森の魔導士の鍛錬と遠吠え
「では説明しますね。と言ってもやり方自体は簡単なんです。魔力を高圧高速で循環させる、これだけです」
「へ?」
あまりの手順の少なさに間抜けな声が零れる。しかしサニアの目は真剣そのものだ。
「とりあえずやってみましょう。アイーシャさん、自分の魔力を高圧に圧縮して、それを体内で高速循環させてください」
「…わかりました」
するとアイーシャの身体がバァァァァと発光し出し、周囲に魔力の圧が広がる。そしてアイーシャは圧をそのままに体内の魔力を高速循環させ始め、少しも流れを乱すことなく安定状態まで持っていき、それを維持して見せる。
それを見たサニアが首を傾げる。
「あれ? もしかしてやったことあります?」
実はサニアは"最初はできないだろう"と思い、安定してできるようになるまでレクチャーするつもりだったのだ。しかしアイーシャはあっさりやってのける。
「え? はい。ほんとは教会の秘儀なので漏らすのはまずいんですけど…。年に一度、精神修行としてやりますね」
「…なるほど。もしかしてなんですけど…、我慢強さがイカれてると言われたのはその時ですか?」
「あ! そうです! よくわかりましたね!」
「………………確かにイカれてますね…」
「?」
サニアは少し下を向き、右手を額に当てた。
(信じられない…。この"激痛"の中でこんな平然と…)
そう。この魔力を高圧高速で体内を循環させるという行為、全身に凄まじい激痛が走るのだ。サニア自身もこの鍛錬の最中、何度も何度も泣きそうになった。しかし強い目的意識によって何とか耐え抜いてきたのだ。
そんな激痛を伴う魔力循環を平然と、しかも笑顔交じりで維持し続ける…。"イカれてる"以外の言葉が出てこなかった。
しかし、この鍛錬においての一番の障害がアイーシャにとってはそうではないというのは朗報だ。そのまま説明を続けることにした。
「教会ではこれをどれくらい続けるんですか?」
「15分くらいですね。皆顔が青くなってそれ以上続けられないので…」
「まぁ、普通はそうでしょうね」
うんうんと頷き、自分の感覚が一般的であるという安心を得る。
そんなサニアにアイーシャが聞く。
「サニアさんの鍛錬では何分くらい続けるんですか? 今の話の流れだとかなり長そうですね」
「はい、長いですよ。魔力が枯渇するまでです」
「………え???」
サニアの口から信じられない言葉が飛び出す。
魔力が枯渇するまで、つまり死ぬまで続けろと言っているのだ。
「あ、あの~サニアさん…? そんなことしたら死んじゃうのでは……」
さすがのアイーシャも震えた声で確認を取る。それに対する返答は厳しいものだった。
「さすがに死ぬまでではありませんが、死の直前まで魔力を使ってもらいます。この鍛錬の仕組みを説明しますね。高圧高速の魔力循環で魔力核と魔力路にダメージを与え、更に魔力を枯渇寸前まで減少させることで身体の防衛機能を強制的に起動、魔力核と魔力路を鍛錬開始前よりも強靭に再生させる。こんな感じです」
「…なるほど。死の危険があるというのそういうことですか…。納得です…」
説明を聞いたアイーシャの顔が引き締まる。確かに一歩間違えれば死んでしまう危険な鍛錬だ。サニアが言い渋ったのも分かる。
しかしサニアは明るい表情で付け加える。
「大丈夫ですアイーシャさん。アイーシャさんはこの鍛錬での一番大きな障害を亡き者にしてます。魔力残量の見極めは私がサポートしますので死の危険はほとんどありません。増やせますよ、魔力量」
「サニアさん…。ありがとうございます!」
サニアの言葉にアイーシャの胸が熱くなる。アイーシャには一番大きな障害が何なのかはわからなかったが、無いならそれでいい。これでカルドラのサポートも続けることができる。
「では、続きは夜にしましょう? これ以上カルさんを待たせるのも悪いですし、はやく準備しなくちゃ!」
「あ、そうですね! 忘れてました!」
放置されたカルドラの存在を思い出し、アイーシャはサニアの身支度の手伝いを再開した。
少し後。サニアはジークの首を抱き、別れの挨拶をしていた。
「ジーク、今まで支えてくれてありがとう。森をよろしくね」
「…」
ジークは目を瞑り、その声をしっかりと聞いていた。そしてサニアが離れるとそっと背を向け、森の奥へと走り去っていった。
「……あっさりしてんな」
「ジークですからね」
カルドラの感想に、それが当然かのように返すサニア。その目に寂しさのような感情は一切ない。今まで築いてきた信頼があれば、別れの挨拶が質素でも思いは伝わるのだ。
「では行きましょうか」
「あぁ」
少しだけサニアは畑が広がる思い出の場所を見渡し、しかしすぐに背を向け出口へ向かおうとする。
するとその時、森の奥から大きな声が響く。
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!」
「「「「「「ワオオオオオオオオオオオオン!!!」」」」」」
「え!?」
サニアが驚いて振り返ると、遠くに見える高台で本来の大きさに戻ったジークと、森の警護をしているジークの配下の狼たちが一斉に遠吠えをしていた。
そして一回遠吠えしたジークは配下たちが遠吠えを続ける中、威厳のある立ち姿でサニアたちを見据えていた。
ジークの遠吠えは、赤ん坊の頃から森で生きてきたサニアでも聞いたことがなかった。
「ジーク…、貴方……」
「ふふふ。ジークちゃん粋なことしますね」
「素直じゃないんだな。まぁ気持ちはわからなくはない…」
サニアはその森の主の雄姿を目に焼き付ける。
人より遥かに長い寿命を持つアルティマウルフ。他の動物たちが世代交代を繰り返す中、彼だけはサニアの成長をずっと見守ってきた。彼女にとってジークは父親のような存在でもあるのだ。
そんな、普段は素っ気ない彼が"娘"のために遠吠えの大合唱で見送ってくれている。その光景にサニアは胸が熱くなるのを感じた。
サニアは目に涙を浮かべながら彼らに深く頭を下げ、そして森中に響き渡る遠吠えを聞きながら外の世界へと旅立つのだった。




