第一話 波紋のUNKNOWN
吾妻財前。
身長190センチ。発火能力者。
そして、――Sランクの能力保持者。
これが現在、超能力者育成学園『NOA』で出回っている転校生、吾妻の情報の全容。
それ以上は誰も知らない。
吾妻の名前を一躍有名にしたのは、転校前日の事件。
Sランクにして、無敗を誇る白倉誠二に告白し、ぶちキレした白倉と対等に渡り合った戦闘能力が、それを目撃した生徒たちの口からその日のうちに学園中に広まり、吾妻を有名にした。
一方で、白倉の名前も今までとは違う意味で有名になった。
ここで問題になるのは、超能力を使っていいのは『週番』の生徒と、『戦闘試験』と呼ばれる授業のみだということだ。
吾妻と白倉の戦闘はそれに当てはまらない。おまけに、白倉は学園守護者とも呼ばれる生徒会執行部会長。
会長自らの違反に、少なからず生徒達は驚いたし、教師からは大目玉だ。
「事情は聞いたけどな、それは免罪符にならんで、白倉。
攻撃を喰らったあとならまだしも、完全にお前から攻撃しかけたわけや。
しかも、その場におった生徒の証言から、普通なら完璧防ぐことも逃げることもできひん状況の吾妻に、全力で攻撃したそうやな?」
「…はい」
「本来なら停学とランク引き下げ処分にするとこや。
ま、現状、Sランクが少ない以上、お前のランクをさげるんは戦闘試験の志気に関わるから、今回は見送る」
違反行為を行った生徒には厳重処分。それがルールだ。
そうでもなければ、驚異な力を持つ生徒たちを御せない。
大抵は、現在のランクから一つか二つランクを降格すること。
元々ランク次第で待遇に大きな差の出る学園。加えて、上のランクに昇格するためには、自分より上のランクの持ち主に勝つしか方法がない。
故に、唯一超能力を使用した戦闘が許可される授業は『戦闘試験』と呼ばれる。
「はい」
「ただし、なんもかもなしってわけにはいかん。
お前は今日から、共犯者ともども、週番一ヶ月間や。
ええな?」
職員室。
SランクとAランクの所属する一組の担任の言葉に、白倉は重苦しく頷いていたが、ぎょっとした。担任の台詞にだ。
「え? いいんですか?」
「お前、週番のやることわかっとるよな?」
「わかってますけど」
職員室の窓から入り込む太陽光が、白倉の白金の髪を光らせて眩しい。
窓は学園の至る場所にある。ただ、外からは窓は見えない。特殊な造りの外壁は、外からのあらゆるものを遮る。
外から見れば、NOAは一本の長い、窓の一つもない白い塔だ。
「でも、週番ってことは、超能力使えるじゃないですか」
「まあな」
週番とは、学園内から学園外まで、この都市全ての治安維持に勤め、そのためなら超能力は自由にして構わない。なんせ、この都市にいるのは一般人だけではない。
NOAを卒業したOB・OGもいるのだ。超能力を許可するのは当然。
超能力を決まった場所以外で使ってはいけないという首輪をかけられるのは、学園の生徒だけだからこそ。
ただ、白倉は使いたい放題のように言うが、実際は違う。
使いたい放題といえばそうだが、その分、戦闘試験時のような『戦闘鳥籠』と呼ばれる空間以外での超能力戦闘というのは、かなり勝手が違う。
そこで、下手したら卒業生と戦闘を辞さない任務をずっと、というのは体力的にも精神的にも厳しい。
白倉からそんな言葉が出るのは、白倉がSランクだからだ。
大抵、週番を勤めるのはBやCランク、たまにAの中ランクあたりの生徒。
Sランクの白倉とは、かなり大きなレベルの差がある。
白倉からしたら、あまり大変な任務ではない。
「ただ、他のヤツがいろいろ都合つかへんのや。
あと、この時期はうるさいからな。その辺ひっくるめて任せとけってことや。
罰やから一応」
「……はあ」
「あと、お前、一個忘れとらんか?」
「はい?」
白倉はあどけない顔で、担任を見た。担任は呆れる。
「これは連帯責任なんや。
お前につられたとはいえ、転校生も違反者。
やから、一ヶ月、お前がぶちキレるようなことしたその吾妻とつかず離れず一緒に頼むわっちゅうことでな」
「………………………………あ」
「気づくん遅いで」
その転校生は、どうも遅刻らしいな、と担任は他人事のようだ。
「白倉!」
職員室から出ると、夕が心配顔で駆け寄ってきた。
「どうだった?」
岩永も廊下で待っていてくれたらしく、心配そうにしている。
白倉はげんなりしそうになる顔を引き締めて、笑った。
「ランク引き下げは今回は見送るって。次やったら覚悟せぇってことだけど」
「…ほんま?」
「うん。停学もなし」
「よかった」
岩永がホッとして、柔らかい笑みを浮かべる。
「ただ、…まあ、当然罰はあったけどな」
「なに?」
夕の邪気のない問いにすら、白倉はおっくうになる。
「その転校生と、一ヶ月週番」
「Sランクが週番!?」
流石に、普段冷静な岩永もびっくりして声を挙げた。
周囲の生徒が様子を窺っている。
「ありえんなあ。普通、あれって中間ランクのやつの仕事やろ」
「嵐、着眼点が違う」
俺や夕や白倉はやったことないやろ、と言う岩永に、白倉はそうじゃない、と訴える。すると、岩永はああ、と思い出したのか、苦笑を浮かべた。
「まあ…災難やけど、仕方ないやろ。あれは」
「ひどいな」
「だって、教師の心象にトドメ差したんが、吾妻へのトドメのあれやで?
俺でもあれはあかんと思ったもん」
岩永は「だから仕方ない」と言う。白倉も、そうは思う。思うが、心が納得しない。
「で? その転校生は」
「白倉っ!」
白倉が「吾妻はどこだ」と言おうとした傍から、唐突に背後に現れて、白倉を背後からぎゅっとした大男が、渦中の人の吾妻。
「あ~やっぱり肩とか細い…あ、これちゃんと食ってる?
この細さはまずいよ。だけど、エロい腰だ」
と、白倉の髪に頬ずりする顔や耳を赤く染める様は乙女だが、白倉の腰や尻をさわさわ、と触っている姿はセクハラか痴漢。
「――――っ!!!!!」
「白倉! どうどうっ!」
奇声を発して吾妻の顎にアッパーを見舞おうとした白倉を予想していたのか、吾妻はひらりと避けて離れた。
勘が聡いんだろうか、と岩永は白倉を羽交い締めにして抑えながら思う。
「吾妻ー!!!」
「白倉!」
柔らかく、綺麗な音程が魅力の白倉とは思えない低く掠れた声で叫ぶ姿は、夜叉。あるいは、「ぶっ壊れた」。
せっかくの美貌が大変恐ろしいことになっている。
その白倉を真正面から見て、吾妻はハッと顔を戦慄させた。
ことの重大さを理解したのかと思ったら、吾妻は岩永が抑えるのに必死な白倉の手を自ら掴んで、
「あんた誰?
白倉にそんな気安く触ったら駄目!」
と真剣に抜かした。
岩永も、夕も目が点になる。
「白倉、はやくこっち来て。そいつ危ない」
「おい、こら。岩永を勝手に白倉の敵サイドにするんやめんしゃい」
音もなく吾妻の背後に立った男に、周囲の生徒がざわつく。
白倉と同じく最強格の一人で、Sランク。銀髪の、これまた秀でた美形の少年。
九生柳という。
「九生。助かった」
岩永が白倉を抑えたまま、少し安堵の様子を見せる。
「おいそこの。
お前が白倉ん敵じゃ。転校生の鬼様。
岩永や、御園や俺は味方」
「は? あんた誰?」
「三年一組。白倉のルームメイト、九生柳」
『白倉のルームメイト』を強調した九生に、吾妻の形相が変わる。
「…お前、敵だ。白倉の前に倒す」
吾妻の低い声にも、余裕綽々の様子で九生は微笑んだ。
「やれるもんならやってみんしゃい。鬼様。
白倉、昼飯行こうぜ」
「あ、うん!」
九生に誘われた白倉が、ぱっと今までの表情が嘘のように可愛らしい笑みを浮かべて、岩永に解放された腕を振りながら彼の元に駆け寄る。
「じゃ、な」
「あ―――――――!」
お前は玩具を壊された幼稚園児か、という表情で声をあげる吾妻を眺めて、岩永と夕はげんなりする。
吾妻はその場に項垂れたが、白倉と九生の足音が聞こえなくなった頃、顔をがばっとあげた。
勢いがあったので、岩永と夕がびっくりする。
「あ、そうだ。週番って?」
「は?」
「僕と白倉だよね? 一ヶ月週番。なにするの?」
けろりとした顔で問うてくる。
「さっきの会話、盗み聞いとったな?」
「まあそんなことはいいの。で?」
「それ俺らの台詞な。
ま、いいわ」
夕はため息を吐くと、とりあえず昼だし移動しようと吾妻を顎で促す。
吾妻は普通に頷いた。
「大変じゃのう。新学期早々お前さんも…」
学食カフェテリア内。
奥の窓際のテーブルに、白倉と同席しているのは、九生ともう一人、眼鏡の青年。
一見、青年には見えない。
「ほんとにな。あいつキャラきつい…」
「気持ち悪いの間違いじゃないのか?」
黙って白倉と九生の話を聴いていた眼鏡の少年が言う。
「お前さん、ずばっと言うな」
「時波らしくていい。毒が抜ける…」
九生と白倉は馴れているし、彼に悪意は間違ってもないから、明るく笑う。
時波幸紀。白倉、九生らと同じくSランク。一組在籍。
もちろん最強格の一人。
「しかし、白倉は見目がええからのう。
モテるんは知っとったし、男から告られんのも初めてじゃないが、けど、あれは規格外じゃの。いろんな意味で」
「いろんな意味で」
時波が九生の言葉をそのまま繰り返す。
「あれ、身長が巨人やし、変態やし、キャラが強烈じゃろ。
普通、あんな風に告れんし、あの場で『自分が白倉の味方』顔できるんも一種才能じゃ。
ただ、迷惑な方向の才能じゃな」
「…あー、それすっごい染みるわ…」
九生の言葉に、白倉は頭を抱えて「ほんと堪忍して」と呟く。
「あれが冗談ならいいのに、あれ本気だ…」
「そうじゃな。俺にもそう見えたぜよ」
「うわー九生にもってことはマジだ…」
白倉は泣きそうになりながら、頼んであったサンドウィッチを手に取る。
一口かじった。
「俺は見ていないから知らないが、ランクSだそうだな」
「ああ、そうじゃ。やたら戦闘馴れしとる感じやったの」
「…戦闘馴れ」
時波は考え込むように、顎に手を当てて、真顔で、
「白倉が倒す前に、俺が再起不能にしたらいいだろう」
と、結構本気の声音で言った。
九生と白倉が沈黙したあと、顔を見合わせて笑う。
「あ、ああ…そうじゃな。俺も。
先に当たったらの話やけん」
「そうだな…助かるわ」
ははは、と笑ってから、九生と白倉は後ろを向いて顔を近づける。
小声で、
「結構マジやったの、時波」
「怒ってる?」
「いや、怒っとらんじゃろ。あれは天然で本気なだけじゃ」
ぼそぼそと話す二人を見遣って、時波は普通の顔で「どうした?」と聞く。
九生と白倉はぱっと離れて、にっこり一緒に笑った。
「「いや、なんでも」」
「そうか」
人の裏側を疑わない。正しく善良な人柄が時波という男だ。
しかし、だからこそ怖い男でもある。
彼の言葉はいつでも「有言実行」だというところだ。実行できないことを、彼は口にしない。
普段の口数少なさが、それを物語る。
お互いSランク。ライバルであり、敵に回したくない相手だ。
「それで」
「うん」
「白倉は戦って負けたら、という約束をしたそうだが、逆に当たらないのではないか?」
時波は普通の疑問として口にした。
戦闘試験の組み合わせは教師が決める。
そして、戦闘試験は主にランクの昇格・降格を争うものだ。
同じランク同士の戦闘ももちろんある。
Aランク同士が一番多い。が、それはAランクが非常に幅の広いランクだからだ。
Aランクは通称『三年ゾーン』。
一度Aランクになったら、三年間はAランク以外のランクにはなれない、と言われる。
他のランクとの試合はある。ただ、Sランクとは差がでかくて上になかなかのぼれない。
加えて、本来ならS~Eの六つのランクは十あるはずだったと言われ、そのうちの五つのランクを引っくるめてAと呼ぶとも言われる。
Aの中に更に五つのランクが存在し、一番上から一番下位を争いながら、目指すはSランクだが、Sランクに勝ち目が望めるのは一番最上位。それくらい、ランクに差が激しい。
白倉の身近にAランクは二人いる。
岩永はAランクの最上位で、夕は最上位と二位の境あたりだが、ぎりぎり二位。
だから、Aランク同士には戦闘試験が多い。
が、全てのランクの最上位であるSランクはそうではない。
同じ格の相手と然したる力量の差がなく、拮抗している。
故に、Sランクの生徒の対戦相手は常に下位ランク。
Sランク同士の戦闘など、一年に一度あればいい方だ。
「……確かに、そうそうあたらないな…」
「しばらく、あいつといたちごっこっちゅうわけか。大変じゃな…」
「だから、俺が倒すと」
「いや時波、お前の理論やとな? 俺もお前も吾妻と試合、ないっちゅうことじゃろ」
「あ…」
三人は顔を見合わせて、それから、ため息を吐いた。
「じゃあ、お前、ずっと寝てたんだな?」
「ああ。ごめん。ついうっかり」
中庭のベンチに座った吾妻が、購買のパンを片手に頭を掻いた。
のほほんとした笑顔を見る限り、いいヤツそうなんだが、と夕は思う。
「お前、部屋どこ?」
「えーと、201」
「あ、俺の一個上か」
吾妻の言った数字に、岩永は手を打つ。
「上? 隣じゃないの?」
吾妻が意外そうに言う。
岩永はそうだな、隣だな、と言い直す。
生徒は全員寮生。寮の部屋番号のことだ。
寮は、学園と同じ形の塔。一階ごとに十一部屋。
中等部と高等部の寮は別の建物。中等部寮の一番最上階に、100~200の部屋がある。
吾妻の201号室は、岩永の住む202号室の隣だ。
そこで、岩永はあれ?と思う。
(俺、こいつに自分の住んでる部屋の番号いつ言った…?)
考えたが、思い出せない。
「なあ? どういう意味?」
吾妻がせっつくので余計思い出せない。いいや。あとで考えよう。
「ああ、部屋の番号もランクによって違うんや。
番号が『100』に近いほど、綺麗で豪華な部屋」
「あー、そういうことね」
うんうん、と吾妻は納得してから、ハッとした。
なんかろくな意味じゃない気がする。
「白倉、あいつと同室だよね?」
やっぱり。岩永は半眼でそう思った。
「そうやな。まあ大抵の『100』桁の奴らは一人部屋やけど」
「なら」
「九生と白倉の希望やからや」
「なんてことっ!」
吾妻はまるで天災にあった人間のように空を仰いだ。そこまで嘆くことなのか。
「部屋割は、戦闘試験次第や」
「おい、嵐」
夕がたしなめる声を無視して、岩永は軽く笑みを浮かべた。
「お前が白倉と同じ部屋になろうと思ったら、せやな。
Aランク二位を三人、同じく最上位を二人。
Sランクを一人倒せば」
岩永の言葉に、吾妻は一瞬黙ったあと、「ほんとうだね?」と聞いた。
そして吾妻はにやり、と笑った。とても悪い笑みで。
闘志が沸いたのだろう。
吾妻はうしっ!と叫ぶと、ベンチを立った。
「ありがとうな。じゃ、また!」
白倉んとこ行く!と、まるで待ち合わせした友人か恋人のように言っていなくなる。
凄まじいふてぶてしさだ。
「おい、嵐。あんなこと言うて…」
「考えてみぃ夕。
Sランク同士の戦闘なんか、一年に一回あればいいほうや。
まして転校前日にトラブった組み合わせを、教師が採用すると思うか?」
「…あ、そっか」
それもそうだな、と夕はホッとした。
夕はかわいいな、と言うと夕に引かれる。
そう言った岩永の顔は、無表情だった。