ける。
「こいつの強度ではお前の力を受け止め切れない。この損傷を負った一撃…。右手が上で左手が下、上体を少し右にずらして振りかぶり、全力で何か固いモノ…防御魔法の防壁あたりか? それに振り下ろした衝撃で"こう"なったんだろ? 使用者の全力を受け止め切れないんじゃ、武器も使用者も苦しいだけだ。棍棒みたいに叩いてなんぼの武器じゃ尚更な」
「…………」
言葉が出なかった。それは暗にこの棍棒を別の物に持ち替えろと言っているのだ。返事ができなかった。
バルドレンは更に続ける。
「無事な方の棍棒の状態から、お前が武器を大切に扱ってるのはわかった。そんなお前が武器をこれほど損傷させなければならない戦いを経験したってことは、今後もその可能性があるってことだ。そしてお前はこの棍棒を使い続ける限り、二度と全力で武器を振ることができない。棍棒を壊さないようにな。でもそのせいでお前が死んだらこの棍棒はどう思うだろうな? 大事にしてくれる主人を自分のせいで死なせたとあっちゃ浮かばれねぇだろ」
「………っ」
わかってはいたのだ。この棍棒では今のカルドラの全力に耐えられないということを。でも目を逸らしていた。目を逸らして形だけ取り繕おうとしていた。
しかしバルドレンはそれを良しとはしない。武器と使用者の歪な関係を許すのはバルドレンの鍛冶師としての矜持に反するのだ。
「………………」
棍棒が置かれたテーブルに両手をつき、震えながら棍棒を見る。
(持ち替える? この武器を? わかってる。こいつもう限界だ。だけど…)
決断ができなかった。
「…………………はぁ。よっぽど大事なんだな、この棍棒」
バルドレンがため息をついて話し出す。
「おれの流儀に反するが、方法がないわけじゃない」
「…………え?」
突然の言葉に変な顔になるカルドラ。バルドレンは棍棒に目を向けながら続ける。
「この棍棒を土台に別の素材で強化し、こいつを生まれ変わらせる。なるべく見た目は変えないようにするが、別の素材が混入するから別物にはなる。が、こいつが持ってる"魂"はそのまま継承される。どうする?」
「…………」
棍棒を見た。工房の皆がくれた武器。自分が壊してしまった武器。別の物にはなる、しかし"魂"は継承される…。この武器の"魂"は何を望む?
「…………」
棍棒と見つめ合い、結論を出す。
そしてバルドレンの目を見て言った。
「お願いします。こいつを、生まれ変わらせて下さい」
その言葉に、ふぅ…とため息をつくバルドレン。
「作品を作り変えるのは気が進まんが…。おそらくこいつを作った工房も、そしてこの棍棒もそれを望んでるからな。わかったよ。その依頼、確かに引き受けた」
「よろしくお願いします!」
カルドラは敬意を持って頭を下げた。
うんうんと頷くバルドレン。そして一つ確認してくる。
「こっちは勘なんだが、おまえたぶん他にも武器持ってるよな? ショートソード2本あたりか? 持ってたらそれも出しな。それの状態も一応確認させてくれ」
「え!? よ、よく分かりますね。それもどこか見れば分かるんですか?」
カルドラからショートソードを受け取りながらバルドレンは答える。
「棍棒の柄の摩耗がどうも"棍棒らしくない"感じがしてな。きっと剣士ベースの戦い方をしてるんだろうと思った。言ったろ? "双剣使い特有の減り方"だって」
「………すごいですね」
バルドレンの観察眼に息を飲む。一流の鍛冶師は皆こうなのだろうか?と少し恐怖すら覚える。
そしてショートソードを観察していたバルドレンは満足そうにそれを棍棒の横に並べる。
「やはり、こいつらは4本で1つの作品だな。ショートソードの方はまだギリギリお前について行けてるが、すぐに限界が来るだろう。一緒に強化する。良いな?」
「はい。お願いします」
その返事にバルドレンはまたうんうんと頷き、そして工房の奥へ歩き出した。その先には巨大な扉がある。
「ふんっ!」
ゴゴゴゴゴ……
バルドレンが気合を入れ、その重そうな扉を開く。
「うわぁ…、ごっちゃごちゃですね…」
扉の向こう側を見たサニアが思わず声を漏らす。
武器、工具、鉱石、木材、その他いろいろな物が人1人通れる広さを残して散乱していたのだ。
「ちょっと素材探してくるから客間で寛いでてくれぃ! なるべくすぐ戻る!」
そう言い残し、バルドレンは物のジャングルに消えていった。




