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第6話 砂川瀬那の秘密



 「私、失恋したいんです」

 

 綺麗なステンドグラスから光が差し込む教会というロマンチックな場所で、桜田さんは照れくさそうに笑いながらそう言った。


 「失恋、したい……?」


 僕は桜田さんの隣に座って話を聞いていたけれど、彼女が言ったことが未だに信じられなかった。

 

 ついさっき、僕は桜田さんから告白され、そして振ってくださいと頼まれるというわけのわからない場面に直面しちゃったし、失恋したいって言われてさらにびっくりしてしまったんだから。


 「私、色んな歌を歌うのが好きなんですけど、勿論聴くのも好きなんです。中でも失恋ソングが好きなので、それも歌いたいんですけど……失恋したり振られたりした経験が無いので、どうも歌声に気持ちが乗らなくて。だからか、何だか自分でも歌声が薄っぺらく、不自然に感じちゃうんです」


 失恋した経験がないなんて捉え方によっては自慢話にも聞こえかねないけれど、失恋したくて悩むなんてことあるんだ。


 桜田さんが若干人見知りでコミュニケーションをとるのが苦手だと知ってびっくりしたけれど、これだけの美貌を持っていたら、桜田さんの方から告白を断る経験こそ数多けれど、確かに振られることは中々なさそうだ。


 「じゃ、じゃあ桜田さんは、気持ちを込めて失恋ソングを歌いたいから、失恋したいってこと?」

 「は、はい。そういうことです。へ、変ですよね、こんな目標……」

 「ううん、桜田さんって努力家なんだなって思えるよ」

 「そ、そうですか?」


 失恋なんて悲しいイベントは無い方が良さそうに思えるけれど、アーティストにとっては重要なスパイスの一つになるのかもしれない。でも、歌のために自分から失恋を経験しにいくことってあるんだ。プロ根性が凄い。


 「ちなみに砂川君は、失恋したことはありますか?」

 「まぁ、あるっちゃあるよ」

 「大人ですね……」

 「そうかなぁ?」

 「はい。私はコーヒーに山盛りの角砂糖を入れないと、とても喉を通りません」

 「いや、僕もブラックは苦手だけどね」


 ちなみに僕も振られた経験はない。何故なら、そもそも誰かに告白する勇気もなかったからね!


 ただ……捉え方によっては、僕にも失恋という経験はあるかもしれない。


 「でも振るって言っても、僕はどうすればいいの? 桜田さんからの告白を受けて、僕が振ればいいの?」

 「いえ、それだけじゃダメなんです。失恋するためには、まず恋をする必要があるじゃないですか。なので、私はまず砂川君とお付き合いしたいんです」


 あ、ちゃんと過程もしっかりしたいタイプでしたか。


 それもそうだ。桜田さんはウチの高校に転校してきて一ヶ月ぐらいしか経っていないし、こうして僕が彼女としっかり面と向かって話すのも初めてだ。桜田さんが僕に一目惚れしていないと恋も失恋も成り立たないけれど、彼女の口ぶりを聞くにそれすらもなかったらしい。悲しいね。


 「桜田さんが歌にこだわりたいのはわかったよ。でも仮に恋をするとして、その相手が僕でいいの? ウチの高校、他にもっと良い男子がいると思うよ?」


 例えば僕の親友である柊真は野球部のエースで気遣いも出来るイケメンだし、先輩や後輩にも僕みたいな日陰者が敵うわけがない逸材がいる。転校してきてから一か月足らずで何度も告白を受けてきた桜田さんなら、失恋こそ難しいだろうけど、まず恋をするという目標を達成することは難しくなかったはず。


 かと言って、失恋前提のお付き合いにOKと答えてくれるかわからないけれど……。


 「いえ、誰でも良いというわけではないんです。まず、砂川君は私の……ふぁ、ファンですよね?」

 「あ、うん」


 ファンって言うときにちょっと口ごもってたけど、自分のファンですよねって聞くのが恥ずかしかったのかな。


 「私は、やっぱり長くお付き合いする方とは気が合わないと窮屈になってしまいそうだと思ったので、私と波長が合いそうな方を探していたんです」

 「そ、それが僕なの?」

 「はい。実は一ヶ月前、私が今の学校に初めて登校した日──」


 桜田さんが初めてウチの高校に来た日? その前フリ、もしかして僕に一目惚れしてた流れ!?


 「私は、葉桜になりかけていた桜の木の下に立っている、砂川君も見かけたんです」


 始業式の頃にはもう殆ど桜は散っていて、確かにあまり春らしさは感じられなかった、僕もよく覚えている。

 ん? でもその時って、確か僕は──。


 「そして、散りゆく桜の花びらを全身に浴びながら、砂川君はこうおっしゃっていたんです。




 『やがて散りゆく運命(さだめ)ならば、僕も一緒に消えてしまいたい……』と」




 葉桜になりかけた桜の木の下。

 散りゆく桜の花びらを全身に浴びながら、その男子は言う。

 「やがて散りゆく運命ならば、僕も一緒に消えてしまいたい……」




 おっ。





 おああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?



 「すいませんでしたああああああああああっ!」

 「みょわあぁっ!? ちょ、ちょっと砂川君!?」


 僕はすぐに椅子から立ち上がると、桜田さんに向かって、人生で一番綺麗な土下座をしてみせた。もう床におでこをこすりつけまくって。


 「ど、どうしたんですか!? なぜ私に土下座を!?」

 「なんでもします! どんなネタ曲も完璧に歌ったり踊ったりしてみせますから、どうかそのことは秘密にしてくださいぃっ!」

 「す、砂川くーん!?」


 最悪だ!

 なんだよ、「やがて散りゆく運命ならば、僕も一緒に消えてしまいたい……」って! 何カッコつけてるんだよ僕は! 葉桜に向かって何を言ってるんだよ僕は! なんで運命に「さだめ」ってルビ振っちゃったんだよ僕は! 一緒に消えてしまいたいってなんだよ、桜さんサイドにとっちゃそんなの迷惑だろうが!


 「お、落ち着いてください砂川君! ひとまず顔を上げてください!」

 「お願いします桜田さん。僕のことはどんな風に思ってくれても構わないので、そのことだけは秘密にしてください」

 「します! しますから! だから顔を上げてください!」


 なんでだろう、さっきとは逆の立場になってしまった。桜田さんも今の僕と同じぐらい恥ずかしい思いをしていたのかな。

 


 僕は桜田さんに説得されて土下座をやめ、再び椅子に腰掛けた。確かに桜田さんはこういうことを他人に言いふらすような人ではないだろう。

 いや、それをよりによって桜田さんに知られたというのもかなりの致命傷なんだけど。


 「話を戻しますと、あの時の砂川君の言葉、とても素敵だと思ったんです」


 桜田さん、まだ僕を辱める気ですか?


 「ど、どこが?」

 「私も、散っていく桜を見て思うんです。私達人間も生まれながらにして、やがて死んでしまう運命を背負っていて、あんな美しい桜でさえもそんな運命なら、私も最後まで美しくありたい、と……」

 

 いや、桜田さん。

 違う、違うんだよ。あの時の僕はそんな綺麗な感性を持ってあんなくっさいセリフを言ったわけじゃないんだよ。


 「あの……桜田さん。あの時の僕は、もっとしょーもないことを考えてたと思うよ」

 「どんなことを考えてたんですか?」

 「あ、あまり覚えてないけどね……」


 あまりこのことには触れないでください、桜田さん。どうかお願いですから。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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