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第30話 お、怒るよ! プンスカ! プンプン!



 「今日はいつもよりちょっと空いてますね」


 朝、電車に揺られながら桜田さんが僕に言う。確かに今日はいつもと変わらない平日のはずなのに、お客さんの数がちょっとだけ少なく感じる。それでも僕達が座るスペースはないけれど。


 「座れたらもっと楽なんだけどね」

 「でも、こうして砂川君と面と向かって話すのも、私は楽しいです」

 「そ、それは良かった」


 桜田さんっていつも楽しそうで良いよね。僕がそのきっかけになれたなら僕も嬉しいよ。

 僕も桜田さんと一緒にいられるだけで楽しいけれど、今日だけはちょっと楽しくないかも。


 「……砂川君は、お姉ちゃんと毎朝のように登校できて、さぞ楽しいことだろうね」


 僕と桜田さんの側に不機嫌そうな表情で佇む桜田朱音がそう言った。


 そう、今日は彼女とも一緒に登校することになった。駅で挨拶してから僕はずっと彼女に睨まれちゃってるけど。ずっとクマとかヘビに睨まれてる気分だよ。



 『鈴音ちゃんが、貴方みたいな男子に一目惚れなんてするはずがない』



 きっと、桜田朱音は僕のことを相当嫌っていることだろう。どうにか仲良くなれないか考えてみたけれど中々良案も思い浮かばないし、姉の方の桜田さんに相談するのも悪い。


 結局今日の登校中、僕は桜田朱音にずっと睨まれたままで、桜田さんと楽しくお話をすることは出来なかった……。




 「おい瀬那。どうした? そんな首を絞められたような顔して」


 朝、教室で自分の席に座って天井を仰いでいると、今日は朝練が無かったらしい柊真の姿が視界に入り込んだ。


 「僕、そんな死にそうな顔してる?」

 「あぁ。何か悪霊にでも出会ったのか?」

 「うん、実はね……」

 「マジ? その悪霊って美人だったりしないか?」

 「髪が長くてよく見えなかったけど、凄く美人な雰囲気だったよ」

 「ナイスバディだったか!?」

 「うん、白い着物の胸元から谷間が……」

 「うひょー!」


 首を絞められたような顔って、一体どんな顔をしていたのだろう、僕は。

 

 だが、僕が悩んでいるというのは本当のことだ。当初の懸念通り、僕は自分が桜田さんの……りんりんごの彼氏役に相応しいのか、もう不安になってきてしまったからだ。


 今は後ろの席の桜田さんが席を外しているため、今のうちに柊真に聞いてみる。


 「ねぇ、柊真」

 「どうした? お前に取り憑いた豊満ボディの美人の悪霊は俺が喜んで引き取るが?」

 「かっこいい男の条件ってなんだと思う?」


 すると柊真はう~んと少し唸った後、大方の女子ならイチコロで惚れてしまいそうな眩しい笑顔を僕に向けて言った。


 「甲子園で優勝すれば良いだろ!」


 こんなイケメン野球バカに聞いた僕が間違いだったかもしれない。イケメンなんだから、さっさと彼女の一人や二人くらい見つけてきなよバァカ。




 『鈴音ちゃんが、貴方みたいな男子に一目惚れなんてするはずがない』


 昨日、桜田さんの双子の妹、桜田朱音の口から放たれたその言葉は、中々に僕の心に深く突き刺さってくれた。授業中、先生の話も全然頭に入ってこなくて、ずっと彼女の言葉が頭の中で繰り返されていたからね。


 ついこの間転校してきたばかりの桜田さんは、自分から積極的に誰かに話しかけることこそないものの、〝微笑みのメドゥーサ〟たる彼女が兼ね備える美貌に惹かれてメロメロになる生徒も多い。

 それに対して、日陰者として生きている僕にそんな浮ついた話はないのだ。


 今現在、僕達の関係を知っているのは彼女しかいないけれど、やがてそれが皆に知れ渡った時、きっと皆は言うだろう。



 どうして砂川瀬那なんかが、と。


 

 このままじゃダメだ。例え失恋前提とはいえでども、僕も、桜田さんの、りんりんごの相応しい彼氏にならなければならない。それがりんりんごの成長にも繋がるはずだから。

 でもどうすれば、僕は桜田さんの『理想の彼氏』になれるのだろう……?



 ◇



 午前の授業がつつがなく進んで、お昼休み。今日も僕は桜田さんを昼食に誘おうかと思ったけれど──。


 「すーずねちゃーん!」

 「わ、わわわわっ!?」


 やはり先客が一人。桜田さんのことが愛おしくてしょうがないらしい、僕の幼馴染の星歌だ。


 「今日はどこで食べるー? せっかくだし理科室に並んでる昆虫の標本を見に行こうよ!」

 「せ、せめて鉱物標本とかにしてください……」


 ……まさか僕の幼馴染が思わぬ障害になってしまうとは。いや、星歌は全然悪くない。

 しかし意を決して僕が席を立って桜田さんの方を向くと、彼女が星歌に言う。


 「ごめんなさい、星歌さん。きょ、今日も、砂川君と二人で食べたいんです」

 「へ?」


 星歌は驚いた表情で僕の方を見る。ごめんね星歌。


 「と、いうわけらしいよ、星歌」

 「……およよ?」


 僕にとっても意外な展開だけど、やがて星歌は僕をジーッと訝しげな様子で見つめ始めた。


 「んんん~?」


 あ、まずいかも。


 「……ま、そういうこともあるよね!」


 良かったぁ星歌がバk……いや、能天気で。


 それにしても、一体いつまで僕達の関係を星歌に隠し通せるだろうか。いやバレても良いのだけど、色々と面倒なことになりそうだしなぁ……。




 僕と桜田さんは星歌から軽音楽部の部室の鍵を借りて、そこで二人きりで昼食を食べることにした。極力目立たないよう教室を抜け出したつもりだけど、やっぱり桜田さんが移動するだけでクラスメイト達の視線が彼女の方に向かってしまう。なんとなくヒソヒソ話も聞こえてきた気がするし、やっぱり表立って行動するのはまずいか。

 でも、前みたいにカモフラージュとして星歌を加えても余計に目立つだけだしなぁ……。


 「えっと……砂川君、昨日はすみませんでした。朱音ちゃんはこっぴどく叱っておきましたので」


 どうやら桜田さんは昨日の件をまだ引きずっているらしく、席につくや否や僕にペコペコと頭を下げていた。


 「いや、だから全然大丈夫だって」

 「でも今日の砂川君はずっと、まるで首を絞められたかのような表情なので……」


 今日の僕って常にそんな顔してるの? 病院行った方が良くない?


 「でもあれは驚いたなぁ。意外と桜田さん姉妹が二人でいるところって見たことがなかったけど、結構お姉ちゃんっぽいところがあるんだね、桜田さんって」

 「そ、そうですか?」

 「うん。僕も怒られてみたい」

 「怒られてみたい!?」


 きっと、桜田さんと失恋前提の交際を始めなければ知ることが出来なかった一面だろう。彼女の意外な一面を知ることが出来るのは楽しいよね。


 はむはむとお弁当に入っていた卵焼きを頬張る桜田さんに、僕は聞いてみる。


 「でも桜田さん、本当に僕で良いの?」

 「何がですか?」

 「いや、妹さんも言ってたけどさ……やっぱり僕と桜田さんじゃ、不釣り合いじゃないかなって」


 例え失恋が前提とはいえ、僕にとっては桜田さんのような可愛い女の子と付き合えて、そして大好きな歌い手りんりんごのお手伝いも出来て一石二鳥なわけだけれど、この役は僕じゃなくても十分務まると思う。もっと経験豊富な人の方が引き出しも多いだろうし。


 しかし桜田さんは箸を置くと、悲観的になっていた僕の手を急に掴んで、叫ぶように言った。




 「そ、そんなことはありませんよ! こんなワガママなお願いを聞いて付き合ってくれるのは、砂川君ぐらいしかいませんよ!」




 そんな彼女の力強い訴えに、僕は圧倒されてしまっていた。


 「そ、そうなの……?」


 まぁ確かに、失恋前提の恋なんて前代未聞だけど。


 「あ、ご、ごめんなさい……」


 落ち着いたのか恥ずかしくなったのか、桜田さんは僕の手を離すと、真っ赤になった顔を自分の髪で隠していた。


 「わ、私……砂川君ともっとカップルみたいなことしたいです。そうやってカップルとして色んな楽しい思い出を作っていた方が、より失恋というものを実感できると思うんです。

  勿論、砂川君が嫌じゃなければですけど……」

 「う、ううん、僕だって気持ちは一緒だよ」


 僕達のカップルとしての経験値はまだまだ初心者レベルだ。なんならまだ友達か、友達よりちょっと上ぐらいの関係。だが着実に関係を進展させなければ、桜田さん……いや、りんりんごのためにはならない。


 でも、彼女の失恋のショックが大きくなればなるほど、同時に僕側のショックも大きくなるんじゃないかな?


 「もし砂川君が何か私にしてほしいなら、喜んで応えますっ。ま、満足してもらえるかわからないですけど……」

 

 さ、桜田さんにしてほしいこと……?

 何だか邪な考えが頭をよぎってしまったけれど、僕はふと思いついたことを興味本位で彼女に言ってみる。


 「じゃあ僕、桜田さんに怒られてみたい」

 「……へ?」

 「僕のこと怒って」

 「…………へえぇ?」


 僕の突拍子もない提案に驚いたのか気が抜けたのか、彼女は掴んでいた箸をポロッと落としてしまった。


 我ながら中々におかしな願望だと思うけれど、昨日、桜田さんに怒られている朱音の姿を見ていて、ちょっと羨ましく思ってしまったんだ。友人や恋人と違って、家族間でしかとれないコミュニケーションもあるからね。


 「えっと、どう怒れば……?」

 「……なんだろうね?」

 「は、はっきりしてくださいよ!?」

 「そうそう、そんな感じ」

 「こんな感じなんですか!?」


 桜田さんはまだ僕に遠慮しているような気がする。例えば箸の持ち方が変だとか、何かしてくれた店員さんにちゃんと感謝してないだとか、ゴミをちゃんと分別してないだとか、ちょっとしたことでも注意してくれるぐらいの関係になってほしい。


 「もっと怒って」

 「お、怒るよ!」

 「うんうん」

 「え、えっと……プンスカ!」


 僕は怒られているはずなのに笑ってしまいそうになって、口の中に入っていたご飯を慌てて飲み込んで、そしてツボに入ったかのように笑ってしまっていた。


 「な、なんで笑ってるんですか!?」

 「だ、だって、そんな古典的な怒り方すると思わなかったんだもん」

 「プンプン!」

 「はははっ、それじゃ桜田さんの可愛さが勝っちゃうよ」


 なんだか思っていたのとは違ったけれど、二人きりのお昼ごはんを良い雰囲気で終えることが出来た。



 こうやってもっと彼女と楽しい思い出を積み重ねていけたら、きっと最高の失恋ソングを歌ってもらえるに違いない!

 ……そういえば失恋前提だったなぁ。悲しいね。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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