受付嬢の憂鬱
カルドラたちがダンジョンに向かった日の夕方。ギルドの受付嬢、エルミアは憂鬱な気分で業務をこなしていた。
数日前に自分が勧めた依頼で危うく殺しかけてしまったパーティーが、あろうことかその死にかけた場所へ再び行くと言い出し、しぶしぶそこへの通行証を渡したのだ。
朝にそのようなことがあったため、それ以降ずっと心配が付き纏い、細かいミスを連発して周りにも心配されていた。
「はぁ…、早く帰ってこないかしら…」
自然とそのような呟きが漏れる。それを聞いた同僚がクスクス笑う。
「ふふふ、それだけ聞くと恋する乙女なのにね」
「茶化さないで。本気で心配してるんだから」
「ごめんごめん」
同僚の軽口に、はぁ…とため息をつく。
元気づけてくれようとしているのはわかるが、とても冗談に付き合える気分ではないのだ。
「でもその人たち実力はあるんでしょ? そこまで心配しなくて大丈夫じゃない? パーティー名は変だけど…。『世界を回っておいしいものを食べるパーティー:テイスト・ヴォイジャー』って…、長すぎでしょ…」
「それの前半部分が名前の本体らしいよ?」
「テイスト・ヴォイジャーじゃなくて? どういうセンス???」
不思議がる同僚。エルミアも最初は不思議に思ったが、彼らのやり取りを聞いた限り、カルドラはその長い名前を面倒に感じているようだった。
「たぶん神官のアイーシャ様のセンスね。私がそのパーティー名で呼んだ時、カルドラ様は申し訳なさそうに謝ってきたけど、アイーシャ様が『本体は最初の方ですよ!』って頬っぺた膨らませてたから。ちょっと可愛かったよ」
「つまり神官様が頑固だと…。カルドラって人、苦労してそうね」
同僚がまたクスクス笑う。
確かに苦労はしてそうだが、一緒にいるところを見ると楽しそうなので、そういう頑固なところも受け入れているのだろう。良い関係性だと思う。
同僚とそんな雑談をしているとホールの入り口から兵士が2人入ってきた。おそらくダンジョン関係の報告だろう。
「お疲れ様です。ダンジョンの報告でしょうか?」
「あぁ。ダンジョンの破壊が完了したのでその報告だ。ギルドマスターに情報を通してくれ」
「かしこまりま――え? 破壊されたんですか?」
信じられない報告につい聞き返してしまった。
「あぁ。朝ダンジョンに入った3人組が見事にやってくれた。おれたちがあれだけ梃子摺ったダンジョンを数時間で攻略したよ。脱帽ものだ」
うんうんと頷きながら兵士が話す。
3人組という言葉にエルミアが食いつく。
「あ、あの! その3人組は無事でしょうか!? 今どんな状態ですか!?」
「ちょっとエルミア! 落ち着いて!」
同僚がエルミアを落ち着かせようと口を挟む。
取り乱すエルミアに兵士は少し驚いているようだが、やさしい口調で彼らの状態を教えてくれた。
「3人とも無事だよ。ダンジョンから戻った直後に全員眠ってしまったから、今はキャンプで寝かせている。明日には目を覚ますだろうから安心しな」
「そ…そうですか…。良かった…本当に…」
目に涙を浮かべ安堵するエルミア。
そんな彼女に同僚が提案する。
「マスターへの報告は私がやってあげるから、あなたはキャンプに行ってきたら? そんな顔じゃ仕事にならないでしょ」
「え? 私今どんな顔になってる?」
「最高に緩んだ顔」
同僚がにやにやしている。
そして頬をむにむに触るエルミアに、兵士2人がクスクス笑う。
「キャンプに行くならおれたちが護衛しよう。今からだと道中危険だろうからな」
「よろしくお願いします」
同僚が勝手にお願いしてしまった。
「では私が報告を受け付けますね。報告をお願いします」
「了解した。まずダンジョン崩壊時に吐き出された魔石の数からの推測で――」
同僚が兵士の報告を受け始めてしまった。仕事を横取りされ呆然としていると、もう1人の兵士が話し掛けてくる。
「今のうちに支度してきちゃいな。少し時間かかるだろうからな」
もうエルミアがキャンプに行くのは決定事項のようだ。
無理やりな感じは否めないが、確かに3人の様子は気になる。ここは同僚の厚意に甘えることにした。
「わかりました。すぐに支度してきます。道中、よろしくお願いします」
それからしばらく経ち、すっかり日が落ちた頃にエルミアはキャンプに到着した。
出発が夕方だったので仕方ない。今日はキャンプでお世話になるしかない。
「お疲れさん。3人はあのテントで寝てるから行ってきな。おれたちは隊長に報告に行ってくる」
テントの1つを指差しながら兵士が3人の居場所を教えてくれた。
「ここまでありがとうございました。助かりました」
ぺこっと頭を下げると兵士たちは手をひらひらさせながら別のテントへ歩いて行った。
そしてさっそく教えて貰ったテントへ赴くエルミア。
「すみません…失礼します…。ギルドの者なのですが…」
ひょこっとテントを覗き、中へ声を掛ける。
「ん? あぁ受付のお姉ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」
中にいた兵士が返事をした。軽く中を見渡すと、兵士の横で例の3人が寝ているのが確認できた。
実際に無事な姿を見て涙が出そうになったが、まずは目の前の兵士に事情を説明しなければならない。
「お疲れ様です。マスターからダンジョン攻略者の話を直接聞いてくるように頼まれまして。出張してきました」
実はギルドを出発するときにギルドマスターが受付カウンターに現れ、軽く事情を聞いたギルドマスターが「行くならついでに話聞いて来てくれ」と言ってきたのだ。お見舞いが仕事になってしまった。
「なるほど。でも見ての通り彼らは寝ている。たぶん明日まで起きないよ?」
兵士が困り顔で教えてくれる。
再度寝ている彼らに目を向ける。3人とも気持ち良さそうに寝ている。確かにしばらく起きそうもない。
「寝ている話は聞いていましたので…。実は来た理由の半分は彼らが心配で様子を確認したかったからでして…」
「そうか…」
話を聞いた兵士がす…っと立ち上がると、テントの外へ出た。
「少しの間ここの番を頼んでもいいかな? おれも少し休憩したいんでね」
気を使ってくれたようだ。ここは厚意に甘えることにする。
「……ありがとうございます。番は任せてください」
その言葉を聞いた兵士は微笑みながらどこかへ歩いて行った。
兵士を見送った後、エルミアはテントに入り、ゆっくり3人を眺める。
アイーシャはぽやっとした幸せそうな顔でぐっすり。
サニアはその美しい容姿も相まって安らかな寝顔だけで絵になりそうだ。
そしてカルドラは服や身体の至る所がぼろぼろの状態だった。おそらく兵士が簡単な回復魔法は掛けているのだろうが、それでもダンジョンでの戦いが如何に激しかったのかがわかる。
彼の隣に立て掛けてある黒いロングソードは彼の物だろうか。その刀身には目新しい無数の爪痕が刻まれている。
いったい何と戦えばこのような状態になるのだろうか…。身体の状態と武器の状態から少しだけ戦闘の様子を想像してしまい、戦慄した。
ともあれ、彼らは無事に戻ってきた。
詳しい話は3人の誰かが目覚めれば聞くことができるだろう。
安心してさっきまで兵士が座っていた椅子に腰を下ろす。すると緊張が解けたのか、途端に眠気に襲われるエルミア。
番を頼まれたのだから寝るわけにはいかないと必死に落ちる瞼と格闘するも、あっさり負けて彼女も眠りへ落ちていくのだった。




