祈り
「……ハァ………ハァ……、っ…カルさん…」
大量の魔力を消費したアイーシャは小さく呼吸を整える。そして胸の前で両手を合わせ、祈るようにカルドラの戦いを見守っていた。
オーガの注意は完全にカルドラに移り、巨体を生かした大振りでカルドラを追い詰める。カルドラはそれをギリギリで躱し続ける、少しでも大きく動けば次の攻撃を避けられないからだ。そして隙を見て腱に切りかかり、確実に切り口を深くしていく。
安定していた。しかし長くは続かないことはわかる。カルドラの動きが明らかに人間離れしているのだ。おそらく筋力を限界まで引き出せるという特殊体質の性質をギリギリまで使っているに違いなかった。
いつ破綻してもおかしくない、そんな綱渡りを続けている。
「っ…! カルさん…! 死なないで…!」
合わせた両手をぎゅっと握り、アイーシャは防壁の維持に努める…。
(……まだ切れないか)
カルドラは冷静に状況を計算する。
断裂寸前まで使用している現在の筋力の耐久値と、集中力のスタミナ、そしてオーガの腱の切れ具合。どこかのタイミングで、腕を犠牲にして全力の斬撃を叩きこむ必要がある。そしてその一撃は最後に持ってこないとカルドラが戦闘不能になりゲームオーバーだ。
(少しでも焦れば足の筋肉が切れて動けなくなる…。慎重に…、滑らかに…、身体の声を聴け)
カルドラは未だかつてないほどクリアに集中していた。
数日前にアイーシャが使用したグレーターヒール。それがカルドラの潜在能力を限界まで引き出す土台を整えていた。
(アイーシャ、おまえすごいよ。おれ、自分がこんなに動けるなんて知らなかった)
アイーシャに感謝し、自身の可能性に感動する。
(絶対に2人で生き延びる)
決意を新たにオーガの攻撃に集中する。そして順調に斬撃を加え続け、最後の一撃のタイミングを考え始める。
すると、突然オーガの動きが散漫になり始めた。
(…? ……どうした?)
集中を切らさないように注意深く動きを見ていると、オーガの目線がぐるんとアイーシャに向いた。
(!!!!! まずい!!!)
そして両手でその巨大な棍棒を握りしめ、大きく振り上げた。
「アイーシャーーー!!! 耐えろぉぉぉーーー!!!」
「んっ…!」
振りかぶるオーガを見て、気合を入れるアイーシャ。
そして、オーガが全力で棍棒を叩きつける。
ドガアアアオォォォォン!!!
空気が爆発したかのような轟音が響き渡り、衝撃が突風となる。それが土ぼこりを巻き上げ草はバサバサと暴れる。防壁からは風に乗って魔力がぶわぁぁと吹き飛んでいき、ついに…。
パキンッ
防壁にひびが入った。
「ぐぅ…っ、あぁぁぁ……っ!!!」
アイーシャは何とか耐えた。しかしもう限界だ。
ソラも今の一撃で、きゅう、とダウンしてしまった。
そして無情にも、オーガが再び両手で棍棒を振り上げる。
「させん!!!」
(タイミングなんてどうでもいい! 今! 全力で切る!!!)
両手でショートソードを握りしめ、オーガの腱目掛けて"全力"で剣を叩きつけた。
ズバァー!!!
「ギャアアアアアアアアアア!!!!!」
左足の腱を切断され、ずしんっと左膝をつき崩れ落ちるオーガ。
「ぐあぁぁ……っ!」
カルドラの右腕も甚大なダメージを負っていた。斬撃の衝撃を右手首にすべて受けてしまい粉砕骨折してしまった。
(これで…! 少しは大人しくしろよ…!)
オーガの動きが鈍ることを期待したが、それは裏切られる。左膝をついた状態でしぶとく耐え、右手で棍棒を振り上げようとしていた。
「うおぉぉあああああ!!!」
見た瞬間、込められるすべての力を込め、残った左手でオーガの右足に切りかかる。
ズバァー!!!
「ギャアアアアアア!!!」
奇跡的にオーガの右足の腱も切断に成功する。
そしてついにオーガも、どしんっと大きな音と共に身体を地面に伏せる。
しかし…。
「あが、あ゛あぁぁっ!!!」
カルドラの左前腕の骨が砕けた。
(耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!!! すぐここから離れるんだ! 痛がるのは逃げ切ってからでいい!)
歯を食いしばり尋常では無い精神力で意識を保つ。
「…っアイーシャ! 動けるか!? 逃げるぞ!」
「…! はぃ…、ぃ…今……行きます…」
生命力の源である魔力。アイーシャはそれを限界ギリギリまで消費したことで魔力欠乏症を引き起こし、意識が混濁し始めていた。
それでもなんとか気力を振り絞り、よろよろしつつもソラを連れ、おぼつかない足取りで走りカルドラと合流。2人で街道を走り始めた。
(…このまま遠くに行ければ、助かる)
カルドラの集中力が切れかかっていた。一つの可能性を見落としていた。
(………意識が…飛びそう…、でも、最後まで集中しなきゃ…、カルさんが…、ゴブリンの時言ってたもんね、"気を抜くな"って…)
アイーシャは少しずつ薄くなっていく意識の中、オーガの状態を確認しようと少し振り返った。すると今まさにオーガが棍棒を投げ付けようとしているのが目に飛び込んでくる。
(…!!!)
カルドラを横目にみる、気が付いていないようだ。あれだけ動き回ったのだ、もう限界なのだろう。
(………)
声を出そうとするも、出なかった。
(………)
防ぐ方法はある、でも。
(…カルさん…、…ごめんなさい…。…私…、…死んじゃうかも…)
棍棒が飛んできた。時間がない。
(…プロテクション…)
心の中で詠唱し、防壁を展開。
アイーシャの意識は途切れた。




