森の洗礼
とある森の中。
空気は澄み、そよ風がさわさわと木の葉をやさしく撫でる。微かな土の匂いと、生命力溢れる草木の香りが舞い、周りには爽やかな雰囲気が広がる。
そんな森の獣道を歩くカルドラとアイーシャ。
彼らは…。
「いつになったら街道に出るんですかね…」
「さぁな…」
迷っていた。
森に入ってからだいたい2時間くらい。街の宿の主人の話では「街を出てすぐのところにある森の小道を通って行けば近道だよ」とのことだった。
しかし進めば進むほど、どんどん道は狭くなり、とうとう獣道になってしまった。
「仕方ない、戻るか。このまま進んでも街道に出る気配ないしな」
「そうですね。そうしましょう」
と言って戻り始めたものの…。
「…アイーシャ、この辺見覚えあるか?」
「私はありません。カルさんは?」
「おれもない」
獣道ではなくなったが、全く見覚えのない道に出てしまった。
「まっすぐ戻ったはずなのに不思議ですね?」
「そうだなぁ…。不思議だなぁ…」
周りを見渡しても木、木、木、木しか見えない。
「ソラ。申し訳ないんだが上から周り見てきてもらえるか?」
「ピ!」
最終手段、ソラによる空中からの偵察を要請。ソラがぴゅーっと上空へ舞い上がっていく。
「初めから頼んでおけばよかったですね…」
「そうだな…。……ん?」
「ピピピーーー!!!」
ソラが慌てて戻ってきた。そしてアイーシャの肩に乗り髪の毛の中に潜り込んでいく。
「きゃはは! ソラちゃんくすぐったいですぅ!」
「ソラ、どうしたんだ?」
と、その時。バサバサバサ、という羽音が降ってきた。
「!!! なんだ!?」
羽音の方を見ると全長2メートルほどの4本足の鳥のような生き物が着地したところだった。
その生き物は鋭い眼光をカルドラたちに向ける。
「…! 空中でソラを見つけて追ってきたのか…!」
カルドラが棍棒を構え、アイーシャがカルドラの後ろに下がる。
少しの間そのままにらみ合っていると、その生き物は隣の木に向かってジャンプし、三角飛びのように木を蹴り、そのまま上空へ飛び去っていった。
ソラはそれをアイーシャの髪の中から顔だけ出して見送っていた。
「……………ふぅ。余計な戦闘にならなくてよかった」
「そうですね…。強そうでしたし…」
「ピー…」
「ソラごめんな。怖かったろ」
そう言ってソラの頬を撫でてやる。
「ピー」
ソラはそのままスリスリと返してくれた。
5日後。
「カルさん……。私たち……、もうだめなんでしょうか……」
「諦めるなアイーシャ…! きっと…きっと助かる…!」
彼らはまだ森を彷徨っていた。
先ほどついに食料と水も底をつき、その事実にアイーシャの心が折れそうになっている。
こと日常生活や戦闘においては凄まじいメンタルの強さを発揮する彼女だが、食を奪われるととてもか弱い少女となってしまうようだ。
(…くっ! 諦めるなとは言ったがどうする!? 食料を確保しようにも森に入ってから出会った動物は最初の鳥もどきだけ…! キノコは何度か見かけたが知識が無いからむやみに手も出せない…! しかも小川すら見つからないのはどういうことだ…!)
カルドラは焦っていた。これまでどんなに死に直面しても鋼のようなメンタルで冷静さを保ってきた彼だったが、道に迷い、食料が尽きるという絶体絶命のこの状況ではただの人に成り下がってしまうようだ。
「カルさん…。もっと一緒に…、いろんな景色見たかったです…」
ついに涙目になるアイーシャ。
「アイーシャ! 大丈夫だ! おれがついてる! だから諦めるな!」
そう言ってアイーシャを抱きしめる。
この状況で心が折れたら終わりだ。アイーシャを支えなくては、その思いがカルドラを突き動かす。
「カルさ~ん……」
アイーシャが泣きながら抱き返す。
「アイーシャ…!」
カルドラもしっかり抱きしめる。
極限状態の中、2人は抱き合い、互いの存在で自己を保っていた。
そのとき後ろから女性の声がした。
「あの~…大丈夫ですか?」
「「え!?」」
突如割り込んできた声に驚き、カルドラとアイーシャは同時に声の方を見た。
そこには体高1メートル半ほどの、銀色の毛並みの大きな狼が1頭。
そして背丈よりも大きな美しい杖を持ち、絹のように輝く銀髪で、透き通るような白い肌の、この世の者とは思えないほどの美しい女性が立っていた。
「て、天使さま…?」
アイーシャが呟く。
「おれたちは…死んでた…?」
衝撃の事実にカルドラが驚愕する。しかし女性が否定してくる。
「ふふふ、私は天使じゃないですよ? 歴とした人間です。つまり貴方たちは死んでないので安心してください」
そしてこれまた綺麗な歩き方でカルドラたちに近づく謎の女性。
「この子が、貴方たちが森で迷ってると教えてくれて、それで様子を見に来たんです。だいぶ長く彷徨っていたみたいですね。気づくのが遅れて申し訳ありませんでした」
「…はぁ。この子…、とはそのでっかい狼?」
混乱する頭で何とか質問するカルドラ。
「はい。この子はアルティマウルフのジークといいます。この森全域を縄張りにしている…、言わば主みたいな感じですね」
「主…」
「そして私はサニアといいます。この森に住んでます」
「あ! もしかして"森の魔導士様"ですか!? 街でそういう人がいるって聞きました!」
彼女の自己紹介にアイーシャが反応する。
彼女はサニアというらしい。そして森に入る前に立ち寄った街で確かに"森の魔導士"の噂は聞いた。
「ふふ、確かにそう呼ばれてますね。と言ってもその名は本来おばあちゃんの呼び名なんですけど――。と、お話するならゆっくりできる場所がいいですよね。私の家に行きましょう? お腹空いてるでしょうから御馳走します。そのあと出口まで案内しますね」
「ほんとですか!? やったー! カルさん! 私たち助かりましたよ!」
「…あぁ」
そうして喜ぶアイーシャと未だ混乱するカルドラは、言われるがままサニアとジークの後ろをついて行くのであった。




