想い
そして30分ほど経過した段階でアイーシャの魔力量が危険域に差し掛かる。
「アイーシャさん、私の声聞こえますか? そろそろ魔力量が限界です」
「……はい、…聞こえてます。…カウントしてください。…それで止めます」
「わかりました。……5、4、3、2、1、止めてください」
「…………すぅ」
魔力循環を止めると同時にアイーシャが眠りに落ちる。枯渇ギリギリまで魔力を消費したため、目覚めるのは明日の昼近くになるだろう。
魔力視で見る限り経過は良好。アイーシャの魔力核が急速に魔力を生成し始めている。これでアイーシャの魔力量はかなり増えるはずだ。旅の道中ではこの鍛錬はできないだろうが、今日のように宿に泊まった時だけでも行い続ければ、近いうちにサニアの魔力量も超えてしまうだろう。
(痛みに耐えられるというのはすごいアドバンテージですね…)
少しだけ羨ましく思ったが、でも痛み自体は感じてるしなぁと思い直し、やはりアイーシャについては考えてはいけないと結論付ける。
「おやすみなさいアイーシャさん。お疲れ様です」
そう小さく声を掛け、部屋を後にする。そして軽く伸びをし、自室には戻らずにカルドラの部屋を訪ねた。
ドアを軽くノックしてみる。
コンコン
「カルさん、起きてますか?」
「ん? サニア? どうしたんだ?」
返事をしながらドアを開けてくれた。
「少しお話でもと思いまして…。入っても大丈夫ですか?」
「あぁ、どうぞ」
快く部屋へ入れてくれるカルドラ。そして入ると同時にソラが飛びついて来た。ソラをやさしく受け止め、ソラの頬を撫でながら部屋を進む。
すると簡易テーブルに置かれた棍棒が目に入った。棍棒と言っても棒の中心から先が平らに潰れ、ぐにゃりとひしゃげているため、もう棍棒としては使えないものだ。
「それ…、最後の一撃で…?」
聞くとカルドラは元棍棒を手に持ち、撫でながら答える。
「そ。びっくりだよな。これ鋼なんだぜ? それがこんなになっちまうなんて…、アイーシャが心配するのも当然だ…」
少し後悔が雑じる表情で話す。カルドラと出会ってまだ数日だが、彼がどれだけパーティーの仲間を大切にしているかはよく分かっている。きっと泣かせてしまったことを後悔しているのだろう。
しかし朝にアイーシャが言っていた通り、これからもこういうことは起きるだろうことは想像に難くない。カルドラの自己犠牲を平気で許容してしまう優しさは、彼の特殊体質と魔力路障害の下で育まれた、彼を形作る強力な要素の一つなのだ。
(呪いのようなものですね…。やさしくて…そしてかなしい…。でも、だから…)
だからアイーシャは彼を支えたいと強く願った。サニアは、そんな彼女の想いを守りたいと思った。
だから少し、カルドラの思考の誘導を試みる。
「カルさん、心配しなくても大丈夫ですよ。アイーシャさんは今、カルさんのために秘密の特訓中です。さっきその特訓が終わって、今はぐっすり眠ってます。カルさん愛されてますね♪」
「……なぁ、愛され云々は一先ず置いといて、秘密をバラすのはまずいんじゃないか?」
「口止めはされてませんので♪」
少し悪戯っぽく言ってみた。どうせ翌朝に目覚めないアイーシャを心配するのだ。特訓で疲れて起きられないということにしておいた方がいい。彼に鍛錬の詳細がバレれば絶対に止められてしまう。アイーシャの想いに応えるためにそれは回避しなければならない。
「サニアって意外と怖いとこあるのな」
「カルさんがアイーシャさんの秘密特訓に気付かないふりをすれば問題ありません。それに、たぶんアイーシャさんこの特訓については隠し通せないでしょうから、カルさんには先に伝えておかないといけなかったんです」
「ふーん???」
カルドラが首を傾げるが、これ以上は本当に秘密だ。だから話を変える。
「その棍棒、直すんですか?」
「ん? そうだな。できれば直したい。これは親父がおれのために作ってくれたものなんだ。簡単には持ち替えられん」
親父…という言葉に少し胸が痛んだ。
(…ご両親は亡くなっているそうだから、贔屓の鍛冶師の愛称かしら。きっとそう呼ぶくらい信頼しているってこと…)
そこまで思うと、いい加減な言葉は出せない気がして、無難な言葉を選んで発する。
「……大切なもの、なんですね」
カルドラは頷きながら元棍棒をテーブルに置く。そしてベッドに腰かけると、サニアにテーブルの椅子に座るように促す。
サニアが椅子に腰かけるとカルドラが話し出した。
「今日、物資を集めてる途中で鍛冶屋にも行ってみたんだ。でもこの状態だからな。期待はしてなかったんだが、案の定だめだった」
「…そうなんですね」
ここまで損傷したものだ。たとえ棍棒と言えど、そうそう直せる鍛冶師はいないのだろう。
棍棒の柄の周りには細かい彫刻が刻まれており、一見すると芸術品と言っても差し支えない出来だ。これを作った親父さんの想いがそのまま反映されているように思える。確かにこれは簡単に持ち替えることはできない。
サニアが持っている大杖も、先代の森の魔導士がサニアのために仕立てた世界で一本だけの特別製だ。もしこれが修復不能なほど壊れてしまったらと思うと…、カルドラの心境は手に取るようにわかった。
しかしカルドラは明るい表情で続きを話す。
「でも、隣の町の鍛冶師ならもしかすると直せるかもって聞いてさ。丁度進行方向もそっちだし、町についたらその鍛冶師に会いに行こうと思ってる」
まだ可能性は残っているらしい。
希望がある限り諦めない。カルドラの明るい表情は、彼のそんな気持ちを表しているように思えた。
「良い返事、聞けると良いですね」
「あぁ」
2人で微笑み合う。
そして今度はサニアの話題に移る。
「サニアの方の用事も早く終わるといいな。対象が行方不明だから時間はかかりそうだけど」
その言葉に、奪われた魔力片が脳裏に浮かぶ。
魔力片は魔族が持ち去ってしまった。おそらく魔族の領土へ戻ったのだろうが、それがどこにあるのか見当も付かない。
サニアは静かに答える。
「確かに早く魔力片を取り戻さないと不安ではありますけど…。でも、それについては焦っても良いことはないでしょうし、私は旅を楽しむことにしてます。カルさんも言ってくれましたよね。『世界を回ってればそのうち目星も付く』って。私もその通りだと思います♪」
サニアにとって世界とは長らく森と街だけだった。先代の森の魔導士に連れられ少し遠出をしたこともあるが、それでも横に先代がいるという安心感から、それは森の延長線上でしかなかった。
外に興味がなかったわけではない。森で迷っていたカルドラたちを助けた時、家に招いたのはジークのお墨付きだったからだけではない。話を聞きたかったのだ。同年代の子たちが外で見てきた世界の話を…。
実際に聞いた話はとても魅力的で、興味を惹かれるモノばかりだった。出会いの話、酒場のステーキの話、釣りでの失敗談、高台から見た景色の話、他にもいろいろ。先ほどアイーシャが零したオーガの件のように辛かった出来事は極力避けてくれていたのだろうが、それを加味しても、サニアが2人を通して観た世界はとても輝いて見えた。
成り行きでの旅立ちではあれど、これからその2人がサニアと共に外の世界を歩いてくれる。確かに魔力片は気になる。しかし、それ以上にサニアの胸は期待に踊っている。
出会ってまだ数日。だがサニアはすでに2人の事が好きだ。だから少しでも楽しく皆で旅ができるように、サニアも2人をサポートするつもりだ。
様々な思いを込め、膝の上で寛ぐソラを撫でながら、サニアは言った。
「…だからカルさん。これからよろしくお願いしますね」
「……あぁ、こちらこそ。よろしくな、サニア」
その後2人は他愛もない雑談を始める。
昼の疲労感と、ポトフで膨れたお腹の満足感とで眠気がふわふわと2人を包み、ゆったりとした雰囲気で夜が更けていった。




