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第46話 私、ルイのこと好き



 『私、もうバンドやめる』



 カレンがそんなことを言い始めたのは、ゴールデンウィークのライブが終わってから、初めてのメンバー全員が揃っての練習の日だった。

 次回のライブでは新曲の発表もあるため慣らしておきたいところだったが、練習に来そうにないカレンの呼び出しに、俺が向かうことになった。


 そしてすっかり辺りが真っ暗になって、その不気味さに拍車がかかる寂れた教会の中に入ると、明かりが点いた聖堂に並ぶ長椅子の上に、ゴスロリ悪魔様こと、カレンがいじけるように顔を伏せて体育座りをしていた。

 俺はそんなカレンの隣に腰掛け、話しかける。


 「何があったんだ、カレン」


 するとカレンは顔を伏せたまま答える。


 「今日ね、ものすごく胃の調子が悪いの」

 「変なもの食ったんだろ」

 「わかんない。昨日、ものすごく辛いカレーを食べたぐらいかな」

 「それが原因だろうが、このバァカ! 練習前日になんてもん食ってやがる!」

 「だって美味しそうだったんだもん」


 カレンが練習を休む理由は様々だ。アイスを食べすぎて頭が痛いだとか、張り切って運動しすぎて腕や足が筋肉痛だとか、練習の直前になって突然連絡してくるのだ。


 そのため、せっかく合わせの練習スケジュールを組んでも、大体ボーカルが不在という事態に陥っている。それでも、カレンは本番でちゃんと結果を残すから文句は言えないが。



 「じゃあ、あのバンドをやめるってのは?」



 俺が少しイラつきながらカレンにそう言うと、顔を伏せていた彼女はようやく俺の方を向くと、ムフフといたずらな笑みを浮かべながら口を開いた。



 「きっと、ルイが慌てて駆けつけてきてくれるだろうなぁと思って」



 ……相変わらずのかまってちゃんだな、コイツは。


 「あのな、そんな理由を作らなくても、俺はお前に呼ばれたら駆けつけてやるから」

 「ンフフ、ルイは優しいね」

 「そんな嘘ばっか言い続けてると、オオカミ少年ならぬオオカミ少女になってしまうぞ」

 「かわいい獣耳ついてそうだね」


 俺がカレンの今後のためを思って説教しているのに、カレンはテキトーに受け流している。



 カレンはいつもそうだ。勝手に一人で何処かに行ってしまうくせに、誰かに構ってほしいがために、しょっちゅう何かと人を心配させて、こうして人を呼んでは何もなかったかのように満足そうに笑っている。


 おかげでウチのバンドのメンバーもカレンに呼ばれても、またいつものが始まったと呆れて無視を決め込む。だからカレンの元に向かうのは俺の仕事になってしまった。


 「ほら、気が済んだなら帰るぞ」


 俺は立ち上がってカレンの手を引っ張ったが、彼女は長椅子の上に体育座りしたままで、その場から動こうとしない。



 「んー、やだ」

 


 ……相変わらずワガママな奴め。

 俺は小さく溜息をついて、再びカレンの隣に座り直した。


 「何か話していくか」

 「ルイの最近のおかずの話」

 「却下。次」

 「ルイの性感帯」

 「それも却下だ。次」

 「ルイの初恋」

 「それも却下。次」

 「んじゃルイの流行りの音楽」

 「わかった。夜が明けるまで話すぞ」

 「流石に九時には帰る」


 結局、カレンを練習に連れ戻すという本来の目的を忘れて、俺は夜の教会でカレンに話を聞かせていた。ただただ最近の俺の中での流行りの音楽を語っているだけの時間だったが、隣で俺の話を聞いていたカレンは、何が嬉しいのやら、ずっと満足した様子で俺の話に相槌を打っていた。


 



 時計の針が夜の九時を回った頃。

 真面目に練習しているであろうバンメンからかかってくる鬼電を無視して、こんな時間まで俺はカレンと話していた。きっと次にバンメンと出会った時に俺はしばかれてしまうだろうが、俺もセイクリッド・エヴァンゲリスト……じゃなくて、CURTAIN CALLの一員として、この歌姫を大切に扱ってやらないといけない。


 ステージの上では歌姫のように堂々とした振る舞いをするのに、カレンは時折、少し扱いを間違えただけで簡単に粉々に割れてしまう繊細なガラス細工のような、ふと目を離した隙に消えてしまいそうな、儚さというか危うさを見せる。


 本人に自覚はないのかもしれないが、このワガママで子どもっぽい歌姫が、精神的に安定していることは少ないのである。


 「ちょっと寒いね、今日」


 最寄り駅までカレンを送ろうと歩いている途中、隣を歩いていたカレンが俺の肩にコツンと頭を寄せてきた。


 「上着いるか?」

 「ううん、いらない」


 するとカレンは暖を取るためか、俺の右腕に腕を絡めてきて、そのままギュッと自分の体を俺に寄せてきた。


 ワガママでいたずら好きなカレンだが、見てくれは無駄に良い奴だ。傍目から見れば、きっと俺達は熱々なカップルか、あるいは仲の良い兄妹に見えるかもしれない。


 「ね、ルイ」

 「なんだ?」


 カレンは俺に笑顔を向けて口を開いた。





 「私、ルイのこと、好き」





 そのいたずらな笑みの向こうにある彼女の真意は、俺にはわからない。

 もう何度同じ言葉をカレンから言われたかわからないが、その度に俺はこう返すのだ。



 「寝言は寝て言うんだな」



 それは、こういう人をからかうのが趣味の、小悪魔の気の迷いに過ぎない。



 「私、目覚めてるはずなんだけどなぁ」



 俺の腕に抱きつきながら、カレンは不満そうに呟くのであった。

 


 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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