みんな、応援してくれてありがとう!
どこにでもあるような民家で、ある夫婦とその息子がパソコンの画面に釘付けになっている。
彼らは景虎の両親と兄であった。
「ねえ、これってどうなってるの? 虎は大丈夫なの?」
母親はずっとそわそわした様子で、しきりに二人に話しかけている。昔から長男より、次男である景虎のほうがずっと手がかかった分、心配で堪らないのだった。
「CGじゃないんだろ? 本当にその、モンスターとかいうのがいるんだよな?」
父親は元々ダンジョン関連には疎く、かつ昔ながらの職人で、息子がしていることを理解しきれずにいた。だが、どう見ても現実離れした怪物と戦っているようで、気が気ではない。
「本物だよ。どう見ても化け物だけど、現実にいるんだ。そして、虎はそんな奴と戦ってる」
「嘘でしょ。警察呼びましょう!」
半泣きになりながら、母親は二人に向けて叫ぶが、兄は首を横に振る。
「警察が入れるような場所じゃないんだ」
「どうしてそんな場所があるの。じゃあその洞窟とやらにいきましょ! あなた」
「あ、ああー……そうだな。住所はどこだ?」
「今は封鎖されてるらしくて、俺たちが行ったとしても入れないんだ。……信じるしかない」
景虎の兄は、もしかしたら自分が説教をしたせいで、弟をこんな場所に向かわせてしまったのではないか、という後悔を抱いていた。
(もう仕事のことはなんでもいい。だから無事に帰ってこい)
三人はただパソコンの画面を見守ることしかできなかった。
◇
両親や兄の心が揺れ動く中、当の本人はどこか呑気である。
『銀翼の大剣は、相手に複数回のダメージを与えることができます。竜王斬と併用することで、大きな効果を発揮するでしょう』
「それだ!」
懐からカードを取り出そうとするが、ふと首を傾げた。
「あれ? もうカードが……一枚だけか」
「ハハハハ! お前はおしまいだ」
灰色になったカード達を遠目で確認し、闇竜ジャーマは豪快に笑う。すでに竜の周辺には、深層や深淵層のモンスターが溢れかえり、たった一人の人間を殺すべく動き出していた。
「あ、でも大丈夫だった」
景虎はカードを天に向けると、黒々とした輝きと共に死神を思わせる影が召喚された。
ゆらゆらと不安定な動きをするそれが、黒い鎌を右に左に振っていると、いつの間にかカード達に赤黒い光が降り注ぐ。
あっという間に使用済みカードが復活する様を目にして、闇竜は驚愕した。
「なん……だ……それは。ふざけるな!」
「いやいや、お前に言われたくねーよ。じゃあもう一回、行くぜ」
青年はついさっき覚えたばかりの飛行魔法を用いて、正面から飛び込んでいく。
それはあまりに無謀な光景に思えた。しかし、景虎は感覚的に分かっている。こう動くことに十分な勝算があることを。
どのような風よりも荒々しく、闘志に溢れたそれが迫った時、モンスター達に衝撃が走った。
回転しながら剣を振り回す。ただそれだけのことで、数多の強敵が切り飛ばされていく。
しかし、闇竜もこの状況を黙って見ているわけではない。
(もう一回……あいつはそう言った。つまり……あの雷を纏った技を使うつもりだろう。だがそれをした時、お前は終わる)
漆黒のブレスが空を引き裂く。景虎は黒き暴力を低空飛行の状態でかわしながら、これまでと同じように敵の懐に入りかけた。
彼が右手でカードを取り出す姿が映る。
「終わりだ」
ジャーマは黒い体に、負の力を目一杯溜め込みながら、一瞬だが垂直に巨体を伸ばした。
その直後、今度は大きく全身を膨張させ、地面すれすれにいる人間に覆い被さるように飛びかかった。
深淵層にいるモンスターでさえ、これをやられれば吸収されるしかない。地味でありながらも異質で、かつ凶悪なジャーマの得意技である。
邪念と悪意に満ちた闇に覆われる直前、カードが白い輝きを放った。一瞬だがその目に映ったのは、ハイピクシーではなかった。ローブを纏った知らない男である。
しかし、このタイミングで予想が多少外れていようが、竜にとっては問題ない。どう足掻こうと間に合わぬ、絶望への扉は開かれた。
後は否応なしに、人間が吸い込まれていくのを待つのみだと、そう信じて疑わない。
だが竜は間違えた。その証拠に、地面に這いつくばる体にはなんの手応えもない。
さらには黒い影が、自分を覆い尽くすように広がっていた。思わず顔を上げると、目にしたこともない化け物がいる。
捕食者としての絶対の自信が、今崩れ去ろうとしていた。自分よりも遥かに巨大な、八つの首を持つ化け物がこちらを見下ろしている。
「あ……ああ……あ……」
この化け物は吸収できない。食われるのは間違いなくこちらだ。予想もしていない絶望感に襲われたジャーマは、さらに奇妙なことに気づく。
八つの頭のうち一つ……ちょうど真ん中あたりに立っている男がいる。
憎い顔だ。絶対に殺すべきだと警戒した顔だ。そして今最も恐れている顔だ。
その男——竜牙景虎は、静かにその身を空へと踊らせた。そしてヤマタノオロチの胴体付近で浮遊すると、銀色に輝く大剣を構える。
彼の口がなんらかの言葉を発している。ジャーマには聞き取ることができないが、魔法を使ったことはすぐに理解できた。
一人しかいないはずの男が、いつの間にか三人になっている。
(なんだ? 何が来るのだ?)
真ん中にいる景虎が、剣を頭上へと掲げた。すると銀色の翼を思わせる大剣が輝いたと同時に、背後にいるヤマタノオロチが全身を発光させた。
『竜王斬・オロチを発動します。攻撃が八回に増加します』
「え……すげーなそれ。じゃあ、行くか!」
巨大な光の塊となったヤマタノオロチが、景虎と合体したように見えた瞬間、Sスキルはすでに発動していた。
ジャーマもまた勝負に出た。今まで誰にも使ったことがない、全身全霊の黒き息を吐きかけ、迫りくる光の戦士を亡き者にしようとした。
黒い息吹はたしかに景虎に向けて放たれたはず。しかし、その感触を掴むことは、闇の竜にはできなかった。
光を纏った戦士は、息吹など存在しないものであるかのように、ただ真っ直ぐにことを成した。
闇竜の巨体と、彼の姿は一瞬の交差としか映らない。
だがその僅かなすれ違いざまに、銀色の大剣は踊り狂っていた。彼の足が大地に触れた時、遅れて七色の斬撃が何十という回数で竜を切り刻む。
悪意の竜はその全身をバラバラに切り裂かれ、殺されたことすら気づかず消滅した。
「………やったか?」
『はい、ジャーマの消滅を確認しました。おめでとうございます。あなたの勝利です』
ミリアの声を聞き、ようやく視聴者達にも理解が広がっていく。
:……マジで勝った?
:勝ったのか?
:え、え!
:マジで?
:うおおおおおお!
:勝ったぁああああああああ!
:快挙達成だーーーーー!
:すれ違っただけに見えたけど??
:どうやったのか分からんけど、なんか消えてる!
:嘘だろ……ソロだよ!?
:おめでとーー!
:リアタイで見れる幸せ
:すげええええええ
:カゲ君、怪物かよ
:本当にどうやったの!?
:速すぎて意味分からんかったけど、とりあえずおめ!
:ソロでジャーマに勝ったー!
:すげえよカゲっちーーーーー!
:ミリアちゃんの声が弾みまくってるなw
:マジでやり遂げててビビってる
:ってかあの社長とライバーは?
:コメント欄が投げ銭で真っ赤すぎで草
:ミリアちゃんも嬉しくてたまらんっぽい
:道宗ーズはどうなったん?
:おめでとー!
:ここまで来ると憧れるわ
:巨大ボスをソロ討伐って、控えめにいって神
:すげえっす!
:後は二人の安否だけか
:おめ!
:うおお!? 同接が?
:やったねカゲっち!
:同接すげー! こっちもおめでとう!
「ふぅー、良かったぁ。あ、そうだ。二人は?」
歩み寄ってみると、道宗とアイは気絶しているようだった。無数の斬撃を決めた時、二人には当たらないよう細心の注意を払っていたが、それでも不安があった。
やがて二人は目を覚ましたが、どうやら混乱したままらしく、なぜか景虎の顔を見て叫んだ。
「うわあああー!? ば、化け物!」
「ちょ、待てや社長ーーーーー!」
「え? あ、ちょ」
先ほどまで死にかけていたとは思えない逃げ足っぷりに、彼は呆気に取られて立ち尽くすばかり。
『逃げた先は帰り道です。あの様子でしたら、出口まで行けるでしょう。ジャーマが放った霧は地上に放出されていますが、もうすぐ効力を失うはずです』
「そっかー。じゃあもう放っておこう。さて、この下はもっとヤバいんだっけ?」
『景虎様なら攻略が可能です。探索を続けますか』
この時、彼は少しだけ考えたが、やがて首を横に振った。
「俺が一番奥に来たってことだから、俺たちのチームが最深部に進んだことはもう決まったよな? じゃあ、今回はこの辺で上がるよ」
『承知しました。それでは、配信も終了でよろしいですか』
「うん。みんな、応援してくれてありがとう!」
『それではみなさま、ご視聴いただきありがとうございました。最後に景虎様、同接二千万突破、おめでとうございます』
「うん。じゃあまた——……うぇ? に、二千万ーーー!?」
ミリアの伝えた情報に、景虎は衝撃が止まらない。
彼の探索配信はいつもどおりに終了し、視聴者達は画面が暗くなってからも、祝福の声をコメントで届け続けていた。




