第7話 失恋前提の青春
話を戻すと、歌い手としての自分のさらなる歌唱力向上のために失恋を経験したい桜田さんは、実験台として付き合う相手は自分と感性や波長が合う人が望ましいと考えている。
そして、自分と同じ感性を持っているかもと考えて、そして丁度正体がバレてしまったということで、僕を相手に選んだというわけらしい。
……僕と桜田さんの感性は、絶対似ても似つかないものだと思うけれどね。
「私も、いずれは散りゆく運命だと思うんです」
桜田さん。君は僕の傷をさらに抉るおつもりですか? これ以上傷口に塩を塗らないでくださいませんか。
「それは勿論、一人の人間としても、歌い手の活動としてもです。今はエンタメの浪費化が進んでいて、りんりんごとしての私も遅かれ早かれ消えてしまうかもしれません」
最近はあらゆるSNSが発達して、色んな人の才能が光を浴びるようになったけれど、多くの人がそのチャンスを掴める分、ライバルが増えていくのも事実。実際、歌い手というジャンルに限ってもりんりんご以外に人気がある人はいるからね。
「なので、私はより自分に磨きをかけたいんです。恋愛という経験を通して」
「……その相手が僕、と」
「だ、ダメですか?」
隣に座る桜田さんが僕の顔を涙目で覗き込んできた。
やめて、そんな顔で見ないで。簡単に絆されてしまいそうになるから
。
僕としては、桜田さんみたいな可愛い女の子と、そして憧れのような存在であるりんりんごとお付き合いできるなんて願ったり叶ったりだけれど、彼女の成長のために彼氏になるだなんて、例え失恋前提だとしても重荷が過ぎる。
「い、いや、ちょっと待って桜田さん。やっぱり僕が桜田さんの助けになれるとは思えない。それに、いきなりお付き合いを始めるんじゃなくて、その前の過程も必要だと思うよ」
「へ?」
「ほら、やっぱり恋ってのはさ、なんかこう、何も手につかなくなってしまうぐらい、本当にその人に夢中になってしまった自分に気がつくところから始まってさ、そこでようやく相手に自分の想いを伝えるところから、お付き合いって始まるものだと思うんだ」
桜田さんは最高の失恋ソングを歌うために失恋したいらしいけれど、それにはまず最高の恋愛が必要だと思う。海外なんかじゃ正式なお付き合いを始める前に、お試し感覚というか相手を見定めるためにデートもするらしいけれど、桜田さんには、別に好きでもない相手と無理矢理交際なんてしてほしくない。そういう僕の願望に過ぎないけれど。
僕だって、いきなり桜田さんとお付き合いするだなんて、願ったり叶ったりの喜ばしいことではあるけれど、多分僕は緊張してばっかりで、桜田さんを満足させることは出来ないだろう。
まずは、もっと桜田さんのことを知りたいし、桜田さんに僕のことをもっと知ってほしい。
と、僕は柄にもなく恋愛を語ってしまったけれど、桜田さんは僕がそんな考えを述べるだなんて意外だったのかキョトンとしていた。
「す、砂川君……」
しかし一時して、桜田さんは目を輝かせながら、いきなり僕の手を両手でギュッと力強く掴んで口を開く。
「それ、とぉっても素晴らしいじゃないですか!」
あれ、何か変なスイッチ入れちゃったかも。
「な、何が?」
「それです、それですよ。確かに砂川君の言う通りです。私もそういう、恋に昂ぶる気持ちを経験してみたいですっ!」
「そ、そうなんだ」
「私はあまりにも恋を知らなさすぎて、少し焦っていたのかもしれません。いきなりお付き合いではなくて、まずその前にお友達として親しくしてから、自分の気持ちに気がつく……まずそれを目標にしましょう。
というわけで、やっぱり私のお相手は砂川君が良いです。砂川君以外ありえません」
あれぇ。僕は辞退したかったのに、余計に桜田さんの火を付けてしまったのかもしれない。
「ど、どして?」
「自分で言うのもなんですが、私はよく変わっていると言われるんです」
いきなり僕とお付き合いを始めたいって言い出すぐらいだからね、相当だよ。しかも失恋前提でのお付き合いだなんて。
「も、勿論、私のお願いがとても失礼なことだというのはわかっています。でも、私の、りんりんごの夢に共感してくれたり、的確な案を出してくれる砂川君なら、とても頼もしいと思って……そ、その、私の失恋ソング、聴きたくないですか!?」
最初こそ落ち着いていた桜田さんは、何かのスイッチが入ってからは僕の手をギュッと掴んで、力強く僕を説得しようと試みる。もう僕の心拍数は常に上がっているけれど。
成程。失恋が前提という悲しい結末が定められた告白を断るか、りんりんごが歌う失恋ソングを聴いてみたいか、その二つを天秤にかけろということか。
………………。
…………。
……。
聴きたい!
りんりんごが歌う最高の失恋ソング、聴いてみたい!
自分のプライドなんて関係なく、歌い手りんりんごを応援したいという気持ちが勝った瞬間だった。
「僕、聴きたいよ。りんりんごが歌う失恋ソング」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。だから僕、桜田さんといい感じになってきたあたりで、頑張って桜田さんのことを振るよ」
自分で言っておいてなんだけど、恋愛において頑張って振るって言葉はおかしくない?
しかし、僕のおかしな発言を気にすることなく、桜田さんはパアアッと表情を明るくして、そして僕の手を掴んだまま両手をブンブンと振りながら口を開いた。
「はいっ。私も頑張って砂川君のことを好きになりましゅっ!」
……噛んじゃったね、この子。もしかしてそれが上がり症な部分って言ってるの?
大事なところで噛んでしまった桜田さんはまた恥ずかしさで顔を赤くしてしまい、僕の手を離して自分の髪で顔を覆い隠してしまっていたが、そんな彼女の姿も可愛らしく思えた。
あと……僕のことを頑張って好きになるって、それは結構な苦行だと思うけれど。さてはこれ、桜田さんの方が負担が大きいな?
本当にこれ、僕が桜田さんの彼氏役として適任なのだろうか……?
かなり複雑な経緯にはなったけれど、僕に彼女が出来るかもしれません。将来的に失恋することが目標です。
はぁ、なんて悲しい恋だろう。
しかも桜田さんに失恋のショックを与えるために、頑張って桜田さんに僕のことを好きになってもらって、そして僕の方から彼女を振らないといけないのだ。
とはいえ、歌い手りんりんごが歌う失恋ソングのクオリティアップのためにも、僕も頑張らないといけない。
すると桜田さんはポケットからメモ帳を取り出すと、未だ興奮冷めやらぬ様子で言う。
「では早速、明日からラブラブ大作戦を実行していきましょう!」
「ら、ラブラブ大作戦?」
急にク◯しんのサブタイになってそうな単語が出てきた。なんだか嵐を呼びそうな気配がする。
一方で桜田さんは、嬉しそうにメモ帳のページをパラパラと捲りながら言う。
「はいっ。前々から好きな人が出来たらやりたいことをメモしていたので、実践してみたいんです。もしよければ、明日私と一緒に登校しませんか?」
「あ、うん。良いよ全然」
桜田さんの家の最寄り駅は僕の最寄りの一つ先みたいで、この教会から歩いていけない距離ではないという。まさか通学路が殆ど一緒だったなんて驚きだ、これも運命のいたずらなのだろうか。
ラブラブ大作戦ってどんな内容なのか気になるけれど、明日の僕は一体どうなってしまうのだろう。いきなり壁ドンとかされないよね? いや僕がする方かもしれないけど。
案外、僕が桜田鈴音に好意を寄せるのは時間の問題だろう。だけど、大事なのは彼女に僕のことを好きになってもらうこと。でないと、この失恋前提の恋は成り立たない。
「わ、私、星歌ちゃん達にも自慢できるぐらい砂川君のことを好きになってみせますので、不束者ですが、よろしくお願いしましゅっ!」
「あ、また噛んだ」
「あうぅ……」
失恋前提の恋。絶対に悲しい結末が待ち受けている恋愛譚は、一体どうなってしまうのだろう?
◇
「そういえば、桜田さんってどうしてこんなところに?」
ここから桜田さんの家は歩いていけない距離ではないらしいけれど、どうしてこんなところに桜田さんがいるのか僕は気になった。
とてもじゃないけれど、こんな心霊スポットみたいな教会に、普通の人は寄り付かないだろう。
「あ、いえ、ちょっと行きたい場所があったんですけど、道に迷ってしまいまして」
「え? ここら辺なら僕も土地勘あるけど、そんな場所あるっけ?」
「でも、今日はもう時間も遅いので帰ります」
「駅までちゃんと帰れる?」
「はいっ。そのぐらいならっ。では砂川君、また明日」
「うん、またね」
そう言って桜田鈴音は教会を出て駅へ戻ろうとしたけれど──。
「あの、桜田さん。駅はあっちだよ」
「みょ、みょお!? あ、ありがとうございます!」
『みょお!?』って何?
桜田さんは早速道を間違えそうになっていたけれど、もしかして方向音痴属性でもついているのだろうか。駅まで送らなくて大丈夫か不安になったけれど、歌の収録でも控えているのか、彼女は小走りで駅の方へと帰っていった。
しかし、どうして桜田さんは昨日も今日も、こんな人気のない寂れた教会にいたのだろう? ここら辺は一軒家やアパート、マンションが並ぶ閑静な住宅街で、コンビニだとかスーパーだとか飲食チェーン店、個人経営のカフェとかはあるにはあるけれど、わざわざ足を運ぶような場所があるとは思えない。地元民だからそう思うのだろうか。
『せーなちゃんっ』
……僕にとってこの教会は特別な場所だけど、桜田さんがこの場所にいたのは、果たして何かの偶然だったのだろうか。
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