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幕間 やさぐれたハシビロコウ、砂川瀬那



 思春期は、いや青春という時期は、気の迷いとも呼べるような、それらしい若気の至りでついつい奇行に走ってしまいがちかもしれません。


 時に、お調子者っぽく演じようと一発ギャグを披露したらダダ滑りしたり。


 時に、好きなアニメキャラに没頭して夢小説を書いてしまったり。


 時に、いつか格好いい素敵な王子様と出会えるんじゃないかと心のどこかで望んでしまったり。


 そして、私の視線の先──もう葉桜になりかけている桜の木の下に立ち、散りゆく桜の雨を全身に浴びる男子生徒のように──。


 「やがて散りゆく運命(さだめ)ならば、僕も一緒に消えてしまいたい……」


 と、言ってみたり。



 桜田鈴音、十七歳。高校二年生の春は、新しい環境に身を投じた初日から、桜の木の下に佇む中二病患者を目撃したことから始まりました。


 ……いえ、見なかったことにするべきだったのかもしれません。

 きっと彼も、こんな学校の敷地の外れ、転校してきた学校で迷子になった私ぐらいしか来ないような場所に、誰かが来ると思っていなかったはずです。


 きっとそうに違いありません。そう、そのはずだったです。誰もいないと思っていたから、あんなことを呟いてしまっただけなんだと思います。


 結局その時は話しかけずに、私は朱音ちゃんを探しに戻りましたが、神様のいたずらなのか、それとも運命とも呼ぶべき巡り合わせなのか、私と彼はすぐに再会することになりました。



 ◇



 砂川瀬那、私の目の前の席に座る、見た目がちょっと怖い男子生徒。

 まさか、同級生だったなんて、しかも同じクラス。これも彼の真似をして例えるなら運命(さだめ)ってやつなのでしょうか?

 恥ずかしいですね、私はこんなこと口に出せません……。

 

 砂川君の髪は黒色で、襟足は短めですが、前髪は目にかかるぐらいの長さ。そしていつも目の下にクマを作っています。たまに黒板を見る彼の横顔がチラッと見えますが、その目はどこか虚ろというか朧気というか、先生の話を聞いているのではなくて、ずっと何か考え事をしているように見えます。それとも、ただ眠いだけなんでしょうか。


 良く言えば大人しめな男の子、悪く言えば根暗な男の子。それが、私が砂川君の第一印象として感じた正直な感想です。もうちょっと正直に言うと、ぶっちゃけ怖い人ですね。突然ナイフを取り出してクラスメイトを切りつけても、もしかしたら驚かないかもしれません。

 確かにその雰囲気は、何か中二病的なことを言っていても不思議じゃない……。


 ですが……。

 桜の木の下にいた彼は、悲しい、いや、とても寂しそうな目をしていたように見えました。


 『やがて散りゆく運命(さだめ)ならば、僕も一緒に消えてしまいたい……』


 ……忘れられない。忘れられません。

 どうしてでしょう、砂川君が呟いたあの言葉が、私の頭から離れません。なんだか、どこかで聞いたことがあるようなフレーズで……むしろ、私もちょっと言ってみたいかも。いや恥ずかしいので言わないですけど。


 それは、砂川君が、決して重度の中二病患者なんかじゃないように見えたから、なのでしょうか?

 決して、自分の世界に酔いしれているわけじゃなくて……散りゆく桜を、何かに、誰かに見立てて、あんなことを呟いた、私にはそう見えました。


 砂川君は、何かを知っている。何か、きっと私なんかじゃ想像もできないような出来事に遭遇して、それをきっかけに、彼の中で世界は変わったのかもしれない。

 もしかしたら、私が求めている答えを、持っているかもしれない。


 ……いや、考えすぎですね。



 ◇



 転校して早々に、私に友達が出来ました。


 「すーずねちゃーん!」


 朝から元気よく挨拶してくれる、新井星歌さん。見た目も雰囲気も言動も性格も何もかもが、やかましいほど元気な女の子。

 何故か挨拶代わりに人の体を揺さぶってきます。きっと星歌さんが生まれた星の挨拶の仕方なんでしょう。


 「ねぇねぇ、昨日のりんりんごの動画見たー?」


 はい、知ってます。見たというか、この間収録してました。


 「もーホントにさいこーだったよねー!」


 ……そんなに褒められちゃうと、ついつい照れそうになってしまいます。出来るだけ秘密にしたいですが、私は上手く隠せそうな気がしません。


 転校初日から私は、主に女子のクラスメイトから質問攻めを受けることになりましたが、その先頭に立っていたのが星歌さんです。初日からお昼ご飯を一緒に食べてくれましたし、放課後にはそのまま一緒に遊びに行って、何なら私の家まで遊びに来ました。出会った初日に。


 流石に距離感がバグってる気がしますが、いつも能天気に振る舞い、何もかもを楽しもうという星歌さんの姿勢は、素直に尊敬しちゃいます。あと可愛いです。


 そして、そんな星歌さんは、仲の良い相手に対して体を強く揺さぶるという謎のコミュニケーションを取るのですが、その揺さぶり方が特に強い相手がいます。


 「せーなー! おっはよー!」


 そう、それは私の目の前の席に座る砂川君。星歌さんがいつも砂川君の名前を連呼するので、いつの間にか彼の名前もしっかりと覚えちゃいました。いつか砂川君の首がもげてしまうんじゃないかと、ちょっと心配です。

 そして、いつもは物静かな砂川君も、星歌さん相手には意外と強めな返しをすることもしばしば。


 「星歌! わかったから! わかったから揺さぶるのやめろって!」

 「瀬那の肩が掴みやすいのが悪いよ」

 「んな理由があるか!」


 お互いに名前で呼び合うということは、結構親密な関係なんでしょうか。星歌さんにお友達が多いのは知っていますが、砂川君が誰かとコミュニケーションをとっている姿は殆ど見たことがありません。

 

 私は本を呼んでいるふりをしながら、二人の話につい耳を傾けてしまいます。



 「ねぇねぇ、瀬那。今度宇宙行かない?」


 そんなファミレス行こぐらいのノリで言うことですか?


 「そんなファミレス行こぐらいのノリで言うことかなぁ」


 やっぱりそうですよね。


 「それに、予定詰まってるからやだ」

 

 もっと他に断る理由はあると思いますよ、砂川君。



 ……と、ついつい外からツッコみたくなったしまう衝動に駆られてしまいます。確かに星歌さんはとても明るくて能天気な方で、たまに中身が空っぽの話をしてくる時もありますけど、砂川君に対してはさらに砕けた話をしているような気がします。


 そんな二人の会話を盗み聞きしていると、HRの予鈴が鳴り響き、砂川君はしっしと星歌さんを手で追い払って、星歌さんも慌てて自分の席へ戻りました。


 ですが、その後……。


 何故か、砂川君は教卓の方ではなく、窓の外の方を向いて、何か思い詰めるような、とても寂しそうな目でどこかを見つめるのです。先生が話を始めると、すぐに先生の方を向いちゃいますけど。


 しかも、砂川君がそんな目をするのは、決まって星歌さんと話をした後です。本人は無自覚かもしれませんが、その時何を思っているのか、聞きたくなってしまいます。


 でも私は、砂川君とは朝の挨拶を交わすぐらいの関係で、込み入った話なんて出来そうにありません。最初からそんなことを聞くわけにはいかないですし、お友達になろうとしても、元々お友達と呼べるような人が少なかった私にとっては、かなりハードルの高いミッションなのです。


 なので……。

 ここは、星歌さんに聞いてみましょう。



 ◇



 星歌さんは、いつも一緒に帰ろうと私を誘ってくれます。特別な予定がない限りは、星歌さんと一緒に帰りますが、残念ながらカラオケのお誘いだけはNGです。

 そう、私の歌声を聞くと死んでしまうから……そういうことにしておきましょう。りんりんごだとバレるのは嫌ですし、そもそも誰かの前で歌える気がしません。


 「見て見て、この枝かっこよくない?」

 

 と、道端に落ちていた長い木の枝を私に見せてくる星歌さん。そんな男子小学生みたいなことをされても、私はどう反応をすればいいのかわからず何もリアクションを返せないのですが、星歌さんは満足そうに枝をクルクルと回して楽しそうにしています。



 パトカーが近くを通りがかると敬礼したり、横断歩道を渡る時は白線だけを踏んだりと、なんだか子どもっぽいというか、子ども心を忘れていないのかなと、星歌さんからはそんな印象を受けます。


 でも、星歌さんがパトカーに敬礼すると警官の方も笑顔で返してくれたり、信号機のない横断歩道で車が止まってくれると、渡りきった後に深々とお礼をすると運転手さんが微笑ましそうにニコニコしていたりと、愛想を振りまくのがお上手、というよりも、皆に幸せを振りまいている、と言った方が良いでしょうか。

 私も、そんな星歌さんから幸せを貰っている人間の一人です。



 今日も星歌さんは横断歩道の白線の上をぴょんぴょんと飛んで渡ります。そして横断歩道を渡り終えた後、再び歩道を歩き始めたところで、私は意を決して星歌さんに聞きました。


 「あの、星歌さん」

 「なーにー?」

 「星歌さんって、砂川君とどういうお関係なんですか?」


 すると、星歌さんは前に壁にぶつかってしまったかのようにピタッと足を止めて、そして私の方を向くと、最初は驚いたような表情をしていましたが、急にニヤニヤし始めて口を開きました。


 「へぇ~鈴音ちゃん、瀬那のこと好きなの?」

 「みょおっ!? あ、いや、そういうわけじゃなくてですね」

 

 星歌さんに変な勘違いをさせてしまい、私はあたふたとしながら否定しましたが、確かにこれ、普通聞くことじゃないですよね。単純に気になっただけなのに。

 星歌さんは恥ずかしがる私を見て微笑ましそうに笑いながら、再び歩き始めて言いました。


 「私と瀬那はただの幼馴染ってだけだよ。もう十年ぐらいになるのかな」

 「そうだったんですね」

 「もう瀬那のことなら一から十までわかるよん。あ、瀬那は今彼女いないから、すぐイチコロだと思うよ」

 「そ、そういうのじゃないんですって!」

 「そうかなぁ~」


 星歌さんはこのこの~と、私の脇腹を肘でグイグイと突いてきます。なんだか悔しいので、こっちからも仕掛けてみましょう。


 「そ、そういう星歌さんは、長いお付き合いなんですし、砂川君のこと、お好きになったりしないんですか?」


 すると、星歌さんは再びピタッと足を止めて、私に笑顔を向けて──その笑みは、星歌さん持ち前の明るさによるものではなくて、まるで私を試すかのような笑みで──。




 「どうだと思う?」




 はい、私の負けです。


 私の方から攻めたつもりなのに、なんだか負けた気分です。なんですか、その思わせぶりな答えは。星歌さんがそんな返しを、そんな表情を出来る人だとは思っていませんでした。


 しかし、星歌さんはすぐにいつものようにケラケラと笑って、再び歩き始めてから言いました。


 「冗談だよ、冗談冗談、冗談の巻。瀬那と私はそういうのじゃないよ。多分、これからもきっとそう。

  んでさ、鈴音ちゃんから見て瀬那ってどんな感じ? やっぱり怖い?」

 「しょ、正直に言えば……」

 「そうだよね~。瀬那ってやさぐれたハシビロコウみたいな雰囲気だし」


 ハシビロコウってただでさえ目つきが鋭くて怖く見えるのに、それがさらにやさぐれるってどんな状態なんでしょうか。でも、なんだか言いえて妙な気がします。砂川君には悪いけど、ね。


 「でもね、瀬那って実際に話してみるとそうでもないんだよ。まぁ、瀬那はあまり自分から誰かに話しかけるタイプじゃないし、あの見た目もあってあまり話しかける人もいないけどね」


 星歌さんと話している砂川君を見ていると、親しくなると結構楽しくお話が出来そうな気はします。ただ、そこまでの関係になれるのかが、ちょっと不安です。


 「瀬那はね、若干中二病入ってるから、一匹狼を演じて孤高に生きようとしてるけど、結局誰かと話してるのが好きなんだよ。だから、何かきっかけがあれば、鈴音ちゃんもすぐ瀬那と打ち解けられるって」

 「あ、あの、だからそういうのじゃないんですって」

 「ホントかな~」

 

 言い方に語弊はありますが、砂川君のことが気になっているのは事実です。ただ、砂川君はあの桜の木の下で、どんな感情であんな言葉を呟いたんですか、とは直接聞けないだけなんです。


 その後、駅に到着して電車に乗ってからも、星歌さんは砂川君との思い出を嬉しそうに話してくれました。


 小学校の修学旅行の時、知らない街で財布を失くして泣き始めちゃった星歌さんを砂川君があやしてくれたり、遠足の時に星歌さんが足を捻った時におんぶして運んでくれたり、中学校の修学旅行の時、知らない街でまた財布を失くして泣き始めちゃった星歌さんを砂川君があやしてくれたり……って、どうして小学校の時も中学校の時も、修学旅行で財布を失くしちゃったんですか。


 でも、そんな思い出を話している星歌さんを見ていると、星歌さんにとって、砂川君ってとても大切な人なんだなと気づかされます。やっぱり、星歌さんにとっては、友達でもなく、幼馴染でもなく、それ以上の……そんな、関係なんじゃないかって考えちゃいます。


 もしかしたら、星歌さん自身は、気づいていないのかもしれないですけど……。



 ◇



 私と砂川君がお付き合いしていることがバレてしまった日の夜のこと。

 色々あって帰りが遅くなってしまい、遅めのお風呂と夕食を済ませて部屋に戻ると、私の携帯にLIMEのが来ていました。


 新井☆歌:鈴音ちゃん鈴音ちゃん鈴音ちゃん


 星歌さんは、LIMEで私に話しかけてくる時、いつも名前を連呼してきます。他の人に対してもそうなのかな?

 あと、自分の名前にそんな☆の使い方をする人は、つ◯だ☆ひろ、ダイ◯モンド☆ユカイぐらいだと思います。


 すずね:返信遅れちゃってすみませんm(_ _)m

      何かありましたか(・・?

 新井☆歌:瀬那とお付き合いを始めた鈴音ちゃんに、改めてお祝いをと思って


 すると星歌さんは、デフォルメされた動物達が神輿を担いでいるスタンプをポンッと送ってきました。どうやら星歌さんの心はお祭り騒ぎみたいです。


 すずね:ありがとうございます(≧▽≦)


 私がそう返すと、少し時間を置いてから返信が。


 新井☆歌:んじゃ、瀬那のトリセツなんだけどね。容量5ギガぐらいあるけど大丈夫そ?


 一体何文字ぐらいあるのでしょう、そのトリセツは。


 新井☆歌:んま、鈴音ちゃんなら瀬那を上手く扱えると思うよん

 すずね:任せてください(*´∀`*)

 新井☆歌:良い返事と表情だね


 私が何かスタンプでも送ろうかと考えていると、一時してから星歌さんから通知が。


 新井☆歌:瀬那はね、前に色々あったんだけど


 色々?

 やっぱり……砂川君がたまに物憂げな表情をしていたり、悲しそうな目をしているのは、何か意味が?

 でも、それを星歌さんに聞く勇気もなくて、すぐに星歌さんから通知が来ました。



 新井☆歌:鈴音ちゃんなら、きっと瀬那を救えるから


 新井☆歌:瀬那のこと、よろしくね


 新井☆歌:私の、大切な幼馴染を



 私は、返事をすることが出来ずに、ただLIMEのトーク画面を眺めていることしか出来ませんでした。

 一時して星歌さんがガンバ!とスタンプを送ってきたので、私も任せて!とスタンプを送りましたが……。


 星歌さんが、純粋に私達のことを祝福してくれているのか。


 『私の、大切な幼馴染を』


 やっぱり、星歌さんにとって、砂川君は特別な存在なのかな……。


 なんだか私以上に、砂川君が色々な秘密を持っていそうで、それがどうしても気になって気になってしょうがなくて、電気を消してベッドの上に横になっても全然寝付けなくて……前にほんの出来心で収録した、自分が歌った子守唄を聞きながら、私は夢の世界へと旅立つのでした。


 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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