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第2話 桜田鈴音の秘密



 『私の名前は、桜田鈴音です』


 桜田鈴音がこの学校に転校してきたのは、約一ヶ月前のこと。僕達が二年生に進級したと同時に、この学校に転校してきたのだ。


 可愛らしい西洋のお人形のような容姿や雰囲気を持つ桜田さんに一目惚れした男子は数知れず。彼女が転校してきた初日から裏でファンクラブが結成され、多くの男子が彼女に告白したらしいけれど、まだこの学校に転校して間もないというのに、まるで学校のマドンナというかアイドルのようなエピソードが尽きない人だ。


 しかし果敢にも桜田さんに突撃した勇者達は、残酷なことに彼女に笑顔で断られたという。

 そして翌日、石化してしまったかのようにボーッとしている勇者達の成れの果ての姿が発見されるため、〝微笑みのメドゥーサ〟なんていう物騒な二つ名がつけられたのだ。



 僕はそんな桜田さんの前の席というだけで男子達から妬まれることもあるけれど、クラスメイトになってから一ヶ月も経ったのに、僕だって彼女とまともに会話したことはない。

 だって桜田さんは、挨拶するだけで石化の魔法をかけてくるのだから。


 それに、休み時間はイヤホンを耳に差して音楽を聴いていたり優雅に本を読んでいる桜田さんに自分から声をかけるのも勇気がいる。


 仮に、タイミングを見計らって僕から声をかけたとしても──。


 『桜田さん、どんな音楽を聴いてるの?』

 『メンデルスゾーンの交響曲第四番です』

 『そ、そうなの……?』


 うん、ダメだ。こうじゃない。


 『桜田さん、何の本を読んでるの?』

 『ジョルジュ・サンドの歌姫コンシュエロです』

 『そ、そうなの……?』


 違うな。こうでもない。


 『桜田さんって数学得意?』

 『全教科得意ですよ』

 『そ、そうなの……?』


 やっぱりダメだ。せっかくイメトレしても、イメトレなのに会話が長続きしそうにない。陰キャの僕にそこから会話を広げるだけのトークスキルなんてあるわけがないんだよ。

 やっぱり、こんなの考えるだけ無駄だよね。



 ◇

 


 結局今日も桜田さんに声をかけることが出来ないまま、僕はいつも通り放課後を迎えた。日直の仕事を終えてから、僕は一人で帰路につく。


 僕の登下校は基本的に一人だ。

 陰キャの僕にとって友人と呼べる存在は片手で数えられるぐらいだし、数少ない友人とは中々予定が合わないのだ。だって彼らには、僕以外にもたくさんの友人がいるのだから。僕と違って。

 

 だから、これは仕方ないことなんだ。決して、一緒に帰る友達がいないだとか、一緒に帰ろうと誰かに声をかける勇気がないわけじゃない。そう、そういうことにしておいてほしい。



 今日も一人で電車に乗って、イヤホンで音楽を聴く。

 僕の最近の流行は、動画投稿サイトで人気が上昇しつつある歌い手、『りんりんご』だ。最近の流行りの曲やアニソンだけでなく昭和の歌謡曲まで幅広くカバーしていて、魂が入った迫力のある歌声に、僕はすっかり夢中になってしまっている。


 僕はそんな『りんりんご』のカバー曲を聴きながら、最寄りの駅で降りて見慣れた住宅街を歩いて帰る。毎日のようにそんなルーティンをこなしている僕にとっては、いつもと変わらない日常の一コマだ。



 きっとこれからも、僕は何も成し遂げることなく、こんな平凡で単調な毎日を繰り返しながら、人生一度きりの高校生活を終えてしまうのだろうか。

 

 いや、歌姫とも呼ばれる歌い手『りんりんご』の歌声が、僕の日常に彩りをくれるはずさ……一人で勝手にそんなことを考えてセンチメンタルな気分になっていると、住宅街の中に静かに佇む古ぼけた教会が見えてきた。





 錆びた鉄の門の向こうに佇む教会は、大きな木々の木陰にあるからか、まるで心霊スポットのような少し不気味な雰囲気を醸し出している。神父もいなくてミサが行われることもない教会を訪れる人は少ないけれど、僕にとっては思い出の場所だ。



 『せーなちゃんっ、いっしょにあそぼっ!』



 見えるはずもない幼い頃の思い出が、ふと幻覚のように蘇る。


 あの頃は楽しかったなぁとしみじみと懐かしさがこみ上げる反面、それが悲しくも感じられた。もう僕に、あの頃のような愉快で楽しい毎日は戻ってこないのだと、僕は溜息をつきながらギィィと鉄の門を開いた。



 ここは、僕だけの場所だ。

 僕が、僕でいられる唯一の場所。僕はそう思っている……だなんて、ちょっと中二くさいかな。


 嫌なことなんて全て忘れられる楽園──聖堂へ続く木製の扉を開こうとした瞬間、中から誰かの声、いや歌声が聞こえてきた。


 「~~♪」


 それはお世辞抜きに、天使の歌声のように聞こえた。


 この教会に僕以外の誰かがいるだなんて珍しい。昔はゴスペルを歌う集まりもあったらしいけれど、最近はそんなイベントなんて催されてないはずだ。

 

 「~~♪」


 そして何よりも僕が驚いたのは……この歌声を、僕はどこかで聞いたことがあったからだ。



 僕は恐る恐る聖堂への扉を開いた。


 中の様子を伺うと、多数並んだ椅子の向こう、ステンドグラスから差し込む光に照らされながら、長い銀髪で、大きな青いリボンをつけた少女が、まるで神様に祈りを捧げるかのように歌っていた。



 「さ、桜田、さん……?」



 天使のような歌声の主は、微笑みのメドゥーサこと桜田鈴音に違いなかった。


 僕は戸惑いつつも、聖堂の中に足を踏み入れて、静かに椅子に座って、彼女の歌声を聴く。


 これは確か、十年ぐらい前に放送されたアニメのエンディングテーマだ。いわゆる某鍵作品で、特殊能力を持った少年少女達の日常と戦いを描いたアニメにふさわしい曲だった。

 


 確かにそれは、少し悲しい雰囲気のバラード調の曲だ。でも僕が思わず涙してしまうのは、きっと……桜田さんの歌声の、不思議な魔法にかけられてしまったからだろう。



 僕は、この歌声を聞いたことがあるはずだ。

 何なら、毎日聞いているし、ついさっきまで聴いていたばかりだ。

 でも、本当に……桜田さんが?



 やがて桜田さんが一曲歌い終えると、僕は思わず拍手をしてしまった。そこでようやく、桜田さんは観客がいることに気づいたらしい。


 すると桜田さんは椅子に座っていた僕の方を見ると、まるでネコのように飛び上がって驚いていた。



 「……にょ、にょおーん!?」



 何その驚き方。


 「ど、ど、どどどどうして砂川君がここに!?」


 それは僕も桜田さんに聞きたいぐらいだけど、いつものお姫様のように落ち着いた雰囲気の彼女からは信じられないほど、今の僕の目に映る桜田さんは慌てふためいているような様子だった。


 僕は桜田さんの反応にも驚いてしまったけれど、僕が感想を伝える前に桜田さんは顔を真っ赤にしながら言った。


 「こ、このことは忘れてくださーい!」

 「ちょ、ちょっと桜田さーん!?」


 桜田さんは僕に向かってそう叫ぶと、僕の側を走り抜けて勢いよく聖堂から飛び出してしまったのだった。


 「行っちゃった……」


 ……なんだか、桜田さんの意外な一面を見れて良かった。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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