深く考えてはだめです
酒場での陰の一幕の後、3人は全員同じポトフを食べ、疲労と満足感で眠気を感じながら宿に向かった。
前回カルドラとアイーシャがこの街に泊まった際は少し事件があったが、今回はそのような珍事もなく、無事に3部屋確保できていた。
そして翌日の予定を軽く確認し合ってから各部屋に別れた後、サニアがアイーシャの部屋に訪れた。
「失礼します。アイーシャさん。だいぶ疲れてますけど、"鍛錬"はどうします?」
朝に話した例の鍛錬をやるかどうかの確認だ。もちろん返事は決まっている。
「やります。あ、サニアさんが疲れてるなら付き合ってもらうのも悪いので後日でも――」
その言葉に対しサニアは首を横に振る。
「私はただ"視る"だけですので大丈夫。では始めましょう。アイーシャさん、"気絶"しても大丈夫なように寝る準備をしてください」
「わかりました」
サニアの指示通り寝る支度を済ませ、ベッドに横になる。
「…では始めてください。魔力が枯渇寸前になったら私が身体を揺さぶりますのですぐに魔力循環を止めてください。止めないと…死にます」
ゴクリ…と息を飲み、返事をする。
「…わかりました。では…始めます」
そしてアイーシャの鍛錬が始まった。アイーシャの身体がバァァァァと発光し、体内で高圧の魔力が高速で循環し始める。
サニアが魔力の流れと魔力量を魔力視で見守る。鍛錬と言っているが、言い方を変えればただの自傷行為なのだ。細かな問題が発生すればすぐに止めなければならない。
「……………」
アイーシャは安定して魔力を循環させている。サニアの魔力制御能力は他と比較できないほど高いが、アイーシャの魔力制御能力もかなりのものだった。
その安定感に感嘆しつつ、しかしサニアはどうしても気になることがあった。
(涼しい顔をしている…。痛みを感じていないのかしら…)
本来この鍛錬は激痛とどう向き合うかが焦点になる。高圧高速の魔力循環は朝にアイーシャが言っていた通り、訓練された神官ですら15分もすると顔が青くなるほどの激痛を伴うのだ。
しかし目の前のアイーシャはそんな素振りをまったく見せない。手を抜いていないことは魔力視でわかる。おそらく全力で魔力を圧縮している。ならばなぜこんなに余裕なのか…。
(……考えてても仕方ないですね。目の前にいるのですから直接聞いてみましょう)
分からないものは分からない。諦めも大事だ。
「あの、アイーシャさん。少し話しても大丈夫ですか?」
一応確認を取る。
「はい。大丈夫ですよ。ただ"こうしてるだけ"だと退屈ですもんね! お話しましょう!」
「……はい、そうですね」
こうしてるだけ…、と言うその行為は激痛を伴うはずなのだが…。意を決して聞いてみる。
「アイーシャさんは…、痛み…感じてますか?」
「はい! めっちゃくちゃ痛いです! でも耐えられるので大丈夫ですよ♪」
「そ、そうですか…。すごいですね…」
痛みはしっかり感じているらしい。ならばなぜここまで平然と行動できるのか…。
突っ込むべきか、そういう人なのだとそっと興味の扉を閉じるべきか。
気になる、気になってしまう。魔導士という職業柄、気になるものはある程度探求したくなってしまう。
(…聞いてみよう。気を悪くさせてしまったらいっぱい謝ろう)
結局好奇心には抗えず、少しマイルドに質問してみた。
「い、痛みに耐えるコツ…とか、あるんですか?」
「ん~…。痛いのが来るとわかってれば、なんかこう、ふん!って感じで耐えられます! でも急に来られるとさすがに声が出ちゃったりしますね…。前にオーガの魔物と戦って棍棒のフルスイングをプロテクションで受けたんですけど、痛いとは少し違いますけど…あれは効きましたね。自分でもすごい声が出てるのわかって恥ずかしかったですぅ…」
「オーガの全力の攻撃を耐え切ったんですか!? プロテクションで!?」
ぽろっととんでもない話が出てきた。オーガの魔物と戦っていることにも驚きだが、それ以上にオーガの異常な攻撃力の一撃を"プロテクションで"防ぎ切ったことの方が驚きだ。プロテクションは使用者の精神状態で防壁の強度が上下する癖の強い魔法なのだ。
確かに防壁展開中は物理、魔力ともに攻撃を完全遮断する唯一無二の防御性能だ。しかし防壁自体の強度は完全に使用者の精神に委ねられる。仮に精神弱者がプロテクションを使ったら、おそらくデコピン一発で防壁は破壊される。それくらい強度が安定しない魔法なのだ。
もしオーガの攻撃を防ぎ切った話が本当なら、アイーシャのメンタルの強さは常軌を逸している。
「その時にプロテクションにひびが入っちゃったんですよー。あれだけの威力を一点集中されると魔力もたくさん飛び散っちゃって大変でした!」
「…ははは、普通はひびじゃ済まないんですけどねぇ………」
乾いた笑いが出る。自身の常識が音を立てて崩れていくのを感じる。アイーシャがこの鍛錬の痛みに耐えられることなど些細なことだったのだ。
(わかりました。アイーシャさんの"こういう"ことについては深く考えてはだめです)
いろいろ悟ったサニアは思考を放棄し、少しの間アイーシャとの雑談を楽しむのだった。




