祝い酒
日が傾き始める頃、3人は町に到着した。
今日は朝から旅の物資集めに奔走していたため、鉱山の窪地に行って戻ってくるまでに暗くなってしまうかもしれないと思っていたが、何とかその前に戻ってくることができた。
3人はその足で鍛冶屋へ向かう。早ければ預けていた武器が仕上がっているはずだ。
ワクワクしながら歩き鍛冶屋に到着。しかし建物は初日にここへ訪ねた時のような静けさに包まれていた。
「……静かですね?」
「……あぁ」
まさかなぁ…という不安を胸に客間への扉を開く。
「ん? おう、来たか」
客間のカウンターにバルドレンが立っていた。
その右手には小さめの酒瓶が握られていて、初日のように寝てはいなかったがやはり飲んでいたようだ。
「こんにちは、バルドレンさん。晩酌にはちょっと早くありません?」
苦笑いしつつ話すカルドラ。
しかしバルドレンは満足そうな表情で返す。
「これは祝い酒さ。仕事を完遂した自分へと、生まれ変わった"こいつら"へのな」
その視線の先、カウンターの上には2本の棍棒と2本のショートソード、計4本が並べられていた。
カルドラが預けた武器が仕上がっていたのだ。
バルドレンは仕上がったそれらを眺めながら満足感を肴に酒を飲んでいたらしい。
「わぁ…。なんか…すごいですね…」
アイーシャがそれらを見て声を漏らす。
バルドレンが酒を飲んでいたのでアイーシャがどんな反応をするのか少し心配だったが、今回は大丈夫そうだ。
「本当…。なんだか前までとは雰囲気が違う気がします…」
サニアも感想を述べる。
「会心の出来だ。お前らを待ち切れずに思わず飲んじまうくらいな。兄ちゃん、持ってみな」
バルドレンは少しづつ酒を飲みながら、カルドラに手に取ってみるように促す。
言われるまま、2本の棍棒を持ち上げた。
「…………」
持った第一印象は手に馴染むこと。棍棒の先から柄部分まで全て作り直されているはずなのに、まるで預ける前と同じものを握っている感覚だった。
そして次に感じるのは重量。密度の高いタングスライトで強化され、全体が漆黒になり、鋼だった強化前より重くなっている。
ぶぉん
周囲に気をつけて軽く振り下ろしてみる。重量が増えているので振りも重くなっている。しかし想像していたより少し軽い気がした。
ここまでの感想をバルドレンに伝える。
「すごく手に馴染みます。あと重さの割りに振りが軽い気がします。不思議な感じです」
「お、さすがに気付くんだな。強度と威力が落ちない範囲でバランスを調整してある。ほんの少しの差だが、持久戦になったときに効いてくるかもしれないぜ?」
ありがたい配慮だ。この調整は避けながら攻撃を繰り返すカルドラの戦い方に合っている。
「ありがたいです。ぎりぎりになればなるほどこの調整は効いてくる。あとこの"彫刻"、どうやって移植したんですか?」
強化された棍棒にも、強化前の棍棒に施されていた彫刻と同じものがあった。しかし全体的にタングスライト合金になっているので全く同じ物ではないはず。どうやったのか気になる。
「あぁ、それは彫刻じゃねぇよ。タングスライト合金は硬すぎて彫刻が難しいんだ。だから成形段階でそれを作った。まぁ…方法は営業秘密ってことにしておいてくれ」
最初に武器修復の相談をしていた時、なるべく見た目は変えないようにすると言っていたが、まさかここまで正確に再現してくれるとは思っていなかった。
「ありがとうございます…。これが有るのと無いのとでは全然違います。すごく嬉しいです」
あの彫刻は故郷の工房との絆そのものだ。模倣とはいえ、それを残してくれた配慮がすごく嬉しかった。
続いてショートソードも手に取ってみる。
やはりこちらも良く手に馴染み、バランス調整と彫刻風の模様がつけられていた。
ショートソードをカウンターに戻し、代金を支払う。
「1…2…3…4…,……どうぞ、確認してください」
「………うん、確かに。……そうだ、持ってったロングソードの調子はどうだい? 使ったか?」
お金をまとめながらバルドレンが尋ねる。それを聞き少し気まずそうにするカルドラ。
「…はい。ダンジョンに入って戦いました。こいつの頑丈さに助けられました」
聞かれたからにはきっと見せろと言われると思ったカルドラは、おずおずと漆黒のロングソードをポケットから取り出し、4本の武器の隣に置いた。ドラゴンの魔物の攻撃を捌いたその刀身にはいくつもの爪痕が刻まれていた。
それを見たバルドレンの口から「ほぅ…」と声が漏れる。酒瓶を置き、ロングソードを持ち上げ観察し始めた。
少しの間じっくり観察するとロングソードをカウンターに置き、口を開く。
「……うまく捌いたな。この威力の攻撃を剣を歪ませずに捌き切るのは容易じゃねぇぞ。いったい何と戦った?」
「ドラゴンの魔物と…」
カルドラの返答を聞きバルドレンは一瞬目を見開き、そして笑い出す。
「はっはっはっはっ!!! 良いねぇ! こいつに箔が付いたじゃねぇか! よし、サービスだ。無料でこいつのメンテしてやるよ。一晩預かるぜ」
そう言ってロングソードを持ち、嬉しそうに奥の工房へ歩いていくバルドレン。
「あ! 強化ありがとうございました!」
工房へ消えてしまう前に急いでお礼を言うカルドラ。
バルドレンは「おう、明日また来な」と手をひらひらさせながら工房へ消えて行った。
次の日の昼。3人は峠道の途中から鉱山の町を見下ろしていた。
町での全ての用事を消化し、次の町へ旅立ったのだ。
「良い町でしたね…」
サニアが呟く。
鉱夫の町だからか、町民は皆大らかで明るく、旅人である3人にも分け隔てなく接してくれた。
「あぁ。いろんな人に世話になった」
町で出会った人々を思い出す。
宿屋の夫婦。鍛冶師のバルドレン。受付嬢のエルミア。解体受付のおっさんとその周りの職員たち。ギルドマスターのグラントと兵士長のアイゼルと町長のクロフ。キャンプで世話になった兵士たち。
そして鉱山のドラゴン、ヴァルクス。
「皆に挨拶できて良かったです…」
アイーシャも呟く。
まず町での滞在中世話になった宿屋の夫婦にお礼を言い、ギルドへ赴き浄化依頼の報酬とダンジョン破壊のあれこれの謝礼を受け取った。そこで改めてギルドの面々と別れの挨拶を交わし、次は鍛冶屋へ。
鍛冶屋ではバルドレンが目を擦りながら待っていて、そこで"彫刻が刻まれた"漆黒のロングソードを受け取った。昨日タングスライト合金に彫刻は難しいと言っていたが、どうやったのか…徹夜で彫刻を施してくれたらしい。
「兄ちゃんの武器はその彫刻があった方が良い気がしてな。おれも参加させて貰ったぜ」
笑いながら言うバルドレンは満足そうな顔をしていた。
そんな彼とも別れの挨拶を交わし、そのまま町の門を通り今に至る。
「改めて思い返すと、だいぶ濃い毎日だったな…」
「そうですね…」
泥酔バルドレンに始まり、坑道での窮地、クオーツサラマンダーの依頼に続く。ソラにヴァルクスを紹介され、ダンジョンに潜りドラゴンの魔物と戦闘。最終的にいろんな情報を整理しつつ報告に奔走した。
丸9日間滞在したが、本当に濃い毎日だった。
なかなか出来ない経験をたくさんさせてくれた町を眺め、思いに耽る3人。
「……よし! 行こう!」
「はい」「はい!」
「ピー!」
様々な想いを胸に、3人は次の町を目指し歩き始めるのだった。




