良かったらご飯だけでも
拳が熱く唸る。というか、火に包まれてる感じがする。
脳内で伝わったイメージ的に、魔法っていうのはこう使うはずだ。火を宿らせて、ただぶん殴る。
「うおおおお!」
「グ……オァアアアア!」
初めて鬼が絶叫した。顔面にめり込んだ一撃。火に燃やされながら暴れ回った後、赤い怪物はぶっ倒れて消えていった。
黒々とした煙が立ち込め、気がつけば棍棒とよく分からない赤い石だけが残されてる。
「か、勝ったぁ……」
もう俺ってばギリギリだったわ。疲れきって地面に座り込んだ時、涼しげな声がゴーグルから響く。
『オーガに勝利しました。報酬は私がボックスに収納します。おめでとうございます』
「あ、ああ。それより魔法のこと教えてくれてサンキュ。あんな感じで合ってたろ?」
『魔法の使い方は、完全に間違えていました』
「そっか。良か……え?」
『完全に使用方法を誤っていました。ファイアボールは火球を投げる魔法です。拳に宿らせて殴るものではありません』
「あ、そりゃそうか。ボールって名前だったね。あ、あはは」
なんかすっげえ恥ずかしい!
危ない危ない。同接ゼロだからいいけど、もし何千人も観てる前でやったら赤っ恥だったわ。
ちらっとコメント欄を見たところ、やっぱコメントはなかった。多分これまでも観てた人はいないんじゃないかな。
そういえば鋼の剣も限界っぽい。剣身にヒビが入りまくってて、今にも壊れそうだ。
ボックスに入れてるゴブリンの武器はあるけど、ちょっとなぁ。なんかあんまり強くなさそうな気がするし、今日はもう帰るか。
そう思い、すくっと起き上がった時だった。
「あ、あの……」
「ん?」
振り返ると、さっき鬼に襲われて倒れてた女の子が、オロオロした感じでやってきていた。
青髪のボブカットをしたその子は、見た目からすると高校生くらい。黒いダンジョンスーツに身を包んでいるが、なんだか大人しそうで探索者っぽくはなかった。
それと、かなり可愛い顔をしてるなぁ。こりゃ相当モテると思う。もしかしてさっき逃げてったのは彼氏かな?
「怪我とかしてない?」
「あ、えっと。私は大丈夫です! その、助けていただいて、本当に……本当にありがとうございます!」
「ああ、いいっていいって! とりあえず外まで送るよ」
その子はなんだか遠慮していたけど、流石にあんな目にあったばかりだし、放ってはおけなかった。
道すがら、なんであんな化け物に襲われてたのか聞いてみたんだけど、本人も知らないみたいだ。
「多分、イレギュラーっていうのに当たっちゃったと思います」
「イレギュラー?」
『イレギュラーとは、ダンジョンにおいて、出現するはずのない強さのモンスターが出現してしまうことです』
「きゃ!? い、今のって」
「AIの音声なんだ。ミリアっていうんだけど、すげえ優秀なんだよ」
とりあえずミリアのことや、配信のことについて説明してみたが、その子は話を聞くほどに驚いていた。
「そんな優秀なAIさんができたんですね。初めて知りました」
「ああ……ってか、君は配信はしてないの?」
「このドローンで配信してました。でも壊れちゃって……」
リュックの中からピンクの可愛いドローンが出てきたが、思いっきりカメラ部分に穴が空いちゃってる。
その子はまるで生き物を相手にしているみたいに、優しくドローンの先端を撫でていた。
「コラボ相手の方も機材を持っていたんですけど、途中からいなくなっちゃって」
「え? もしかして背が高くて、カッコいい男だったりする?」
「あ、はい! ご存知なんですか」
『逃亡を確認しました。恐らくはすでにダンジョンを出ているでしょう』
その時、彼女は小さく俯いた。
「どうした?」
「いえ、大丈夫です……」
なんか、あんま大丈夫じゃなさそうだけど。ちょっと泣きそうになってるし。
でもこう言う時に突っ込んでもいけない気がしたので、俺は適当に話を変えつつ、なんとかダンジョンを出るところまで送ることができた。
かなり疲れたので、俺もここで帰ることにする。いやー大変だった。と言うか、何気にまだ上層をフラフラしてるだけじゃん。ソロだからしょーがないか。
「俺、帰りは向こうだから。気をつけて帰りなよ。じゃ」
「あ、あの!」
でもここで終わりじゃなかった。お別れしようとしたら、まるで葬式ムードだった女の子が、何か思い立ったような感じで駆けてくる。
「どうした?」
「すみません。命まで助けていただいて……あの、何かお礼を」
「いいっていいって! 俺も学生の時は、無茶しまくって助けてもらったこといっぱいあるからさ」
「でも……あの。良かったらご飯だけでも、奢らせていただけませんか」
「え? いや、でも」
『必要ありません』
「うわ!? いきなりだな」
唐突に割り込んでくるAI。ダンジョン以外もサポートしてくれるとは意外。
『景虎様は今後も忙しくなる想定です。なかなか時間を取ることは難しくなるでしょう。感謝のお気持ちは伝わりましたので、この辺りでお別れを』
「忙しくなればいいけどな。じゃ!」
「え、あ! 怪我してないですか」
「ん? ああ、これか」
すると彼女は、俺の拳を見て悲しげな顔をする。
「怪我っていうか、火傷かな。ちょっと魔法の使い方間違っちゃってさぁ」
「良かったら、治療だけでもさせてください。私、回復魔法ならできるんです」
「え、そうなのか」
『回復アイテムがあります』
「でも、回復アイテムって貴重ですよね。あの、治療だけでも、ダメでしょうか」
そこまで言われると、なんか断るのも良くない気がするな。
俺はとりあえず、治癒だけしてもらうことにした。




