表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/50

第8話 恋ってとても素晴らしい



  ──ねぇ、せなちゃんっ。


 わたし、おおきくなったらかしゅになるの!


 そして、せなちゃんがつくったおうたをうたうんだ!



 ◇


 

 教会という場所は、実に不思議な空間で。

 こうしてステンドグラスから差し込む夕日を浴びているだけで、なんだか夢の世界に迷い込んでしまったような気分になれて。

 誰もいない聖堂の長椅子に腰掛けて、目を閉じて瞑想するだけで、なんだか神秘的な世界へ誘われるような気がして。


 僕はこの場所で神様に祈りなんて捧げたりはしないけれど、何かを求めて、ついつい足を運んでしまうのだ。

 僕が僕自身のために本気で神様にお願いしたことがあるのは受験の時ぐらいだけれど、神社やお寺、そして教会のような場所を訪れると、目には見えないはずなのに、なんだか神秘的なものを感じてしまう。


 この教会も、そんな場所で。

 目を閉じて、外から聞こえる木々のさざめきに耳を傾けて瞑想していると──彼女の、冷たくも、耳触りの良い声が聞こえてくる。




 「どうかしたの?」




 目を開けると、ふわっとしたボブヘアーの黒髪で、両サイドの髪に紫色のリボンを着け、そして黒と紫を基調としたゴスロリファッションのクールな雰囲気な少女が、僕の目の前の長椅子の上に乗って、僕の顔を覗き込んでいた。


 「ちょっと考え事をね」

 「エッチなこと考えてたの?」

 「青春とそれを結びつけるのなら、そうかもしれないけれど」

 「じゃあ瀬那は変態というわけね」


 言われもない中傷を受けたような気がするけれど、これも僕達の平常運転だ。

 そして彼女は席を移動して、僕の隣へと腰掛けた。


 「ねぇ、失恋って幸せだと思うかい?」

 「殆どの場合は不幸だと思うけれど?」

 「そうだよね。違いない」


 我ながら愚問だったと思う。そんなこと、わざわざ人に聞かなくたってわかりきっていることだ。

 彼女が『殆ど』とつけたのは、失恋した側の人間は確かに不幸かもしれないけれど、彼らが好きだった相手にとってはそうでもないからだろう。


 失恋、という出来事は、好きな人に告白したけれど振られてしまったり、好きな人に恋人がいることを知ったり、念願叶って好きな人とお付き合いすることが出来たけど別れを告げられたりと、パターンは様々だ。


 振った方だって幸せだとは限らないし、案外振られた方が不幸だとも限らないかもしれない。失恋してもすぐに気持ちを切り替えられる人だっているけれど、ズルズルと失恋を引きずったり、こじれにこじれて死人が出る場合だってある。


 だから、失恋は恐ろしい。


 「じゃあ、恋って幸せだと思う?」


 すると、彼女は僕にニッコリと微笑んで言う。


 「えぇ、勿論」


 彼女は隣に座る僕の頬に手を添えた。


 「瀬那は思わない? 恋って素晴らしいものだって」

 

 僕は彼女の問いに口では答えずに、ただ微笑んでみせただけだった。そんな僕の反応がお気に召したのか、彼女はフフッと、無邪気な天使のように微笑んでみせた後────人を誑かす悪魔のような、いたずらな笑みを浮かべて言う。


 「恋は、私達に夢や希望を与えてくれるの。最初は誰かを好きになるってことがわからなくて、相手と話している時の自分がどれだけ幸せそうにしているのか、何故か自分だけは気づかなくって、ついつい自分から相手に話しかけに行っちゃったり、チラチラと相手の方を見てしまったり、周りから見たらもうバレバレなのに、本人はそれでもその感情に正直になれなくて、友達からいじられてもつい違うって言っちゃうけれど、それをきっかけに、自分が相手に夢中になっていることにようやく気づくの。でも恋心に気づいたところでどうすればいいのかわからなくて、相手に直接好意を伝えたいけれど中々勇気も出なくて、それに今までの関係が壊れてしまいそうで怖くて、しかも相手は自分のことが好きなのかもわからなくて、友達がお節介を焼いてくれるのも小っ恥ずかしくて、全然アプローチ出来ないの。でも、一度芽生えてしまった恋の情熱は中々冷めなくて、授業や勉強も手につかないくらい頭の中が相手のことでいっぱいになって、気を紛らわそうとして趣味に没頭しようとしてもそれでもダメで、布団の中に潜っても全然解決するわけがなくて、自分を慰めても余計に切なくなってしまうだけで……遅かれ早かれ、爆発しちゃう時が来ちゃうわけ。手紙やLIMEじゃ気持ちが伝わらないと思って、相手を直接呼び出して、不器用な言葉を紡ぎ出して、思いを伝えて……本当は振られることなんて考えたくないけれど、振られたらどうしようって怖くなっちゃうの。気持ちを伝えられたからって満足するわけもないし、すぐに気持ちを切り替えて次の相手を見つけようだなんて、私はそうは思わない。だって、私の恋心はそんな簡単に冷めるわけがないんだもの。だからこそ告白って怖いものだけれど、恋を成就させるためには自分から動かないといけなくて、特に相手が朴念仁の時は。相手から告白されたいって気持ちもあるけれど、それを待っていたら誰かに奪われちゃいそうで、自分から動くしかないの、とっても勇気を振り絞って、ね。それが必ずしも良い結果へ導いてくれるとは限らないけれど、そうやって相手に夢中になっている時間って、私にとってはとても幸せなの。今より一段階進んで恋人という関係になって、一緒に色んな場所に行って、色んなものを食べて、色んなことをして、やがて結婚して、子どもも生まれて、年をとってもイチャイチャして……全てが上手くいくとは限らないけれど、恋をしている内って、そんなことを考えるだけでもとっても幸せなの。年をとって、若い頃のような活力がなくなっても、あの時の恋の情熱だけは忘れずにいたいって、私はそう思ってる。今の私は好きな人がいるから、とても幸せ。その人のことを考えているだけで、まるで悠久のような時が経ってしまうぐらいには。だから恋ってとても幸せなことで、とっても素晴らしいこと。そう、恋をしている内は、ね」



 ……長い自分語りだこと。

 恋が成就して幸せを手に入れた人は数多けれど、幸せな結末が待っているとは限らないのに、恋は人を盲目にさせてしまう。今の彼女のように。


 「瀬那はどうなの?」

 

 あんなダラダラと長い話を聞かされた後にそんなことを聞かれてもね。わざわざ自分のことを答えるのがバカらしくなって僕が黙ったままでいると、彼女は僕の顔を両手で包みこみ、悪魔のような笑みを浮かべた。



 「そっか、瀬那は今も私に夢中だものね」



 そう言って、彼女は僕の頭を腕の中に包みこんだ。



 「そう、瀬那はいつまでも、私のことを忘れられない……」



 彼女の柔らかな体の質感と体温が心地よくて、僕はそのまま夢の世界へと旅立ってしまった────。





 目を覚ますと、そこにもう少女はいなくて。

 照明も点いていない教会の聖堂は、ステンドグラスから差し込む月明かりに照らされていた。


 ただ、彼女の質感が忘れられなくて、自分の頬に手を添えてみるけれど。

 やっぱり恋なんて幻のようなものだ、と僕は自嘲するように笑って、夜の教会を後にしたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ