第32話 憧れの失恋ソング
Not Equal、通称ノンコルは、男女五人の高校生によるバンドだった、らしい。
らしい、という憶測の域を出ないのは、今はもう活動していないというのもあるし、僕の記憶も曖昧だし、誰がメンバーだったのかも明かされていない上、活動を休止してから十年ほど経ってしまっているからだ。
ただ覚えているのは、バンドとしての演奏は勿論、ノンコルのボーカルだった女性もまた、歌姫のように素晴らしい歌声を持っていたということだけだ。
僕がそんなバンドを知っているのは、十年前、僕の家から近い都立公園で行われたノンコルの最後のライブを見に行ったからだ。僕はまだ六、七歳ぐらいだったけれど、あの時のライブの熱狂を今もよく覚えている。
まぁ、バンドメンバーの顔なんてもう覚えていないけれど。メンバーが五人だったとは思う。
『やがて消えゆく星の光へ』は、そんなノンコルが発表した最後の楽曲で、ここら辺で活動しているバンドマン達に話を聞くと、それに影響を受けて音楽を始めたという人が殆どだ。
僕も十年前のライブでその曲を聞いて……それが、僕が音楽に触れるきっかけになったのだ。
その経験が無ければ、今こうやって桜田さんにギターの演奏を聞かせていることなんてなかっただろう。いや、そもそもとして、今ほど歌い手りんりんごのファンとして熱狂していなかったかもしれない。
僕は歌うのが下手だから弾き語りは出来ないし、ギターの腕前もノンコルには到底敵わないけれど、この曲を弾くのは好きだ。柄にも無く踊るようにリズムにのって弾いてしまったり、ちょっとニヤけてしまったり。
特に、こうして陽光に照らされたカラフルなステンドグラスのある聖堂という場所にいると、余計に雰囲気が増すというか、まるで自分が特別な環境にいるかのような非日常感を味わえるのだ。
だから、桜田さんには言っていないけれど、かつての僕は教会でギターを練習していることもあった。だからアンプとかエフェクターとかも置きっぱなしだし。どうせ、こんな寂れた教会に誰も来ないんだから。
桜田さんに聞かせているということも忘れ、僕は演奏を終えた。すると目の前で演奏を聞いていた桜田さんは呆気にとられた様子で僕は戸惑ったけれど、少ししてから彼女はパチパチと拍手をし始めていた。
「す、凄いじゃないですか砂川君! 意外とちゃんと弾けるじゃないですか!」
いや、意外とは余計だよ。よく言われるけど。
「まぁ、昔から練習してたからね」
「せっかくですしMyTubeに投稿しませんか?」
演奏しているところを動画にしてネットに投稿しようとか、なんだか最近の子の発想だなぁ。いや僕も桜田さんと同級生だけど。
「いやいやいやいや、恥ずかしいよそんなの。僕がそんなのやったって、ただの思い上がりにしかならないよ」
「大丈夫です、顔出ししなければ平気ですよ!」
いや桜田さんは素顔を隠して歌い手の活動してるかもしれないけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんな僕に、桜田さんはさらに追い打ちをかけてくる。
「なんだか、砂川君とは違う人がいるみたいでした」
「ど、どういうこと?」
「あ、いや、何か変な意味じゃなくてですねっ。ギターを弾いている時の砂川君、なんだか自分の世界に入り込んでるみたいで、その、なんというか……」
「そんなの、自分に酔いしれてるだけだよ」
「そ、そうなんですか? そうですか……」
桜田さんは少し興奮気味で、まだ僕に何か伝えようとしているみたいだったけれど、なんだか恥ずかしいのかモゴモゴしてしまっていたので、僕から話しかけた。
「でも桜田さんがノンコルを知ってるだなんて意外だったよ。桜田さんも好きなの?」
「はい。ノンコル……ノットイコールは、私の大切な思い出の一つなんです」
そして、ノンコルの代表曲ともいえる、『やがて消えゆく星の光へ』。この曲には、ある特徴がある。いや特徴というか、僕が気になったのはそのジャンルだけど。
「もしかして、桜田さんが歌いたい失恋ソングってこれなの?」
「はい、そうなんです」
そう、『やがて消えゆく星の光へ』は失恋ソングなのだ。離れ離れになった恋人を、朝ぼらけに消えていく星々に例えている。
「私、この曲を初めて聴いた時に感動して、ノンコルのファンになったんです。実は、この教会に辿り着いたのもそれがきっかけで……」
「へ? この教会ってノンコルに何か関係してるの?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくてですね……」
すると桜田さんは何故か急に恥ずかしそうに顔を赤らめてしまい、モジモジしながら話し始めた。
「その、私はあるお店を探していて、ここの近くの駅で降りたんですけど、全然見つけられなかったんです。そしたら良い雰囲気の教会を見つけて、中にいたおじさんに入ってもいいと言われたので、中に入るとなんだかテンションが上がっちゃって、歌っていたんです。そしたらそこを、丁度砂川君に見られてしまって……」
僕はフラッと立ち寄ったこの教会で桜田さんの歌声を聞いて、彼女が歌い手りんりんごであると気づいたのだ。まさか、あの場面にそんな経緯があるとは思わなかった。
あと、やっぱり桜田さん、結構方向音痴だと思うよ。
「桜田さんは何のお店を探してたの? ここら辺ってそんな良さげなお店はないと思うけど」
「えっと、『LOCKIN'MUSIC リバーサウンド』という、CDやレコードを取り扱っているお店です」
「……え?」
なんという偶然か、それとも運命と言うべきか。
思えば、桜田さんとこの教会で出会えたことも、それからの一連の出来事も、まるで運命のように思えてきた。
え? 僕が桜田さんと失恋前提の恋を始めることまでも? いや、それは良いとして。
「僕、そのお店知ってるよ」
「えっ、ご存知なんですか!?」
「うん。この教会の裏手」
「う、裏手だったんですか!?」
僕はギターやアンプを片付けた後、桜田さんと一緒に教会を出て、近くの小道から教会の裏手に回った。
すると、閑静な住宅街を貫く道幅の狭い片側一車線の通りに、『LOCKIN'MUSIC リバーサウンド』という木製の看板が立っていた。その目の前にあるのは、少し古びた二階建てのビルに居を構える、存在感の薄い純喫茶のようなお店だ。
しかし正面入口の扉や窓から中を覗くと、確かに中にCDやレコードが並んでいるのが見える。
「こ、ここにあったんですね……」
「わかりにくいでしょ?」
「私は、全然見つけられなかったです」
「たまに看板が立ってないこともあるし、変な時に休むお店だからね」
方向音痴属性を持っている桜田さんには、少し難易度が高い目的地だったかもしれない。
そしてようやく探し求めていたお店を発見した桜田さんはテンションが上がっている様子だったけれど、やはり初めて訪れる場所には緊張してしまうのか、このお店の勝手を知っている僕が先にお店の中に足を踏み入れたのだった。
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