今なら安くしておくわよ
「てめえみたいな奴はクビだぁ!」
俺、竜牙景虎は飛んだ。勢いよく蹴りを入れられ、会社の一階玄関から勢いよくぶっ飛んだ。
「うわあー!?」
しかも小さいけど階段から転げ落ちる始末。
「二度とうちの会社にぃ、その汚ねえツラ見せんじゃねえぞ。ペッ!」
唾まで吐き捨てたチョイ悪オヤジ。ついさっきまで俺が所属していた探索者ライバー事務所の社長だ。
階段を転げ落ちて苦しいけど、このままでいるのも惨めだったので、腹を抑えながらトボトボと歩き出す。
目的地はない。いきなりクビにされちゃって、俺ってばどうすればいいの? という絶望的な疑問しか浮かばない。
◇
一体どうしてこうなったのか。とりあえずは、これまでの経緯を語るところから始めなきゃいけない。
俺は今二十二歳で、地方のあまり有名とはいえない大学をなんとか卒業し、今年の四月からライバー事務所で働き始めた。そして、今年の四月にクビになった。
仕事内容は、ずばりダンジョン配信をすること。でも俺は未経験だったけど、どうにか就職させてもらえることになったわけで。
いやー両親からは反対されまくったね。公務員をしてる兄からも怒られた。
ダンジョン配信っていうのは、今世界中で大ブームになってる。十五年くらい前にアメリカに現れて以来、ポツポツと世界中に出現するようになったダンジョンは、日本にも当然のように現れた。
んで、そのダンジョンを攻略する動画配信が、世界中で大流行りしているんだ。
ただ、両親のような上の世代や、兄のような堅実派からすれば、今だけの商売であって安定性、将来性が全然ないと思われている。
両親や兄の指摘は正しいかもしれないけれど、俺はわりかしミーハーなので、流行っているものに手を出すのは別に間違いじゃない気がした。
だから反対を押し切って就職したのに、一ヶ月もかからずしてクビになるなんて。
最初は先輩配信者の荷物持ちからだった。特に文句は言われなかったていうか、やるべきことはやっていたつもりなんだけどなぁ。
入社して一週間が過ぎた頃だった。ダンジョン配信の手伝いが終わり、事務所に戻ると社長がいた。俺を見るなり睨みつけてくる。
「お前、一週間も経つのに全然パッとしねえな。もう少し派手なことができんのか。今度ソロで深層に潜ってみろ」
「え!? いや、無理っすよ。一人で深層なんて」
「レベル4だっけ? まったく華がねえなぁ。じゃあ事務所の仕事やれや。これ、今日中にデータまとめておけ」
「うわ!」
ドン! と机には山のような紙が置かれる。今どきデジタルじゃないのかよ、なんて文句はとても言えないので、残業しまくってどうにかこなす。
そんな毎日が続いたけれど、俺としては頑張っていたつもりだ。社長からはとにかく無茶振りの嵐。でも耐えよう、頑張ろうとしていた矢先のことだった。
「おいお前。女ライバーにセクハラしたんだってな」
「え!? してません。なんですか急に」
「いいや! お前はしてんだよ。うちのアイがよ、お前がやらしい目で配信中でも外でも見てくるから、不快で堪らなかったと言ってんだぞ。どういうつもりだ、あ?」
「は!? いやいや、そんなことしてませんよ」
アイというのは、この事務所の稼ぎ頭だ。女ライバーとしてはかなりの実績を持っているらしく、他の事務所から移ってきた時は女王様待遇だった。
俺は誓って、そういう風にジロジロと見たことはない。まあ百歩譲ってもし見ていたとしても、それでセクハラになるんだろうか?
そういうことを必死に説明したけれど、社長は聞く耳を持たなかった。
しかしこの社長も不思議で、何もアンタが出てこなくてよくね? という場面でもガンガン出てくるので、社員としてはやりづらい限り。
そんな毎日を続けた末にクビになった。
◇
以上、悲惨な回想はここで終わり。
「これからどうすりゃいいんだ」
俺、やっぱなんか悪いことしてたのかなぁ。自分を鑑みながら家に帰ろうとしていたんだけど、考え事に夢中になり過ぎて、いつもとは違う道を歩いていた。
「あれ? ここ……どこだっけ」
気づけば全然知らない通りに立っている。大通りから一歩入った小さなビルだらけの道を、暇になった俺は適当に歩いていた。
「ん?」
すると、本屋とケーキ屋に挟まれるようにして、小さなダンジョンショップがあることに気づく。
ダンジョンショップっていうのは、ダンジョン探索用のグッズを一通り購入できる店のことで、最近では街中にちらほら出店してる。
俺が見つけたダンジョンショップは、【別世界】とかいうよく分からない名前をしていて、外観はお城みたいになっている。
窓から配信用ドローンとか。配信用装備とかが展示されているから、どうにかダンジョンショップだと分かった。
変わった趣味だなぁと思いつつ、興味を持ったので中に入ってみることにした。
タッチ式の自動ドアから入った先には、まるで駄菓子屋みたいな雰囲気が広がっていた。
でも、並んでいるのは飴でもお菓子でもなく、剣や盾や配信機材という物々しさが漂っている。
実のところ俺は、入社するまではダンジョン配信を観たこともあんまないし、まして自分で探索なんてしてこなかった。
でも面白そうだなって感じて、頑張っていくぞという矢先にクビになった。だから今ではこういう武器とか防具が、なんとなく悲しく映ってしまう。
「はあ……」
思わずため息が出る。もう辛くなってきたし、何も買わないで帰ろうかな。そう考えていた時だった。
「ん?」
店の一番奥にひっそりと飾られていた、ダンジョン配信用のゴーグルが光っている。
不思議に思って手に取ると、思いのほかゴーグル部分が薄く、なぜかゴーグルの上に額当てのようなものまである。
「これで動画配信ができちゃう感じか」
最近の配信技術はめちゃくちゃ進んでいて、そんな薄っぺらいもので配信なんてできるの? という物が普通にある。
「あら、珍しいこともあるわね」
声をかけられて振り向くと、エプロンをつけたおばあちゃんが、ニコニコ笑っていた。
「そのゴーグルが光るなんて」
「え? は、はあ」
「今なら安くしておくわよ。せっかくだから買っておかない?」
「え、あー……」
人は見かけに寄らないもので、おばあちゃんの仕事トークはまさにベテラン。俺がダンジョン探索配信に興味があることを知るや否や、あらゆるメリットを語りまくってきた。
しかもこちらの話にも上手い具合に関心を持って見せ、煽てることも上手いし聞き上手でもあった。
いつの間にかやる気に満ち溢れてしまった俺は、わりかしお高い値段でこのゴーグルを購入してしまったのである。
ああ、なんてチョロいの俺。
家に帰ってから我に帰り、自分が悲しくなってきたが、このゴーグルは不思議と捨てる気になれなかった。
「ちょっとだけ試してみるかな」
中古で売りに出そうかと思ったけれど、せっかくなので一度起動してみることにした。