第37話 私達が憧れたように
僕が体育の授業中に顔面にサッカーボールが当たった後のお昼休み。わざわざ桜田さんが僕の分のお弁当を保健室まで持ってきてくれて、二人で昼食をとることになった。
「わざわざありがとね、桜田さん。星歌に誘われなかったの?」
「誘われましたけど、砂川君と大事なお話があるって断ってきました」
と、満足そうな笑顔で答える桜田さん。
……それ、星歌というかクラスメイト全員に変な勘違いをされちゃうんじゃないかなぁ。桜田さんはまだまだ、自分の可愛さを自覚していないみたいだね。
残念ながらお昼休みまでは保健室で過ごすことになるけれど、午後の授業から戻っても良しと保健室の先生から許可は下りた。
経緯は何であれ、こうして桜田さんと二人きりの時間を過ごせるのは良いけれど、ベッドの側に座る桜田さんの表情は、いつもより暗く見えた。
何か悩んでいるのかと思って僕は桜田さんに問いかけようとしたけれど、先に桜田さんが口を開いた。
「あの、砂川君。何か悩み事とか、あるんですか……?」
どうやら桜田さんも僕と同じことを聞きたかったようだ。そうか、そもそも僕は考え事をしていたから、顔面にボールが当たったんだった。
「え? そんな悩んでるように見える?」
「はい。なんだか、思い詰めているように見えるので……」
僕は顔とか雰囲気に出ないようにしていたつもりだけど、どうやらバレてしまっていたらしい。桜田さんに変な心配をさせたくはないけれど、誤魔化したところで余計に桜田さんを不安にさせてしまうだけだろう。
僕は箸を弁当の上に置いて、桜田さんに問う。
「桜田さんは、バンド活動に憧れとかある?」
僕の質問の内容が予想外だったのか、桜田さんはキョトンとした表情をしていた。しかし戸惑いつつも、桜田さんは口を開く。
「やっぱり、Not Equalのライブを見たので、私もああいう風になってみたいな、と思ったことはありますよっ」
「じゃあ歌い手になったのも、ノンコルがきっかけ?」
「それもあるにはありますね。でも私、人前に立つと緊張しちゃうので、向いてないんじゃないかとは思っちゃいますけどね……歌い手なら顔を出さずに出来ますし」
「なのに、ボーカルをやりたいの?」
「そ、それは、砂川君や星歌さんと一緒にバンドを組みたいからです」
そうか。桜田さんだって人前に立つのは苦手なのに、それでも……。
僕だって、人前に立ったり目立つのは好きじゃない。でもバンドというものに憧れてしまう部分があるのは、僕も桜田さんと同じように、ノンコルのライブを生で見たからだ。
「僕もね、ギターを始めたのはノンコルのライブがきっかけだったんだ。バンドを組みたいとまでは思ってなかったけれど、あの時見たギタリストが僕にはとてもかっこよく見えて、ああいう風に、あの曲を弾いてみたいと思って、おじいちゃんからギターを借りて練習するようになったんだよ」
色んな音楽に触れるようになってから、色んなバンドのギタリストを見て憧れを抱くことは多々あるけれど、僕の中では今も、ノンコルのギタリストが一番に輝いて見える。
「砂川君や星歌さん達って、以前はバンドを組まれてたんですよね? それって高校に入ってからなんですか?」
「うん。星歌がやりたいって言い始めてさ」
「……解散しちゃったんですか?」
「うん、去年の夏の終わりごろ、色々あってね。今集められる元メンバーは、僕と星歌しかいないよ」
「去年の夏、ですか……」
桜田さんが残念そうな表情を浮かべたのは、それだけ僕や星歌達のバンドに期待してくれていたからなのだろうか。しかし解散してから半年以上経っているから、今更バンドを組もうとなったところで、どれだけやる気が湧いてくるかわからない。
元々、楽器は初心者だった星歌なら尚更だ。
「バンドが解散してからも、星歌は中々諦めが悪くてさ。未だに僕を引き戻そうとしてるんだ。
僕だって星歌とバンドを組むのが嫌ってわけじゃないよ。でも……」
でも。
どうしても、僕には乗り越えないといけない壁がある。
そして僕は、その壁を乗り越えることなんてとっくのとうに諦めたつもりだったけれど──。
「でも、じゃないです」
桜田さんは箸を置くと、僕の腕を掴んだ。
まるで、ぐずっている子どもをしつける時のように、僕の目をジッと見据えて、僕に諭すように言う。
「私が砂川君や星歌さん達とバンドを組みたいのは、決して、りんりんごとしての私を引き立たせたいからじゃありません。
私がかつてNot Equalのライブを見て感動したように、私も、誰かに感動してもらえるような、そんなアーティストになりたいんです。星歌さんの情熱と、砂川君や朱音ちゃんの腕があれば、私も人前に立てる勇気が出ると思うんです」
いつもは内気で恥ずかしがり屋の桜田さんが、おっちょこちょいで天然なところもある桜田さんが、僕の目をしっかりと見据えながら訴える。
「私が砂川君に、とてもわがままなお願いをしていることはわかっています。でも、例え私達が別れる運命にあったとしても、それは私達の高校生活、青春とはまた別です。
かつて、砂川君や私がノンコルのライブを見て、あの姿に憧れたように、私達も……あの場所を、目指してみませんか?」
……そうか。
僕は、初歩的なことを忘れていた。
僕は、高校に入ってから音楽を始めたわけじゃない。
十年前、奇しくもまだ知り合う前の桜田さんも見ていたノンコルのライブがきっかけだったんだ。
僕達もなれるだろうか、ノンコル……Not Equalのように。
「……考えてみるよ。ありがとう、桜田さん」
「あ、い、いえ、すみません、私なんかが偉そうに」
「ううん、良いんだよ」
強いね、桜田さんは。
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