第26話 赤いリボンの方の桜田さん
桜田さんとデートした土日が明けた、月曜日の朝のこと。まだ五月で梅雨も始まっていないけれど、何だかもう夏本番って感じの暑さだね。いずれ夏じゃなくて地獄って季節が来そうな予感がする。
しかし、そんな夏の暑さも吹き飛ばしてくれるのが、りんりんごだ。いや、大げさかな。
「あぢぃ~」
今日もいつもと変わらず登校して本校舎二階への階段を登ると、教室の手前にある水道場で豪快に頭から水をかぶっている柊真の姿を見かけた。どうやら今日も朝練終わりで汗だくのようだ。
「おはよう、柊真。そんなに水を浴びるなら、いっそのことプールに飛び込んできたら?」
「前にやったらメチャクチャ怒られたんだよ」
「前科あるんだね」
「あぁ。危うく火あぶりか磔刑になるところだった」
「大分中世の世界観だね」
柊真はノリと勢いで結構バカなことをしてしまいがちな奴だけど、彼を叱る先生達も中々彼を憎めないようで、むしろ気に入られている方だと思う。良いなぁ、そうやって適度にバカやって青春を楽しめるの。
あと、そんな汗だくなのに爽快感を出せるのは君ぐらいだと思うよ。
すると、僕の後ろ、階段から誰かの足音が聞こえてチラッと後ろを見た。
丁度、僕達の同級生が階段を上がってきたところだった。雪のように煌めく、腰まで伸びる長い銀髪と──一瞬、桜田さんと見間違えてしまいそうになる。
桜田さんによく似た女の子は、僕と柊真に向かってニコッと微笑んで挨拶してきた。
「あ、おはよう。加治君、砂川君」
そう挨拶しながら妖艶な雰囲気で笑顔を向けてきたのは、桜田朱音。
彼女は桜田鈴音の、双子の妹だ。
一見すると容姿は瓜二つの双子だけれど、桜田姉妹を見分ける方法は簡単だ。
それは、頭に着けているリボンの色。姉の桜田鈴音が青色なのに対し、妹の桜田朱音は赤色である。
そしてさらなる違いは、二人がそれぞれ纏う雰囲気だろうか。
同級生のはずなのにどこか大人っぽい、高校生らしからぬ妖艶な雰囲気を醸す彼女にメロメロになってしまう男子も多く、〝微笑みのメドゥーサ〟という異名を持つ姉に対して、妹の方は〝微笑みの魔女〟と呼ばれている。
なんて恐ろしい姉妹だ。この二人だけで神話作れそうだよね。
そんな妹の方も姉と同じく、今年ウチの学校に転校してきた。あいにく二人は別々のクラスに分けられたけれど、新年度が始まって早々にとんでもない美少女姉妹が転校してきて、先月は学校ごと異世界転生するんじゃないかと噂されていたぐらいだ。
柊真はそんな彼女に臆することなく笑顔で声をかける。
「おはよう! 朱音さんよ、こんなに暑いんだし、せっかくだから一緒に水浴びでもしないか? 朱音さんの水着姿を拝みたいんだ、できればスク水で!」
「……私は遠慮しておこうかな」
最初こそ僕達に笑顔で挨拶してくれた妹の方の桜田さんは、柊真を見て引きつった笑みを浮かべていた。
そんな彼女の反応を見て、柊真はダラダラと冷や汗を流しながら僕の方を見る。
「おい瀬那、まずいぞこの朱音さんの引きつった笑顔は。絶対呆れてるって、俺のこと」
「知らないよバカ。柊真が自分で撒いた種でしょ」
「フフ、これぐらいで私が怒るわけないじゃないでしょ? 加治君、今日の放課後、体育館裏に面を貸してね」
「なぁ瀬那、この呼び出しって告白だと思うか? それともシメられるのか俺は?」
「面を貸せって言い方は、少なくとも告白じゃないと思うよ」
「覚悟してね」
「何の覚悟?」
「今度香典を持っていくね……」
「殺すな殺すな」
姉の方の桜田さんはまるで西洋のお人形さんのような可愛らしい雰囲気だけれど、妹の方の桜田さんは一見クールな人っぽいけれど社交的な方だ。まぁ魔女と呼ばれるぐらいの、不思議な魔力のような妖艶な雰囲気や美しさがあるけれど。
「そういえば加治君って野球部のエースなんだっけ。今度の夏の予選、頑張ってねっ」
「おうよ! 朱音さんを甲子園に連れていくぜ!」
「フフ、楽しみにしてる」
そう言って桜田朱音はクスクスと笑いながら教室の方へと歩いていった。一方で彼女から応援を受けた柊真は、水道場の前で大きくガッツポーズを決めていた。
「俺……絶対、朱音さんを甲子園に連れて行くんだ」
「頑張ってね、柊真。ていうか柊真、妹の方の桜田さんと結構仲良いんだね」
「あぁ。こういう時に野球部でエースやってて良かったと思えるよな」
「現金だね……」
二年生ながらエースナンバーを背負っている柊真のモテっぷりは中々のものだけど、そんな彼が誰かに好意を向けるのは珍しい。
そんな柊真が本気になれば、桜田姉妹のことを射止めるのも簡単なんだろうなと思いながら、僕は教室へと向かった。
◇
お昼休み。僕は今日も桜田さんと一緒にお昼ご飯を食べようと考えていたけれど、桜田さんの発案で今日は星歌も加わることになった。
なんでも、僕と桜田さんが二人きりでいすぎるとクラスメイトに怪しまれてしまうから、という理由らしいけれど、星歌と桜田さんの二人きりならまだしも、そこに僕が加わってしまうだけで大分変なことになっちゃうけどね。
実際、教室から出る時にクラスメイト達から睨まれていたからね、僕は。僕が教室に帰ったら断頭台が用意されているかもしれないね。
「私はね、同じく歌うことが好きな人間として、りんりんごのことを尊敬してるんだ」
そして星歌が私的に利用しているいつもの空き部屋にて昼食をとろうとした時、星歌はそう切り出した。
「星歌、どうしたの急に」
「チェリーは黙ってて」
「誰がチェリーだバァカ」
星歌が急にりんりんごのことを話題に出してきたから、りんりんごの正体を知っている僕はちょっと動揺しかけていたけれど、その御本人である桜田さんの方を見ると……。
「お、おぅふ」
……桜田さん。平静を装って星歌に笑顔を向けているけれど、箸を掴む手はプルプルと震えていた。箸も全然進んでないし。
そんな桜田さんの動揺っぷりが可愛いし面白くて、僕は思わず笑いそうになっていた。
でもこんな調子で、桜田さんは自分の正体を隠し通せるのかな。桜田さん本人は、人見知りとか上がり症な部分にコンプレックスがあるみたいだけど、多分星歌はどんな桜田さんも大好きだと思うよ。
そんな桜田さんをよそに、星歌はさらに熱弁を振るう。
「私はカラオケで良い点数を取れることはあっても、その歌が皆の心に響くかどうかってのは、また別の問題だと思うんだ。仮に私がカラオケでりんりんごと同じ点数を取れても、いや私が上回ったとしても、りんりんごには負けちゃうだろうね」
歌うことが好きな星歌は、歌い手りんりんごをファンとして尊敬していると同時に、多分どこかで対抗心を燃やしている。僕も星歌の歌声は好きだけど、りんりんごには敵わない。いや、りんりんごが凄すぎるのだ。
「だから私はね、自分の歌をもっと磨くために、もっと皆を感動させるために、この軽音楽部の活動を盛り上げていきたいんだよ! ここら辺は有名な高校生バンドも多いから尚更!」
と、昼食中だというのに、箸も握らずに熱く語る星歌。
「そ、そうなんですね……」
と、戸惑いながらも自分のことを褒めてもらえて少し嬉しそうな桜田さん。いや、嬉しそうにしてるんじゃないよ、バレちゃうでしょうが。
でも、可愛いから許ぅす!
さて、そんな星歌の熱弁に茶々を入れてしまうようで申し訳ないけれど、僕はお弁当の唐揚げをつまんで言う。
「でも、そんなに軽音楽部の活動を頑張りたいなら、まずは部員を集めることから始めようね、星歌」
「うぐぅっ……!」
どうやら僕の言葉は、星歌の胸に深く突き刺さってしまったようだ。星歌はすぐに涙目になってしまい、ものすごく悔しそうに歯をギリギリと食いしばっていた。
そう……この学校の軽音楽部は、一応存在しているけれど、そもそも活動していないのだ。
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