第33話 LOCKIN'MUSIC リバーサウンド
音楽ショップ『LOCKIN'MUSIC リバーサウンド』の店内にはジャズ調の洋楽が流れており、各所に置かれているアンティーク調のインテリアや観葉植物を見るとまるで喫茶店かのような雰囲気だけれど、所狭しと置かれた棚にはズラッとCDやレコードが並んでいる。
取り扱っているCDは邦楽や洋楽にクラシック、ジャズにワールドミュージック、さらにはアニソンやネット音楽など様々な種類が揃えられており、殆どは中古品だけど僅かながら新譜も置かれている。店主はよほどA型なのか神経質なのか完璧主義者なのか、それぞれのジャンルのCDは決まった場所、決まった順番で並べられていて、訪れたお客さんが探しやすいようになっていた。
「うわぁ、色んなCDがこんなに……」
桜田さんは棚に並んだCDを興奮した様子で眺めている。少し進んでお店の奥の方に行くと照明が付いたショーケースが置かれていて、その中にはプレミア価格のCDやレコードが並べられていた。
「す、砂川君見てくださいよこのCD。シングルで二万円もするみたいですよ」
「日本じゃ中々手に入らないヨーロッパのロックミュージシャンのCDだね。かなり昔だし今は流通量も少ないから、そのぐらいの値段になるんじゃないかな。状態も良いし」
「あ、こっちにはクラシック楽曲集のボックスに……え、これってアニソンシンガーの限定アルバムじゃ……? このお店の品揃え、どうなってるんですか!?」
「店主の趣味じゃないかなぁ」
店内の雰囲気だけを見ると、まるで1960年代から70年代の洋楽に憧れた人がやっているお店っぽいけれど、割と最近のゲームやアニメのCDだったり、アイドルやK-POPのよくわからないサイズのCDが置かれている、ちょっと方向性のわからない品揃えのお店だ。
でも、この品揃えを決めている店主曰く、『好きな音楽にジャンルなんてない』らしい。
「それで、桜田さんって何のCDを探してるの?」
「は、はい。多分、このショーケースの中に並んでると思うんですけど……」
ショーケースの中に入っているのは、おおよそ一万円を超えるプレミア価格のCDばかりだ。桜田さんが探しているのは、結構なレア物だったりするのだろうか。
一体どんなアーティストのCDなんだろうと僕が不思議に思っていると、桜田さんが熱心に見つめるショーケースの上からニュッと人の顔が出てきた。
「何かお探しかい?」
「みゃああああああああああああっ!?」
突然声をかけられて桜田さんは慌ててショーケースから離れて僕の背後に隠れてしまった。やっぱりネコみたいな驚き方するね、桜田さん。ネコはこんなに叫ばないだろうけれど。
「そんな驚かなくても……」
「だ、だって人の気配なんて感じなかったんですもん!」
僕はいつもオーバーなリアクションをする星歌を見ているから慣れているけれど、いつもは上品でまるでおしとやかなお姫様のような雰囲気の桜田さんも、驚くと中々に面白いリアクションをしてくれる。
「ハハ、驚かしちゃったかな」
するとショーケースの裏から姿を現した、フォーマルな雰囲気で白髪交じりの老人の男はガハハと笑っていたけれど、桜田さんはそんな彼を見て「あっ」と呟いた後に口を開いた。
「こんなに可愛らしいお嬢ちゃんがお客さんとしてやってくるだなんて珍しいなぁ。お嬢ちゃん、この間裏手の教会に来ていた子だね?」
「は、はい。神父さんがこのお店を?」
「いやいや、私は神父なんかじゃないよ。裏の教会の神父は私の知り合いでね、彼が病気で入院している間、私が代わりに管理を任されているだけなんだ」
どうやら桜田さんはこのCDショップの店主と顔見知りだったみたいで、人見知りの桜田さんでも若干緊張しつつも、物腰の柔らかそうなおじさんが相手だからかそこまで震えてはいない。
ただ、彼と顔見知りなのは桜田さんだけじゃない。店主のおじさんはニコニコしながら僕の方を見て口を開く。
「んで瀬那。お前が星歌ちゃんや小春ちゃん以外の女の子を連れてくるなんて珍しいな。この子は彼女さんかい?」
僕は彼の問いにどう答えようか迷っていたけれど、僕の方を見て驚きの表情を見せていた桜田さんが先に口を開いた。
「え、えっと、砂川君……このおじさんとお知り合いなんですか?」
お知り合いも何も……この人は僕にとって、もっと身近な存在だ。
「この人ね、僕のおじいちゃん」
◇
音楽ショップ、『LOCKIN'MUSIC リバーサウンド』。
1960年代や1970年代の有名洋楽アーティストに憧れてバンドマンをやっていた僕の祖父・砂川博士が、娘が独り立ちした後に仕事を辞めてオープンしたお店だ。店名の由来は名字の砂と川とサウンドをもじったもの。
リバーサウンドには邦楽・洋楽問わず様々なアーティストのCDだけでなく、プレミアの付いた限定版CDや、日本では入手が難しい海外のレコードなど品揃えが豊富で、交通の便がそんなに良いわけでもない結構辺鄙な場所にあるお店だけど遠方からやって来る人も少なくないのだ。
今では多くの楽曲をストリーミングなどで聞けるようになったけれど、そんな時代になってもディスクそのものを求める人も少なくない。最近は一部の若い人がレコードを収集していることもあるらしいし。
「わぁ……これ、私も知ってるシンガーのレコード……って、のおお!? ご、五万円!?」
「ハハ、お嬢ちゃんにはまだ早いかもねぇ」
そして、桜田さんもその一人だったと。早速、ショーケースの中に並んでいたプレミア価格のレコードを見て、驚いて体を震わせていた。
こういうの、高価すぎて到底買う気にはなれないけれど、見ているだけで楽しかったりする。すんごいお宝に出会えた気分になるよね。
「わぁ……洋楽の品揃え、凄いですね」
「お嬢ちゃん、洋楽を聞くのかい?」
「は、はいっ。あまり歌えないですけど、やっぱりその土地その土地の文化が感じられるので、カントリーとかヒップホップも……」
「ならここら辺のコーナーがおすすめだねぇ」
僕の祖父は朗らかな雰囲気の優しいおじいちゃんだけど、今日はいつにも増して機嫌が良さそうだ。このお店を訪れるお客さんは年齢層が高い人ばかりだけど、珍しく音楽の未来を担う若者がやって来て嬉しいのだろう。
桜田さんも、珍しいCDやレコードを見てテンションが上がっているようだ。結構古めのアーティストの楽曲もしっている桜田さんの守備範囲も中々だけどね。
「ちなみにお嬢ちゃんは、何か目当てのCDでもあるのかい?」
一通り店内の棚の陳列を説明し終えると、僕の祖父が桜田さんに聞く。すると彼女は、プレミアが付いた価値の高い商品が並ぶショーケースの中を見ながら口を開いた。
「じ、実は……『Not Equal』というバンドのアルバムCDを探してるんです」
ノットイコールのアルバム、だと?
僕が知っている限りだと、それ……最低でも十万円以上する超プレミアものなんだけど!?
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