第44話 CURTAIN CALLボーカル、月輪歌恋
思春期は、いや青春という時期は、気の迷いとも呼べるような、それらしい若気の至りでついつい奇行に走ってしまいがちだ。
時に、孤高な存在に憧れを抱き、あえて群がらずに一匹狼を演じてみたり。そう、あえて、な。
時に、他人には見えない幻と意思疎通出来る自分に自惚れてみたり。
時に、意味もなく自分の体に謎の紋章を描いて、それを包帯で隠してみたり。
そして俺のように、バンド活動を通して自分の世界観を表現して、自分の曲、そして自分の演奏技術に酔いしれてみたり。
俺の部屋の隅には、アメリカのギターメーカーが製作したクリアブルーのジャズマスターが置かれている。とても学生が手を出せる価格帯のギターではないが、人のお下がりを貰ったことで入手できた。俺の音楽を表現するには、これぐらいのギターじゃないとな。
いや、まだ満足できるところではない、か。
だが、今日はこのギターを使う予定はない。俺はさっさと支度を済ませて、今日も色欲にまみれた俗世へと繰り出すのである。
「あ、ルイ~こっちこっち~」
待ち合わせ場所の地下鉄駅の改札口の向こうで、俺にブンブンと元気よく手を降る少女。金髪のツーサイドアップを赤と黒のチェックのリボンで留め、ご自慢の赤と黒を基調としたゴスロリファッションという、これまたよく目立つ格好の奴だ。
俺が改札を通って彼女に近づくと、彼女はぴょこぴょこと駆け寄ってきて、そして俺に抱きついてこようとして──その寸前に、俺は奴の頭をガシッと掴んで止めた。
「うが~なんで止めるの~」
彼女は両手をブンブンと振って抵抗するも、そんな体躯じゃ俺には敵わない。いや、俺もそんな大した体躯ではないが。
そして彼女が不満そうに頬を膨らませながら俺から離れたところで、俺は彼女に言う。
「年頃の男女がみだりに抱擁を交わしていいわけがないだろう」
「何それ、そんな法律ないよ?」
「俺の聖典にはそう記されている」
「んなバカな。私の辞書にはハグしまくれって書いてあるのに」
「きっと偽書に違いないな」
「むしろ、アポクリファの方が偽書に近い意味合いじゃない?」
そういう細かいことに突っ込んでくれるな。なんだかバイブルよりそれっぽい響きだろう、アポクリファ。あまり意味知らんけど。
まぁ、そんな法典なり聖典なり偽典なりどうだっていい。
要するに、毎度毎度出会い頭に抱きつかれていると、いい加減鬱陶しく感じてくるのだ。
しかし、俺がそれとなく拒絶したつもりでも、彼女はさも当たり前のように俺の腕に抱きついてきて、俺に小悪魔のような笑顔を浮かべて言う。
「んじゃルイ、デート始めよっか♪」
彼女は恥ずかしげもなく、そんなことを口にする。
「違う。これは我らセイクリッド・エヴァンゲリストによる新たな伝道の成功を祝した、そう、祝祭なのだ。俗念など捨てることだな」
「何、そのセイクリッドうんたらかんたらって。私達、カーテンコールでしょ? ゴールデンウィークのライブが終わったら、パフェ奢ってくれるって約束だったじゃん」
「それが神々による導きだと言うのなら、そうかもしれないな」
「ルイの中で神様って何人もいるの?」
「細かいことは気にするな」
俺達は、セイクリッド・エヴァンゲリスト……普段はその真名を隠して|CURTAIN CALLという偽名を用いてバンド活動をしている。
俺はテンコルのギターのルイとして活動しており、俺より一つ年下で、この小生意気なゴスロリ悪魔様は、ボーカルのカレンこと、月輪歌恋。俺にとっては、ただのバンド仲間である。
そう、ただのバンド仲間に過ぎないはずなのに、カレンは俺に対して妙にベタベタしているのである。こいつはきっと悪魔か邪神の類に違いないだろう、俺の神はそう言っている。こんな悪魔に絆されるな、と。
そして、この間のゴールデンウィークのライブが終わったら、カレンが行きたがっていたカフェのパフェを奢ってやると約束していた。カレンはそういうご褒美を用意すると、とにかくやる気を出してくれるからだ。
「ぱっふぇぱっふぇぱっふぇ~」
と、間抜け面で陽気に歌いながら、カレンは元気よく手を振って歩く。俺の右手をガッシリと掴みながら、しかも恋人繋ぎで。
歩道ですれ違う人達がこっちをチラチラ見てくるのが、なんとなく気になってしまう。カレンが無駄に目立つ姿をしているから余計に。
「……ホントお子様だな、お前は」
俺が呆れるようにボソッとそう呟くと、カレンはムッとした表情で俺の方を向いて言う。
「お子様なんかじゃないもーん!」
そうやってすぐに頬を膨らませて怒る姿は、いかにもお子様らしい。
「はいはい、そうだったな」
と、俺がテキトーにあしらうまでがいつもの流れだ。
ステージ上では、さながら歌姫のように堂々とした立ち振舞いで、時に可愛らしく、時に格好良く、時に寂しげに、時には怒るようにと、カレンは様々な表情を見せてくれる。
ギターを弾いている俺は、そんなカレンの後ろ姿、あるいは彼女を横目で見ることしか出来ないが、これは何かの贔屓でもなんでもなく、カレンは歌姫になるために生まれてきた存在なのだと、そんな確信を持つことが出来る。
カレンは──俺の前に現れた、新たな歌姫なのだ、と。
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