第41話 桜田さん(ニャくらだワン)
前回のあらすじ。
桜田さんがネコになりました。
この世界はファンタジーだったのかな?
「うみゃ~」
今、桜田さんが人懐っこいネコのように、僕の腕に頭をスリスリと擦り付けてくる。そのスリスリという感触だけでゾゾゾッと僕の体に不思議な感覚が走る。
僕はてっきり、また桜田歌劇団が開演すると思っていたんだけど、何これ? 僕が夢中でナデナデし過ぎたせいですか? これどうやって戻せばいいの?
「みゃう~みゃう~」
……。
いや、戻さなくていいか。うん、戻さなくていいよね。
……。
いや待て待て待て待て! このままじゃいけないよ! 僕の理性がもたないよこんなの!
早く桜田さんを元に戻さないと!
「さ、桜田さん!」
僕は桜田さんの肩を掴んで、強く揺さぶった。
「みゃみゃみゃ~」
桜田さんはあらゆる緊張という緊張が消え去って、完全に力が抜けたような、もう溶けているかのようなふにゃふにゃの笑顔を浮かべながら、僕に揺さぶられている。
あぁくそ! 何が何だか全然わかんないけど可愛い!
やっぱりもうちょっと堪能させてもらおう!
「桜田さん」
「うみゃ?」
もう完全にネコじゃん。いやネコなのかこれ? 幼児退行みたいな感じ?
でも、何か色々言う事聞いてくれそうな気がする。僕は、不思議そうに首を傾げている桜田、いや、ニャくらださんに右手を出した。
「お、お手」
どうだ。
「うにゃ!」
ニャくらださんは嬉しそうに僕の右手の上にポンッと右手を乗っけた。
で、出来た……! 桜田さんがお手してくれた!
てかこれイヌだ。ニャくらだワンだこれ。完全に人間としての尊厳を失ってるよ。
「うみゃ~」
ダメだ、これ以上ニャくらだワンを接していると、僕の理性が吹っ飛んでしまう。
でも、どうすれば良いんだろう。どうすればニャくらだワンを桜田さんに戻せるんだろう。
ナデナデすれば切り替わるかな?
ナデナデ、ナデナデ……。
「みゃふぅん」
あ、ダメだこれ。ますますネコ化するだけだねこれ。いつか喉をゴロゴロ鳴らしそうな勢い。
じゃあどうしようか。このままにしようか、このままで良いよね、誰も損しないし。
いやいや、元に戻そう、これ以上放って置くと、桜田さんが正気を取り戻した時、もうとめどなく羞恥心に襲われてどこかに逃げ出してしまうかもしれない。
しかし、どうしたものか……相変わらず僕の腕に頭をスリスリと擦り付けてくるニャくらだワンを見ながら僕が悶えていると、突然携帯の着信音が鳴り響いた。
「みゃおおっ!?」
携帯の着信音にびっくりしたらしいニャくらだワンは、本物のネコさながらに飛び上がるように驚いて、その着信音が自分の携帯から鳴っていることに気づいたようで、慌てて電話に出ていた。
「え、あ、みゃ、あっ、朱音ちゃん? うん、あ、もうすぐ帰るよ。え? うん、わかった、じゃあケチャップ買って帰るね。うん、他に何かいる? あ、大丈夫? そ、そう、わかった。んみゃっ、んじゃあね」
どうやら双子の妹の桜田朱音からの電話だったようだ。まだちょっとネコだったじゃん。
そして電話し終えると、さっきまでのニャくらだワンはどこに行ったのか、桜田さんは真顔のまま僕の方を向いた。
お互いに見つめ合ったまま、声を発することが出来ない。桜田さんの様子を見るに、さっきまでの出来事を忘れていたわけではないだろう。
ここで、僕がするべきことは──。
「す、すみませんでしたああああああああああああああああっ!」
床の上で土下座。教会で土下座するの、二回目だね。そろそろ神様から天罰が下りそう。
「す、砂川くん!? あの、お、落ち着いて!」
いや、落ち着いていられますか。桜田さんのあんな姿を見せられて。
「僕は、桜田さんの撫で心地があまりにも良すぎて、ついつい夢中で撫で続けてしまいました! そしてネコ化してしまった桜田さんと戯れようとしてしまいました!
どうぞ僕のことを奴隷や下僕のように扱ってください!」
もうどう謝ればいいかわからなくて変なこと言っちゃったけど、土下座していた僕は桜田さんに肩を掴まれて起こされてしまう。
すると、桜田さんは顔を真っ赤にして、もう恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないという表情で口を開く。
「わ、忘れてください……」
いや、忘れられないよあんなの。
「ナデナデされて、とても幸せだったんですけど、まさか自分がこうなるとは思ってなかったんです……」
「可愛かったよ」
「忘れてください」
「はい」
桜田さん、ときめきスイッチだけじゃなくて、ニャくらだワンスイッチもあるんだね。
でも、忘れられないよこんなの。
桜田さんの撫で心地。
そしてネコ化した桜田さん。
もう毎日夢の世界に現れてほしいぐらいだ……。
大分日も暮れてきた頃、僕達は教会を後にする。
僕はこのまま歩いて家に帰るだけだけど、桜田さんは再び駅まで向かって、そこから電車に乗って帰らないといけない。
やっぱり一緒にいられる時間が減ったからか、こうして別れるのがなんだか名残惜しく感じてしまう。あんなことがあったから余計に。
でも、さっきのことなんてなかったかのように、桜田さんは平静を装って口を開く。
「来週から、軽音楽部の活動は始まるんでしょうか?」
「星歌がもう届け出を出してるから、遅かれ早かれ承認されるんじゃないかな。色々準備が必要だけど」
「じゃ、じゃあ私は『け◯おん』とか『ぼ◯ろ』とか『普◯の軽音部』を履修しときます」
「いや、桜田さんは歌の練習しとけば大丈夫だからね?」
そんな話をしながら鉄製の扉を開けて教会の敷地の外に出ると、丁度目の前を通り過ぎようとしていた、黒とピンクのスポーツウェアを着た、黒髪ショートの少女が。
「あれ、にーにじゃん」
そう、丁度側を通りがかったのは、僕の妹である砂川小春だった。
あぁ、そうか。星歌や柊真以外にも知り合いが近くにいるんだった。
「あ、もしかして……」
と、桜田さんは何かを察した様子だったけれど、一方で小春は僕と桜田さんを何度か交互に凝視した後、まるでこの世のものではないものを目撃してしまったかのような表情で口を開いた。
「い、イマジナリーじゃない……!?」
いや、どんだけ僕の彼女という存在を幻だと思ってたんだよ、お前は。
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