背中を合わせて
ソラがテーブルで丸くなる隣で、1人用のベッドで背中合わせに横になる2人。ベッドから落ちるため、ピタッと背中を密着させなければならない。
「……なぁアイーシャ。おれやっぱり床で――」
「だめです!」
「…はい」
頑なに折れてくれないアイーシャ。前からうすうす気が付いてはいたが、アイーシャは時々とても頑固だ。
「…………」
「…………」
再び微妙な沈黙が空間を支配する。
(アイーシャは何を考えているのだろう…。信頼してくれるのはうれしいけど、おれの理性にも限界があることを分かってもらいたい…)
そんなことを考えていると、アイーシャがぽつりと言葉を発する。
「……ねぇ、カルさん?」
「ん? どうした?」
返事をすると、彼女はゆっくりと続ける。
「カルさんは…、どうして、私を旅に誘ってくれたんですか?」
「……………」
日数的にはそんなに昔ではないが、とても懐かしく感じることを聞いてきた。
しばし考え、答える。
「………なんでだろうな。なんか……ほっとけなかった」
「……………」
初めて会い、腕相撲で助け、魔法で助けられ、一緒に飯を食った。その中で、"この神官は保護しなければいけない"と思った。しかし、なぜ?と聞かれると、うーん…と考えてしまう。
見捨てる選択肢もあったはずなのだ。でもカルドラは旅に誘った。
「強いて言うなら、気が合ったから…かな。根っこが似た者同士らしいからな、おれたち」
「…………ん」
アイーシャが小さく肯定する。珍しく、すごく可愛らしい。
そんなアイーシャに聞いてみたことができた。
「アイーシャこそ、なんで誘いに乗ったんだ? ほぼ初対面の男からの誘いだぞ? 普通もっと警戒するだろ」
「あ、そういうこと聞いちゃうんですねカルさん」
「え? まずかったか? ごめん」
素直に謝っておく。なんか後がこわいから。
しかしアイーシャはクスクス笑い出す。
「ふふふ、良いですよー、教えてあげます。似てたからです。私を助けてくれた人たちに…」
「……それは、突っ込んで聞いて良い話なのか?」
今までアイーシャとはいろいろな話をしてきた。しかしお互いの過去の話はカルドラの弱点など、そういう必要がない限り一度も話したことはない。
アイーシャは教会を追放されてきたと言っていたし、アイーシャもカルドラの過去を深堀って聞かなかったので、自然と、お互いに立ち入らない領域みたいなものが出来上がっていた。
「……良いですよ。カルさんになら話せます」
「アイーシャ…」
そしてアイーシャは、教会から追放されてきたときの話をしてくれた。
「私が追放されたのは教会の大きな大会で粗相をしたからだってことは話しましたよね…?」
「……あぁ」
「私はその大会の会場で、大司教様とお話しする機会をいただいたんです。大司教様は普段は王都にいて、滅多に外へ出ないお方なので、直接会ってお話できるのはとても光栄なことなんです」
「………」
「でも話の流れで、私と大司教様たちの間で神様の捉え方に齟齬が生じ、大司教様の周りにいた司教様たちを怒らせてしまった…。そして私は一時、最悪の場合処刑にも成り得る処罰を待つ身となりました」
「処刑って…、話してただけで…か?」
教会内の恐ろしい話に、つい質問してしまった。しかしアイーシャは丁寧に答えてくれる。
「教会にとって、神官の神様に対する"在り方"は最重要事項です。私の神様像は他の神官様たちとかなり異なるらしく、私の言葉は司教様たちに、私の意図するまったく逆の意味に取られてしまったんです。それで激怒させてしまって…」
「そんな…」
淡々と話すアイーシャ。しかしその声は少しだけ…、寂しそうに感じた。
「でも、どんな処罰が下るかわからない私に、"先に処罰を下し軽い罪にする"ということをしてくれた方たちがいたんです。自分たちの立場が危うくなるかもしれないのに…」
「…………」
司教たちを激怒させた事実は消せないから処罰は免れない。ならばせめてと、考え得る一番軽い罪を先に確定させることでアイーシャを逃がした…。
つまりアイーシャは罰で追放されたのではなく、誰かに"助けられた結果"が追放だったらしい。
「カルさんの無茶する姿を見ていたら、何となく…、セレノさん、クラリッサさん、セシリアさんの顔が思い浮かんで…。たぶんこの人にはついて行って大丈夫って思いました…」
「アイーシャ……。……大変…だったんだな…」
思いがけず語られたアイーシャの過去。名前の出た人物たちの気持ちが、カルドラには良く分かる気がした。
そしてその壮絶さな話を聞いて、彼は不意に思ったことがあった。
「……なぁ、アイーシャの話を聞いて少し思ったことがあるんだ。さっき話したおれの理由、もう1つあるのかもしれない」
「え…?」
「おれの両親ってさ。おれが6歳の時に、村を襲った盗賊団と戦って死んだんだ」
「……!」
いきなり語られるカルドラの両親の話に驚く。"親父"という呼び名だけが1度だけ出たことがあるが、彼がそれ以外で家族の話しをするのは初めてだ。
「たぶん父ちゃんも母ちゃんも、自分が死ぬのをわかってて戦ってた。親父…おれの叔父の話だとそういう感じだったらしい」
(親父って…叔父さんのことだったんだ…)
以前カルドラが感覚加速の説明をした時に1度だけ出てきた親父さん。その時アイーシャは親子仲が良かったんだなぁと勝手に思っていたが、実父はすでに亡くなっており、叔父がその役割を担っていたらしい。きっと養子になったのだろう。
彼女は彼の状況を想像で補間し、話の続きに耳を傾ける。
「両親が盗賊団の大部分を返り討ちにしたことで盗賊団は引き、村は守られた。村から見れば英雄だよ。村の皆も讃えてくれたし、おれもそんな両親のことを誇りに思った。……でもやっぱり、少し…寂しかった」
「………」
アイーシャは持ち前の共感力で彼の寂しさが少しではなかったことが分かってしまったが、何も言わず、静かに続きを聞く。
「さっきのアイーシャの質問、おれ自身なんでだろうって思ってたけど。アイーシャがおれに使ってくれた…グレーターヒールだっけ? あれで昏睡したとき、もしかしたら、アイーシャが両親と重なって見えたのかもしれない。だからほっとけなかったのかも…」
「………」
カルドラの話を聞き終え、アイーシャは少し間を置き、話す。
「……カルさんは私を助けてくれた人と似てて、…私はカルさんを助けた人に似てた訳ですか。ふふ…、理由まで似た者同士じゃないですか。ちなみに私がさっき名前を出した3人、セレノさんは私の父みたいな人で、クラリッサさんは母のような、そしてセシリアさんは姉妹みたいな関係でした。家族から助けられたって点でも似てますね」
アイーシャはカルドラの無茶の中に恩人と同じ精神を見た。
カルドラはアイーシャの無茶の中に両親と同じ誇りを見た。
若干意味が違うはずの2つの理由が、何故かふわっと重なっていく…。
「…ほんと、似てるんだなぁ、おれたち」
「…そうですね。似た者同士です」
そう言ってクスクスと笑い合う。
そしてカルドラの口から、自然にこの言葉が零れた。
「なぁアイーシャ」
「なんですか?」
「……一緒に旅してくれてありがとな」
「……。……こちらこそ、一緒にいてくれてありがとうございます」
そして、2人の意識は穏やかに闇へと落ちていった。
翌朝、2人は街の門に立つ。
「よーし、出発だ!」
「張り切って行きましょー!」
「ピー!」
2人とも昨晩のことは恥ずかしいのでまったく触れない。しかし、昨日までとはだいぶ違う心持ちになっていた。
気持ち新たに2人は歩き出す。
「さぁ、一緒に世界を見に行こう」




