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序章 鬼様こちら

 街中で、よくある光景といってしまえばそうだ。

 可愛い女の子と、目つきと風貌の悪い男たちの取り合わせを見たら、誰もが「タチの悪いナンパ」と連想する。

 四月五日。

 ある都市の商店街の、駅を出たばかりの道。

 駅近辺は、普通いつの時間でも人気の多いものだが、この都市は特殊で利用客のほとんどが「学生」。故に、学生の登校時間と下校時間以外は、がらんとしている。

 そこを通った少女は、運悪くタチの悪いナンパに引っかかった。

 近所に人はいないし、なによりこの都市はあることで有名。

 万一、ナンパ相手が「それ」絡みの人だったらなにされるかわからない。

 怯えて後退ったが、手首を掴まれる。

 どうしようと、泣きそうになった瞬間、背後の駅の出口から勢いよく飛び出してきた、やたら大柄な男がこちらに気付いた。

「なにしてんの?」

 その場に似合わない暢気なトーンの声。

 振り返ると、のんびりとした表情を浮かべた、制服の青年。いや、少年?

 だって、彼が着ているズボンとシャツは「学生」の証拠。

 彼が「学生」であり、「学校」に行くために、この駅で降りたならば、助かる、と少女は思った。

「あ、あのたすけて…っ」

「あー、ナンパ…?」

 どこまでも危機感のない少年(?)に、少女は必死に頷いた。

 彼は一瞬沈黙して、にっこり笑った。

「いいよ」と鷹揚な単語を発する。

 瞬間、自分の手を掴む男と、傍にいた仲間の服が、いきなり発火した。

「え……」

 少女はびっくりする。男達が悲鳴を上げて逃げ出した。

 そりゃ、「あの学校」の「学生」ならば、「それ」は使えて当然。

 でも、

「いきなり燃やさんでもっ!」

「え? まずかった?」

「いけません!」

 流石に殺しちゃだめ!と真っ青な顔で自分を見上げる少女に、少年はぽやん、とした緩い表情だ。危機感ゼロ。

「ああ、そういうことなら平気。

 僕、あそこの生徒」

「知ってます! ここらの学校っていったら『NOA』しかあらへんし!」

「『超能力者学校』だろ?

 僕の炎は、加減自在だよ?」

「……へ?」

「服だけ焼けるの。皮膚には一切傷をつけず、服だけ燃やすように、って加減した」

 だから、あいつら丸裸になるだけな。と少年はさらっと言った。

 少女はもう一度、彼らの逃げていった方角を見遣る。

 逃げる途中、足がもつれて倒れたまま、もがいていたらしい彼らは、ぽかんとした顔で地面に座っていた。火傷した様子は全くないが、確かに、全裸。

「って、うわっ…きゃ――――――!!」

 安心したけど、好きでもない男の裸なんて見たくない。

 悲鳴を上げた少女を、少年が「声でかー」と暢気に見物した。



 ある都市の中心部分。

 発展した技術の病院や、研究施設、それからレストランにいろいろな店がところせましと並んでいる。

 一番中心にあるのは、巨大なタワーのような建物。

 白い外壁には窓がない。

 それが、この都市の一番の重要な施設である、超能力者育成学園――――通称『NOA(ノア)』。

 一流のシステムとセキュリティで作られた学園で、少年少女たちは六年間を過ごす。

 中学一年生から、高校三年生まで。

 もちろん、学年別に教室のある階は異なり、高等部と中等部は校舎も異なる。

 二本の縦に長いタワー状の学園の、右側が『高等部』。左側が『中等部』。

 その間を行き来出来るのは教師か要人のみ。

 生徒は超能力のレベルによってランク分けされ、クラスは超能力のランクによって分けられる。

 S、A、B、C、D、Eの六ランク。最上はS。最低がE。

 上のランクになるためには、能力を上げることも必須だが、一週間に二回ある「戦闘授業」で上のランクの人間に勝つことだ。

 強ければ強いだけ、有名人でありヒーロー。




 その学園の高等部で、現在その立ち位置にいるのは、「無敗」を誇るある少年。

 生徒会執行部会長にして、最上ランクの組である「一組」在籍の、白倉誠二という少年。

 外見は整いすぎた目鼻立ちに、白磁の肌、白金の髪。

 すらりと伸びた細い手足に、頭脳明晰と来ているから、モテる。

 が、彼の能力があらゆる意味で優れすぎていて、告白出来る者はあまり、いない。




「白倉!」

『高等部』校舎であるタワーは地下一階から十階まである。

 六階の廊下で、呼ばれて白倉は振り返った。

 そこには、同じ執行部の生徒である、岩永嵐いわながらん御園夕みそのゆうの姿。

 亜麻色の長い髪を一つにまとめた岩永は碧い瞳で、白倉には及ばないだけでかなりの美形だ。御園夕も短い金髪に黒い目で、整った顔立ちだ。

「ああ、お昼か?」

「うん」

 駆け寄ってきた岩永と夕が、購買行こう、と誘う。

 一番仲のいい二人だから、白倉も断る理由はない。

「俺は弁当だけど」

「白倉はな」

 うまいから、と岩永が、購買に行くために方向転換した白倉の隣を歩きながら言う。

 彼は白倉と同じ「一組」の生徒。一組は「S」ランクと「A」ランクの生徒の組。

 しかし、最上級である「S」ランクの能力者は、現在中等部に、白倉と他数名しかいない。

 岩永と夕は「A」ランクだ。

 しかしながら、岩永は白倉と同じく「戦闘授業」でも「無敗」を誇っているから、岩永は多分「S」ランク寄りの「A」ランクなのだろう。



「そうそう、なんか転校生が来るって話訊いた?」

 白倉が思いだした、と言って、一階の購買に並ぶ夕と岩永に問う。

「そうなのか?」

 夕はなんとも執行部員らしくない返事をしたが、岩永は知っていたらしく「ああ」と頷いた。

「なんやったっけ。ええと」

「…聞きかじっただけだから、確かじゃないんだけど」

 白倉は声を潜めて、岩永と夕に顔を寄せた。二人も習う。

「そいつ、ランクSとかって話らしい。あくまで、聞きかじった話」

 岩永と夕は一様に、胡散臭げな顔をして寄せていた顔を上げる。

「信憑性ないな?」

「ないな」

 白倉もまさか、と思っている。自分の言葉に、岩永も頷いた。

「あ、でも、万一そうだったら、おもしろくない?」

 夕は楽観的で明るいのが長所だ。だから彼はそう言って笑った。

 まあ確かにそうも思うが、実際は、多分ガセだろう。

「お、白倉じゃ」

 目当てのモノを買い、購買から離れて、中庭に行こうかと話す。

 体育館の扉の前を通りかかった時、背後からなじみ深い声が白倉を呼んだ。

 振り返ると、白髪を後ろで軽く結った少年が手を振った。

九生くお

 九生という少年だ。白倉達と同じ一組の生徒。ランクは数少ない「S」。

「お昼? 俺も一緒してもかまわんか?」

「いいよ。な?」

 白倉が一応、夕と岩永に確認を取ると、彼らも二つ返事で頷いた。

「そんでな、俺さっき、体育館で例の転校生がって話聞いたんで、ここ来たんじゃが」

「…え!?」

 白倉は理解が遅れた。転校生は明日からの筈だ。それが何故、今日、体育館に。

 九生が嘘を吐くとは思えない。

 丁度その扉が目の前にある。

 白倉は扉を開けて、驚いた。

 体育館の床に倒れているのは、十数人の生徒。その中央に立つのは見覚えのないデカブツ。

 黒い癖っ毛に、やたら長い手足の、長身「すぎる」男だ。

 少年には見えないが、制服は「高等部」のもの。

「おい、なにしてんの!」

 見過ごすわけにいかない。超能力を使った戦闘は、「授業」以外では禁止だ。

 目の前に進み出てきた白倉に気付いて、白倉を見た彼の表情が変わる。

 岩永と、九生は、「おや?」とお互いに顔を見合わせた。

 彼の顔は感動に輝いている。真っ赤に頬を染めている。わなわなと口を動かすが、言葉になっていない様子。

 あのリアクションって、まさか。

「お前が転校生だな。

 俺は三年一組所属白倉誠二。

 生徒会執行部会長だ。お前、名前は――――」

 厳しい表情で彼の前に立った白倉に、周囲の生徒はホッとした。だって、白倉は実質「最強」なのだ。

 しかし、転校生は朱に染まった顔で白倉を見下ろし、その白い細い手をがしっ、と掴んだ。

 九生と岩永が「あ」と呟く。同時だ。


「僕と…っ……恋してくれる!?」


 熱々な視線と、絡んだ低い、しかし興奮した声の台詞。鼻息も荒い。

 白倉はとてもびっくりした。目が点。固まった。

 周囲の生徒もぽかーん、となる。

「…は?」

「いや、恋があれなら、うーん」

 凄まじい勢いで食いついた男は、なにやら考え込んだが、すぐ明るく笑った。

「結婚して欲しい!」

 頬を染めて、鼻息も荒く。

 周囲には沢山生徒がいて、みんな転校生に手を握られ、告白された白倉から目を離さない。

 白倉の堪忍袋の緒が、ぷちん、と切れた気がして、九生と岩永は咄嗟に揃って夕の手を掴んで体育館の外に引っ張り出した。

「ふ、ざけんなっ!」

 瞬間、白倉が左手を大きく振るう。その手から発生したのは目には全く見えない衝撃波。白倉の能力は「念動力」だ。

「うわっちゃー…直撃」

 勢いよく吹っ飛んだ転校生の姿に、岩永は「あーあ」という風にコメント。

「しょうがないじゃろ。あれはあの転校生が……ん?」

 体育館の扉の向こうから見物していた岩永と九生だが、九生が目を見張った。

 大男は体育館の上、四方を覆う吹き抜けの通路の手すりに軽々立っている。無傷。

 彼は吹っ飛ばされたのではなく、衝撃波を軽々交わしたのだ。宙を飛んで。

 あくまでジャンプしただけだが、にしたってあの不意打ち攻撃を交わすなんて。

 まして、白倉の「能力発動」までの時間は高等部で「最短」。相手に届くまでのスピードも「最短」だ。普通、交わせない。

「怒った顔も、とっても別嬪さんだね~」

 男はなにが楽しいのか、にこにこ上機嫌だ。恋をしたら有頂天になる、をそのまま体現しているが、この状況で体現出来るヤツは普通いない。

「だけど、笑ってくれると、僕はうれし――――」

「うわ」

 転校生の台詞が一瞬だけ途切れた。九生はぎょっとする。

 白倉の能力は発動までのタメ(時間)などに動作がいらない。普通、構えるモーションで、発動の方向を察したり出来るが、白倉にはそれがない。見ていない場所にも発動できる。

 白倉が全くモーションなしに、発動した衝撃波から、転校生は手すりの上を走って逃げた。攻撃の跡だけが、手すりと壁に残っていく。ひしゃげた手すりとへこんだ壁の跡が、すぐ隣の壁に、前の手すりにまた刻まれる。そのもっと向こうにも、どんどん。

 すごい速さで連発しているのに、見事なまでに一発も当たらない。

 どんどんひしゃげていって、いつ下に落下するかわからない手すりの上を走っている。あんな大男が。

「別嬪さん、気の短いね。そんなとこも素敵だ」

「黙れ!」

「そんなつんけんしないと、ほら、笑って!」

 九生には、その瞬間、白倉が転校生の進行方向に衝撃波を放ったのが見えた。

 傍目には全く見えない可視域外の攻撃。

 しかし、転校生は足を寸前で止めて、壁を蹴って宙に飛んだ。

 偶然回避したのではない。明らかに「わかっていて」避けた。

「なんじゃあいつ…」

 九生はやっとそれだけ呟いた。

 宙に飛んだ転校生目掛けて、白倉が一瞬タメのモーションを取る。

 ということは、手加減なしの攻撃だ。空中では逃げ場がないと読んでの。

「白倉! 流石にそれはいかん!」

 久生が叫んだが、遅かった。

 転校生に向かって放たれた巨大な念動力は、透過した力だが、衝撃が目にもはっきり見えた。それくらいでかい。

 が、彼は自分の身体の前で手を構える。その手から発現したのは、炎だ。

 発火能力者。

 白倉に押し負けるはずの力は、二人の間でせめぎ合い、相殺しあって消える。

「相殺…!」

 誰かが叫んだ。転校生は再び放った炎を反動にして、宙をうまく飛ぶと、白倉の背後に見事に着地した。

 咄嗟に振り返った白倉は、振るった拳をあっさり掴まれて、悔しそうに唇を噛む。

「そんな顔しないで」

「…お前、何者…」

「ただの、転校生」

 彼は笑う。人懐っこい笑顔が逆に不気味。

「そんで、あんたに惚れた。好きだよ。白倉」

 ぬけぬけと言う顔は、二心などなさそうだ。ただただ欲望に正直な、恋をする男の目。

「俺にそんな趣味はない!」

「なら、開花させたげる」

 その言葉にカッと血が上る。彼に捕まったままの手の平に力を発動させたが、掴む彼の手の平に呆気なく消されてしまった。相殺現象が起こった証拠に、つかみ合った二人の手の平の間から白い蒸気が発生する。熱を感じないのは、蒸気に温度がないからだ。

 白倉は唖然とする。

 例え、自分と互角の力――――ランク「S」の能力保持者だとしても、今の攻撃は絶対予期出来ないはずだ。

 彼は凍り付いた白倉の顎を掴んで、額にちゅ、と口付ける。白倉は我に返って、手を思い切り払った。

「俺に、触んな!」

「なら、勝負しない?」

「…は?」

「あんた、無敗って言われてるんだろ?

 戦闘授業で、戦って、僕があんたに勝ったら、僕のモンになる」

「……」

「いや? ああ、負けるんが怖…」

「冗談じゃない!」

 白倉は少し距離を取って、彼を指さす。

「受けて立つ。そん代わり、俺に負けたら、俺の前に金輪際現れんな!」

 その指を、くるっと下に向けて、完全に怒り顔で白倉は啖呵を切る。

「いいよ」

 転校生は、悠然と腕を組んで、微笑んだ。

「僕は、吾妻財前あがつまざいぜん。よろしゅうな」


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