引き篭もっててください
「…もしかして、魔法陣に深刻な問題でもあったのか…?」
カルドラが心配そうに聞く。それを聞き、サニアはゆっくり話し出す。
「…伝えなければならない情報が多いので、順番に話しますね。まず、貴方の中の魔法陣を作ったのはおそらくおばあちゃん、私の師匠である森の魔導士です」
「え!? そうなのか!?」
「どういう経緯でおばあちゃんが貴方を助けたのかは分かりませんが、独特な文字の形とそれらの繋げ方から見てまず間違いないでしょう」
「へぇ…。すごい偶然ですね…」
意外な事実に驚く2人だったが、サニアは続けて話す。
「その魔法陣は、一般的に使われる"面"に展開するものではなく、"球体"で展開されています。しかも何層にも重ねられそれらが相互に作用し合う、恐ろしく精巧なもの…。簡単に手を加えられる代物ではありません」
「球体って…。そんなこと可能なんですか…?」
そこそこ魔法の知識があるアイーシャが尋ねる。神官として魔法陣についてもそれなりに勉強したアイーシャだったが、球体の魔法陣なんて見たことも聞いたことも無い。
「可能ではありますが、とても難しいです。球のバランスを視ながら文字の位置を微調整しないとあっという間に自己崩壊を起こしてしまいますから」
「そんなものを…、何層にも重ねて…?」
驚愕するアイーシャ。彼女にとっては完全に理解の外側の技術だ。
そして、険しい表情のサニアが更に続ける。
「そして、ここからが重要な話になります。その魔法陣が、崩壊しかかっています」
「え!?」
「…………」
驚くアイーシャ。カルドラは真剣に聞き入る。
「魔法陣を構成する文字列が掠れ、効力を発揮し切れていません。それだけなら良かったのですが、その文字列を支える魔力の線までもが掠れ、自己崩壊を起こす一歩手前でした。先ほど応急処置的に一番大きな掠れには対処しましたが、それでも自己崩壊の危険は解消できていません」
「そんな! 何とか直せないんですか!?」
「…ごめんなさい。掠れの箇所が多過ぎて、最後までミスなく修復し切る自信がありません。一度ミスした時点で、魔法陣が崩壊してしまいます…」
「……そんな…。それじゃ…カルさんは…」
命を繋いでいる魔法陣の崩壊、それはカルドラの死を意味する。その事実にアイーシャの顔が絶望に染まる。
「分からないのが、なぜこれほどまでに複雑にする必要があったのか、ということです。カルさんの魔力路の障害がどんなものなのかを確認する必要があります。カルさん、診させてもらってもいいですか?」
真剣な目で確認するサニア。カルドラもそれに応える。
「たのむ、診てくれ。おれも気になる」
「ありがとうございます。では失礼します」
そう言ってサニアは魔力を視ることができる魔法を目に展開し、カルドラの身体を流れる魔力の詳細を確認する。
その瞬間、サニアが顔を歪め口を押える。
「……! これは…!」
そしてだんだん悲しみの表情が広がり、目に涙が浮かんでくる。
「…! どうした!? 大丈夫か!?」
「は、はい…、ごめんなさい…」
涙を浮かべ苦しそうに返事をするサニア。そのサニアの目に映るのはカルドラの魔力核と魔力路、そして体内の魔力の流れ。
魔力核と魔力路は身体で言うと心臓と血管だ。普通は魔力核で生成された魔力は魔力路を通り、身体を巡り、また魔力核に戻る。そして身体を通った際に消費した魔力を魔力核が生成し、また魔力路を通り身体を循環する。
しかしカルドラの魔力路はその機能を完全に失っていた。
「………ごめんなさい、説明しますね。カルさんの魔力路は…、"ぼやけて"、魔力を通す能力がありません…。魔力核から流れ出た魔力が…、そのまま身体全体に染み渡り、体外に流出しています…」
「……!」
その説明にアイーシャも口を押える。魔法を齧った者ならその深刻さはすぐに理解できる。
魔法を使おうとすると魔力核は大量の魔力を体内に流す。普通の人の場合、その一部を使って魔法を発動し、使われなかった魔力は再び魔力核へ戻る。しかしカルドラはその魔力がすべて体外へ放出される。
「………魔法の出力が低いのは、それ以上出すと魔力欠乏を起こすからか…。つまりはリミッター、よく考えられてんな」
カルドラがしみじみと語る。
そして、涙を拭いて、少し落ち着いたサニアが話す。
「魔法陣があれほど複雑な理由がよく分かりました。本来人体に備わっている機能を魔法で代替するという途方もないことをやろうとしたなら納得です。むしろあの程度で収まっていることの方が奇跡…」
そして、しばし沈黙する3人。
アイーシャは突然の、あまりの事態に完全に思考停止。
サニアは、真剣な表情で様々な対応を考える。
そしてカルドラは…、今までのことを思い返していた。支えてくれた家族、旅立ってから出会った人々、みんなの顔を思い出す。
そして口を開いた。
「サニア。今の状態でどれくらい持つかな?」
その言葉に、サニアは少し考え、答える。
「適時修復をすれば崩壊することはないと思います。ただ、さっきも言いましたが手を加えるという行為そのものがリスクです。毎回成功する保証はできません。そして現状で放置した場合は…、1年ほどでしょうか…」
「…なるほど」
うーん…と考え、尋ねる。
「すんごい図々しいお願いになるんだが、半年に一回くらいのペースで修復を頼めたりしないか? お礼はちゃんとする」
「…えぇ、私は大丈夫ですが。繰り返しになりますがリスクはありますよ?」
確認するサニアに、カルドラは笑顔で返す。
「旅に出た時点で死ぬ覚悟はできてるさ。でも可能性がある限りアイーシャとソラと旅して回りたい。それに会ったばかりで変な話だけど、サニアになら命預けられると思った」
それを聞いたアイーシャの目に涙が浮かぶ。悲しいやらうれしいやらで感情がごちゃごちゃになっている。
そしてサニアは少し目を伏せ、そして真剣な顔である提案を切り出した。
「カルさん、しばらくここに滞在できませんか? その魔法陣の解析をさせてください」
「解析?」
カルドラが首を傾げる。
「はい。今展開されている魔法陣に手を加え続けるのは現実的ではありません。でも解析して、全く同じ魔法陣を組むことができれば、崩壊しそうな今のものと入れ替えることができます。そうすればカルさんの不安要素は消滅します」
「!!!」
その話にアイーシャがすぐさま反応した。
「カルさん! しばらくここから出ないでください! 引き篭もっててください!」
「おい!? いきなりどうした!?」
急に声をあげるアイーシャに驚くカルドラ。彼女は尚も叫ぶ。
「私もカルさんと旅はしたいです…。でも! それ以上に死んでほしくありません! ただでさえカルさんは無茶なことばかりするんだから…! 不安要素は少ない方がいいんです!!!」
「お、おう…」
すこい勢いで捲し立てられ、たじろぐ。
そんな光景を唖然と眺めていたサニアがクスクスと笑い出した。
「ふふふ。カルさん、しばらく引き篭もり決定ですね。恋人を悲しませないためにも大人しくしててください」
「「え?」」
"恋人"、という言葉に固まる2人。そんな2人の反応を見て、サニアは不思議そうな顔をする。
「…あれ? もしかして違うんですか? 森で抱き合ってたのでてっきり恋人同士なのかと…」
その場面を思い出し、2人の顔が真っ赤になる。
「ち、ちが…! あれは限界状態で精神が不安定で…!」
「そ、そうです…! 精神を保護するために無意識にああなってただけで…! わ、私たちは…!」
必死に言い訳をする2人にサニアは笑いが止まらなくなる。そしてそのサニアに顔を赤くしながら尚も弁明を続ける2人。
「ピ」
そんな3人を、ソラはテーブルの端で眺める。
大丈夫、きっと何とかなる。ソラの落ち着いた雰囲気は、彼がそんな希望を抱いているように思わせた。




