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第34話 魂に価値はつけられない



 メジャーデビューこそ果たせなかったけれど、僕も桜田さんも知っている伝説の高校生バンド、Not Equal。

 そんな彼らの楽曲を収録したアルバムが、彼らが解散してしまった今も、少なからず流通している。


 「ほう、ノンコルか。久々に聞いたなぁ」


 懐かしいバンドの名前を聞いて、祖父は驚きながらも顎髭をいじりながら笑っていた。


 「お嬢ちゃん、どこでノンコルのことを知ったんだい?」

 「えっと、十年ぐらい前に、一度だけライブを見に行ったことがあるんです。その演奏を聴いて、とても感動して……」


 ノンコルは約十年前、高校生達が組んだ五人組のバンドで、メジャーデビューこそ叶わなかったけれど、最後のライブの際にアルバムを配布していたらしい。現在はネットオークションで十万円以上の値が付く超プレミア品だ。


 「私の人生を変えてくれた曲があるんですけど、そのアルバムにしか収録されてなくて……お金を貯めて、また聞きたいんです」


 ノンコルは他にもライブハウスで配ったシングルCDがあるけれど、その超プレミアアルバムにしか収録されていない曲があるのだ。


 その曲がさっき、桜田さんのリクエストを受けて僕がギターで弾いた失恋ソング、『やがて消えゆく星の光へ』というわけだ。このなんとなく中二病臭さが感じられる曲が一部の界隈でカルト的な人気を誇っており、殆ど流通していないアルバムの価値が跳ね上がっているのである。

 だからプレミアが付くのだろうけど、いくらなんでも最低価格で十万円はヤバい。


 「ふむ。じゃあどうして、そのCDがウチにあると思ったんだね?」

 「私が行ったノンコルのライブ、ここから近い大きな公園であったんです。なら、そこから近くて、品揃えが豊富なこのお店ならあるんじゃないかと思って……」


 成程。

 彼女の推理は的確だ。ノンコルが最後にライブを行った公園は十年前、ここから近い都立公園にて行われた。


 しかし……。


 「残念だが、今ウチにはないねぇ」


 リバーサウンドはインディーズのCDも少数派取り扱っているが、ノンコルのCDは表に並べられていない。


 「そうですか……」


 きっと桜田さんは方向音痴なのに勇気を出してこのお店を探して、そしてノンコルのCDが無いか探し求めていただろう。シュンと気落ちしてしまった彼女に、祖父は笑顔で語りかける。


 「まぁ、もしウチに入荷したら一番最初にお嬢ちゃんに教えてやろう」

 「ほ、本当ですか!? ち、ちなみにおいくらで……」

 「今だったら最低でも十万はくだらないだろうなぁ」

 「じゅ、十万円……」

 「この間、ネットオークションで二十万円ぐらいで落札されてたしね」

 「ちょっと良いギターも買えるじゃないですか……」


 頑張ってバイトすれば貯めることは出来なくはなさそうだけど、だとしてもこの歳でそんな大きい額の買い物をするには勇気がいる。しかもアルバムとはいえCDに。

 まぁ、僕も高いギターを買ったことあるから、気持ちはわかるよ。




 その後、桜田さんは色んなコーナーでCDを探していたけれど、そんな彼女を店の隅から見守っていた僕に、祖父が小声で話しかけてきた。


 「あの別嬪なお嬢ちゃんは、瀬那の彼女なのか?」

 「さぁね」


 きっと祖父なら僕にそんな質問をしてくるだろうとわかっていた。そして僕はあえて曖昧な答え方をしたけれど、その答えから何を感じ取ったのか、祖父はやけにニヤニヤしていた。


 そんな彼に、僕も小声で問う。




 「ねぇ、おじいちゃん」

 「どうした?」

 「なんであの子に嘘ついたの?」




 僕がそう問うと、祖父は素知らぬ顔で口笛を吹いていた。




 「本当はあるでしょ、ノンコルのアルバム」




 僕もこのお店の在庫状況はある程度把握しているからわかる。店頭にこそ並んでいないけれど、桜田さんが探し求めているノンコルのアルバムが、確かにこのお店にある。


 「まぁ、様子見さ」

 「様子見?」

 「あのアルバムは十万二十万も払えば買えるかもしれないが、奴らの魂はそんなチンケな価値をつけられるようなものじゃない」


 魂、か。

 確かに、それに十万円という表面上の価値は安いのかも、と僕も納得してしまった。



 桜田さんは音楽の研究のために、と洋楽のCDをいくつか購入して、僕は彼女を駅まで送ることにした。やはり探し求めていたノンコルのCDが無くて落ち込んでいる様子だったけれど、住宅街の中を歩きながら彼女は口を開いた。


 「それにしても、驚きました。まさか砂川君のおじいさんのお店だったなんて。よく行かれるんですか?」

 「そうだね。僕の親は家に帰るのが遅いから、昔はおじいちゃんの家でご飯を食べることも多かったよ」

 「砂川君が音楽を好きになったのも、その影響ですか? いつもイヤホンで音楽を聴いてますし……」

 「それもあるかもね。いつも聴いてるのはりんりんごの曲だけど」

 「わ、私のですか!? 聴かないでくださいよ!」

 「え、どうして?」

 「は、恥ずかしいですよぉ……」


 と、桜田さんは顔を真っ赤にして自分の銀色の髪で顔を覆ってしまう。もう何度か恥ずかしがる彼女の姿を見たけれど、何度見てもその姿が可愛らしく思える。


 「僕もさ、ノンコルがライブハウスで配ってたシングルCDはコンプしてるんだけど、あのアルバムだけは持ってないんだよ。

  桜田さんがりんりんごとして活動を始めたきっかけって、もしかしてノンコルの影響もある?」

 「は、はい、それもありますね」

 「じゃあバンドとかも興味あるの?」

 「そ、そんなの、きっと緊張してステージに立てません……」


 僕は彼女の歌声を生で聴いてしまったから、そしてこの前のカラオケで再び生で聴くことが出来たから、りんりんごの正体が桜田さんであるという事実をすんなりと受け入れることが出来た。


 だけどこうして恥ずかしがっている可愛らしい桜田さんと接していると、本当にあんな堂々とした歌いっぷりのりんりんごなのか、たまに信じられなくなってしまうことがある。

 あ、勿論良い意味でね。歌姫にしては可愛すぎるっていうか。


 いつか、彼女が自分でりんりんごですって胸を張って言えるようになってくれたらなぁ……。

 いや、僕が彼女をそうさせるべきなのか。



 最寄り駅に到着し、帰宅ラッシュの忙しない改札付近で僕は桜田さんを見送る。

 

 「砂川君、今日はありがとうございました」

 「ううん、良いんだよ。ここら辺の道案内ならいくらでもしてあげるから」

 「は、はいっ。また一緒にお出かけしましょうっ」


 そう言って桜田さんは駅の改札を通ると、僕の方を向いて控えめに手を振ってくれた。そんな彼女に僕も手を振り返す。

 

 僕にとってはリバーサウンドというお店はいつもの日常のどこかにあったけれど、桜田さんという存在が加わるだけで、何だか彩られたように思えた。そんな浮かれたことを考えてしまうぐらいには、僕も楽しい青春を味わうことが出来ているのだろうか。


 まぁ、これが失恋前提の恋だというのが、とても悲しいけれど……そんなセンチな心情で彼女を見送っていると、僕はあることに気づいて慌てて叫んだ。


 「桜田さーん! ホームそっちじゃない! 逆、逆だよー!」

 「へ、ええええええええっ!?」


 ……果たして彼女は、無事に家に帰り着くことが出来るのだろうか。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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