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第4話 歌姫の土下座



 放課後、僕は昨日のようにいつもよりちょっと遅れて電車に乗って下校する。

 勿論、一緒に下校する友人なんていやしない悲しいご身分だ。でも今はそんなことどうでもいい。


 最寄り駅を降りて家の方へ歩いていくと、やがて住宅街の中にポツンと寂しく佇む教会が見えてくる。相変わらず人気のない寂れた教会は不気味だけれど、僕は鉄の門をギィィと開いて敷地内へ足を踏み入れ、そして聖堂へ続く木製の扉に手を添えた。


 そして扉を開こうとした時、聖堂からあの歌声が聞こえてきた。


 「~~♪」


 今日も、天使のような歌声が聞こえてきた。

 でも、昨日とはまるで歌の雰囲気が違う。昨日と違ってアップテンポのアニソンだからだろうか。二十年以上前のアニメのエンディングテーマだけど、その晴れ晴れとした愉快な曲は今もカラオケで人気である。



 僕は音を立てないようゆっくりと扉を開いて、聖堂の中に入った。やはり今日も、ステンドグラスから差し込む光に照らされて歌う少女がいた。



 僕は彼女の邪魔にならないよう、静かに最後列の椅子に腰掛けて、彼女の歌声を聞き入った。

 彼女の歌声を直接聴くのは二回目のはずなのに、その歌声はどこか懐かしさを感じた。


 『せーなちゃんっ』


 あの子が、そこにいるように思えた。


 ……いや、気のせいに違いない。



 ◇

 


 気づくと、いつの間にか桜田さんが物憂げな表情で僕の目の前に佇んでいた。

 どうやら僕が考え事をしている間に歌い終えていたようで、戸惑う僕に彼女は石化の魔法、いや笑顔を向ける。最早悪魔のように思える笑顔を見て僕はちょっとたじろいでいたけれど、どうにかして僕は、彼女に歌の感想を届けなければと思っていた。


 「あの、桜田さん」


 どう話を紡ごうか僕は困っていたけれど、下手に取り繕う必要なんてないから、もうただ赤裸々に、僕の想いを伝えたかった。


 「大袈裟かもしれないけれど、僕は君の歌声に救われたんだ」


 桜田さんは、変わらぬ笑顔を僕に向けたまま静かに話を聞いていた。


 「昨日は、桜田さんの優しい気持ちが歌声に乗っていて、つい泣いてしまうぐらい感動しちゃったよ。そして今日は、桜田さんの力強い歌声の中に……明るい青春への憧れも混じっているように感じたんだ。

  そんな桜田さんの気持ちが、伝わってくるように思えるよ」


 僕なんかが桜田さんの歌を評するのは失礼かとも思えた。それでも僕は、彼女の大ファンとして、自分の素直な気持ちを、彼女に直接伝えたかったのだ。

 そして僕は、桜田さんに聞かなければならないことがあった。



 「ねぇ、桜田さん。君は……」



 僕は、桜田さんの、いや、彼女の歌声を、何度も聴いたことがあった。


 そう、いつもイヤホンを通して聴いていた。


 だから、二つの存在が一つになったのだ。




 「君は、あの『りんりんご』なの?」




 僕がそう問うと、僕に笑顔を向けていた桜田さんは大きく息をついた後、うつむいてしまった。


 MyTubeで数々のカバー曲を投稿している人気歌い手、りんりんご。そのファンとして毎日のように歌声を聴いている僕が、彼女の歌声を聞き間違えるはずがない。


 まさか、そんな人が最近転校してきたクラスメイトだなんて。

 しかも、その正体が桜田さんのような美少女だなんて。

 とても現実の出来事だとは僕も信じられなかったけれど、桜田鈴音はりんりんごに違いない!




 

 「……でも、します」

 「へ?」


 すると、桜田さんはうつむいたまま何か呟いたけれど、それが小声だったから僕にはあまり聞き取れなかった。


 いつもの微笑みのメドゥーサらしい天使の笑顔はどこに行ってしまったのか、桜田さんは顔をうつむかせて教会の床に両膝をつき、そのまま両手もついて僕に深々と頭を下げ──。



 「な、なんでもしますから、このことは秘密にしてくださーい!」

 「さ、桜田さーん!?」


 

 え? なんで?

 なんで桜田さんが僕に土下座してるの!?

 

 「ちょ、ちょっと落ち着いてよ桜田さん! ひとまず顔を上げて!」

 「す、砂川君の言う通り、私が、その『りんりんご』でございます。でも、でもどうか、どうかこのことは皆に秘密にしてくれませんか!?」

 「する! するから! だから顔を上げて!」


 どうやら僕の耳は間違っていなかったみたいだけど、どういうわけか桜田さんは土下座をやめようとしない。

 この教会という神聖な場所で美少女が土下座をしている、なんて不可解な光景なのだろう。


 「で、でも、無条件というわけにはいかないじゃないですか……な、なので、砂川君がご所望とあらば、私は一発ギャグでもモノマネでも何でもやります」

 「いや、僕もそんな秘密の対価とか求めてないから」

 「ではいきます」

 「いや頼んでない頼んでない」

 「伸びをするネコさん。うにゃー」

 「いや土下座してるだけでしょ」


 そしてモノマネにしてはかなり低クオリティの出来だ。桜田さんの鳴き声は可愛かったけれど。


 「じゃ、じゃあ……砂川君がリクエストする曲を何でも歌います! 『dais◯ke』とか『レッ◯ゴー!陰陽師』とか『ゲッ◯ン』とか『◯邦に反省を促すダンス』でも何でもどうぞ!」

 「それ歌うってよりかはダンスの方がメインのネタ曲じゃない?」

 「す、砂川君がご所望とあらば踊ってみせましょう! ミュージックスタート!」

 「いや落ち着いて、桜田さん。そもそも僕はそういうの趣味じゃない」

 「あらゆる困難が科学の力で解決する、この令和の時代……」

 「やらなくていいやらなくていい」


 正直言うと、あの桜田さんがそういうネタに全振りしたダンスを全力で踊る姿も見てみたい。多分、桜田さんに思いを寄せる人達からすれば、イメ損も甚だしいところだと思うけど。


 「で、では帝〇平成大学とかどうですか!?」

 「いや、あれは帝〇平成大学をネタにしたMADってだけで、あの大学の曲ではないはずだよ」

 「では『右〇の蝶』はいかがですか!?」

 「あれを目の前でやられても」

 「じゃあ砂川君はどういうMADがお好みで……?」

 「いや、りんりんごにはずっと正統派でいてほしい」


 桜田さん、結構古めのMADも守備範囲なのかぁ。

 いやいや、関心してる場合じゃない。とにかく桜田さんを落ち着かせないと、桜田さんが変な踊りを始めてしまう前に。

 


 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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