第28話 微笑みの魔女、桜田朱音
放課後になって僕は桜田さんと一緒に帰ろうとしたけれど、桜田さんは日直の仕事が残っていたため、彼女を待つ間に柊真から借りていた漫画を返すため、野球部のグラウンドへ向かったのだけれど──。
「今年は俺が全部投げきって、皆を甲子園に連れて行くぞおおおおおおおおおおっ!」
何だかアホみたいに柊真のテンションが高かった。朝、桜田朱音から応援されておかしくなってしまったのだろうか、あの野球バカは。
「柊真なら行けるぞ! 春夏連覇も夢じゃない!」
「俺達を甲子園に連れて行ってくれー!」
いや、これは野球部全員がおかしいのかも。良くも悪くも、柊真にはキャプテンシーがあるみたいだ。
グラウンドの外周で元気に走り込みをしている柊真を待ち伏せしようと、僕は木陰で練習を見守ろうとしたけれど……グラウンド側の部室棟の影から野球部の練習を眺めている、赤いリボンを頭に着けた銀髪の女子生徒を見つけた。
あれは、桜田さんの双子の妹、桜田朱音か。
すると彼女も僕の存在に気づいたようで、僕が側に近づくとニコッと笑顔を向けてきた。
「こんにちは、砂川君。砂川君も野球部の応援?」
僕は去年も同じクラスだったクラスメイトに名前も覚えられていないぐらいなのに、転校してきたばかりの彼女が僕の名前を覚えていてくれて嬉しい。しかも別のクラスなのに。
それはおいといて、〝微笑みの魔女〟こと桜田朱音。もしかして、この子……。
「いや、僕は柊真から借りていた漫画を返しに来ただけだよ。すぐに返さないと忘れてしまいそうだから」
「砂川君って加治君と仲良いの?」
「まぁ、一応幼馴染だから。小学校からの付き合いだよ」
「じゃあお互いの家に泊まったりしたこともある?」
「うん。僕は上がり込まれることの方が多いけど」
「良いなぁ、そういう関係。私も憧れちゃう」
何故だろう。こんな木陰にいるはずなのに、僕と違って彼女はとても眩しく光り輝いて見える。
これは、きっと……青春の輝きというやつに違いない!
「ちなみに桜田さんは、どうしてここに?」
「加治君達の練習を少しだけ見ようと思って」
「どうしてまた?」
すると彼女は、グラウンドの隅を走っている柊真達の姿を見つめながら言う。
「私、ああいう風に一つの目標に熱中して打ち込める人が好きなの。楽な道を選ばずに、ただ一つの頂きを目指して苦しい道を突き進む……私には真似出来ない。
そういう憧れというか尊敬もあって、野球とかサッカーとか、球技に限らず陸上や武道だとか、色んな競技のアスリートを見てたいの。加治君もプロ注目の有望株って聞いたから、試合も観戦してみたいなぁ……」
成程。
おい柊真、喜べ。君、こんな美少女から応援されてるよ。
それに、柊真と長い付き合いになる僕にはわかる……これは、柊真に恋をしている乙女の顔だ!
そして僕には、今後の展開が簡単に予想できる。まず僕は、近い内に彼女から呼び出されることがあるだろう。僕は彼女から告白されるのかとドキドキしながら待ち合わせ場所へと向かって、緊張した様子の彼女から告げられるのは……。
『加治君に、このラブレターを渡して!』
そうに違いない。今まで何度も経験してきたからわかる。
いや、彼女なら直接本人に告白しそうだから……。
『加治君って今、付き合っている人いるの?』
かもしれない。このパターンも今まで何度も経験してきたからわかる。
なんて考えながら非情な現実を憂いて溜息をついていると、彼女は僕に微笑みかけてきた。
「そういえば砂川君、さっきまで誰か探していたみたいだけど、加治君を探してたの?」
「え? あぁいや、桜田さんを探してたんだよ」
「私を?」
「あぁいや、姉の方の」
「なにゆえ?」
「え? あぁえっと、それは……」
桜田さんと一緒に帰りたかったから、と正直に答えるのは何だか恥ずかしかった。つい彼女の名前を出してしまったけれど、どんな理由を取り繕うか僕がアワアワと慌てながら考えていると、そんな僕の姿を見て彼女はクスクスと笑っていた。
「別に隠す必要はないよ。鈴音ちゃんから話は聞いてるから」
あ、そうか。
桜田さんの双子の妹である彼女なら、僕達のことを知っていてもおかしくはない。きっと桜田さんが事情を説明してくれたのだろう。
そもそも彼女なら、桜田さんのりんりんごとしての活動も全て把握しているはずだ。勿論、そこにかける熱意も。姉から「失恋したい」って相談された時、彼女はどんな反応をしたのだろう。
「せっかくだし、鈴音ちゃんのことについて少し話していかない?」
「あ、うん、是非。柊真が来るまで待っててもらっても良い?」
「うん。じゃあ私はあっちの体育館の方で待ってるから」
僕達の事情を知っている彼女なら、何か有益な情報を教えてくれるかもしれない。彼女が先に校門に近い体育館の方へ向かうと、丁度グラウンドをぐるっと走ってきた柊真が僕の元へとやって来た。
「おい瀬那。お前、朱音さんと何を話してたんだ?」
どうやら妹の方の桜田さんと僕が話していたのを遠くから見ていたらしい。
「別に。妹の方の桜田さん、柊真のこと応援してたよ」
「マジで!? なんて言ってたんだ!?」
「僕が代わりに聞いといたから大丈夫だよ」
「そんな代行いらねぇんだよ!」
柊真も鈍感系主人公ではないし、遅かれ早かれ彼女からの好意に気づくだろう。僕にとっては妹の方の桜田さんなんて高嶺の花過ぎるし、きっとこの二人ならお似合いだ。
いや、僕にとっては姉の方の桜田さんも高嶺の花過ぎるんだけど。
「そういえば柊真、漫画返しとくよ。今度六部貸して」
「あいあい。ちなみに瀬那、そういうお前はどうなんだ? 鈴さんのこと」
「へ? どうして姉の方の話?」
「いや、なんか最近仲良さそうだから、何かないのかと思ってな」
まさか柊真も僕と桜田さんの関係に勘づいている? まずいな、能天気な星歌と違って柊真はそこら辺の感覚に結構鋭いぞ。
僕は一瞬ギクリとしてしまったけれど、平静を装って答える。
「見ての通り、何もないんだよ」
「お前も流石にメドゥーサは怖いのか……」
「それ以上の怪物に出会ったことはないよ」
「まぁメドゥーサを射止めるだなんて、神話の英雄レベルだもんな」
何ならちょっと前まで、後ろの席の桜田さんよりも、別のクラスである妹の方と会話した方が回数は多かったかもしれない。会話と言っても、そんな込み入った話はしたことないけれど。
桜田さんの場合、彼女の笑顔を見ただけでどういうわけかたじろいでしまうし、怖いわけではないけれど、話しかけづらいところもあったし……そう思うと、結構フランクに会話できている今の時間は、かなり貴重かも。
「まぁ確かに、瀬那が鈴さんとファミレスとかで仲良く話してる姿とか想像つかないな。お前、星歌ともサシで出かけないだろ」
「星歌と幼馴染ってだけで僕はたまにクラスメイトから殺意を向けられるのに、一緒に出かけたりなんてしてしまったら、きっと僕は無惨な姿で発見されるだろうね。街を歩いている時に銃撃されるか、ドラム缶にコンクリ詰めにされているか」
「ウチの高校の治安は中南米並か?」
僕だって今まで後ろの席の桜田さんと挨拶を交わすことはあったけれど、何かきっかけがないと話す勇気がないぐらいには、僕もれっきとしたコミュ障なのだ。
「ていうか柊真、姉の方の桜田さんのことを鈴さんって呼んでるの?」
「鈴さんから許諾は貰ってるぞ」
「よく石にならずに帰ってこれたね」
「石になっちまったら鈴さんの笑顔は見られないからな!」
別に大した接点があるわけでもないのにしれっと姉妹両方と親睦を深めているあたり、やっぱり日陰者の僕とは違うなと感じさせられる。
柊真との用事が終わった後、僕は体育館前で待ち合わせていた妹の方の桜田さんと合流して、彼女の後をついていったのだけれど──。
「さて、ここならゆっくりお話が出来ますね」
何も知らない純粋な僕が連れてこられたのは、人気のない体育館裏。確かに人目につかずゆっくりお話できる環境かもしれないけれど、僕の正面に立つ彼女の笑顔は、〝微笑みのメドゥーサ〟よりも恐ろしい、〝微笑みの魔女〟そのものだ。
いや、なんでこんな場所で……?
僕、殺されるんですか?
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