第25話 人生初の目隠しカラオケ
「あ、ギターがたくさん並んでますよっ」
駄弁りながら散歩していると、とある楽器店の前で桜田さんが足を止めた。多くの人が行き交う通りに面したショーケースには、様々なメーカーのギターが並べられていた。
「砂川君が持ってるギターってどんなのですか?」
「僕のは……あ、そのストラトキャスターだよ」
「すとらときゃすたぁ……?」
「まぁ、そういうブランドみたいなものだと思ってもらえたら」
ほえーと言いながら、桜田さんは僕が指差したエレキギターを眺める。僕が持ってるものとは少し違うギターだけど、見た目や色は殆どの一緒のものだ。実際に弾いてみると全然違うだろうけれど。
「ここら辺の形ってどう違うんですか?」
「その人の好みかなぁ。桜田さんのはどういうのを弾いてみたい?」
「え、えっと……す、砂川君のと一緒のが良いです」
え、何それ。なんで急にそんな可愛いこと言っちゃうの。
すると桜田さんは、僕が持っているものに似ているギターの値札を見て、目を丸くしていた。
「さ、三十万円!?」
いや、高校生がそんなギター持ってるのヤバいでしょ。僕だって怖くて弾けないよ。
「いや、僕が使ってるのはそれに似てるギターだから、もっと安いよ」
「ち、ちなみにおいくらだったんですか……?」
「中古で七万円ぐらい」
「それでも中々ですね……」
「でももっと安価なモデルなら、その半額ぐらいで買えるから」
メーカーとか色とか形に拘りがないなら、初心者向けに色々セットになった商品も売っているけれど、僕は今まで貯めてきたお年玉貯金を使って好きなギターを買った。
せっかく買ったのに、今は部屋の隅でホコリを被っているけれど。
「あと、エフェクターとかアンプとかも欲しいね」
「えふぇくたぁとかあんぷ……?」
「まぁ、エレキギターの音をより良くするために必要な機械だと思ってもらえれば。これも色々種類があって、これまた悩みものなんだよね。歌を歌ってる桜田さんだって、ヘッドホンとかマイクとか色々種類があって、選ぶのに困ったりするんじゃない?」
「た、確かにそうですね」
僕は最初に買ったギターこそ完全に見た目で決めたけれど、それからはお気に入りのメーカーとかブランドを決めて買うようにしている。でも実際にこうやって楽器店に赴いてみると、色んなギターを試奏してみたくなっちゃうなぁ。コレクションしてみたくなっちゃうけれど、途方もない金額を注ぎ込むことになりそうだ。
「あの、もしかして砂川君って、ちゃんとギター弾けるんじゃないですか?」
「いいや、全然だよ。僕はまだまだひよっ子だから」
「でも基本的な知識とか技術は持ってるってことですよね?」
「まぁ、それなりには」
するとエレキギターを眺めていた桜田さんは僕の方を向くと、俯きがちにモジモジしながら口を開いた。
「で、ではもし機会があれば、私にギターの弾き方を教えてくれませんかっ!?」
それは内気な桜田さんにとって、とても勇気のいるお願いだったに違いない。
そして僕にとっては勿論、推しである歌い手りんりんご、そして彼女である桜田さんの頼みを断る理由なんてない。
「うん、喜んで。明日はちょっと予定があるから難しいけれど、明後日の放課後はどう? 前に会った教会なら僕の家から近いからギターを持っていけるけれど」
「は、はいっ。とても楽しみです────」
桜田さんの眩しい笑顔を見せられて、石化の魔法を食らった僕は石化しそうになってしまったけれど、一方の桜田さんは急にハッと青空を見上げて、今度は銀色の髪をムシャクシャに掻き乱し始めた。
「ど、どうしたの桜田さん!?」
「……いたい」
「へ?」
「歌いたい」
あ、出た。桜田さんのときめきスイッチがオンになったんだ。始まるよ、桜田歌劇団のソロミュージカルが。
え? 今、今度ギターの弾き方を教えてあげるって約束しただけなのに?
「な、何このドキドキは……? 今日のこのデート以上のトキメキ……それはきっと! ギターを教わる時のスキンシップがあるから!? 手取り足取り教えてもらいながら、触れる指先……背後から首元にかかる砂川君の吐息……何だか歌に出来そう!」
桜田さんがイメージしてる僕、なんだかいやらしいおじさんみたいになってない? 僕は普通に教えるつもりだったけれど、結構激しめのスキンシップを求められてるのかな、これは?
「砂川君! 今すぐカラオケに行きましょう!」
「今!?」
「今ならこの感情を歌声に乗せられそうです! さぁ善は急げですよー!」
「ちょ、ちょっと桜田さーん!?」
突然カラオケ店へ駆け出した桜田さんを僕は慌てて追いかけて、ようやく今日のデートの本来の目的であるカラオケ店に入店したけれど──。
「あわわわわ、あわわわわわわわわわわ……」
はい、デジャブ。
意気揚々とカラオケ店へ駆け出した桜田さんだったけれど、いざ到着するとまた震え始めてしまった。
ホントどうしちゃったのこの子。震えでブレすぎて線画がものすごく不安定。
「う、歌いたい……で、でも、やっぱり誰かの目の前で歌うのはやっぱり恥ずかしいですっ! す、砂川君は部屋の扉に聞き耳を立てて私の歌声を聴いてくれませんか?」
「それだと僕、メチャクチャ怪しい奴になっちゃうんだけど!?」
「で、でもぉ……」
どうやら桜田さんには上がり症の側面もあるみたいだけど、僕一人が相手でもこんな感じでは、そりゃ歌い手りんりんごとしての身バレ云々関係なく星歌達とカラオケなんて行けないだろう。
でも僕としては是非とも桜田さんの、歌い手りんりんごの歌声を生で聴きたいのだ。どうにか桜田さんに負担がないようにするには──。
「あ、じゃあ僕が目隠しをするのとかはどう?」
僕のそんな何気ない提案は、意外にも通ってしまったのだった。
◇
「す、砂川君。見えてますか?」
「ううん、全然見えてない。でも正面に桜田さんが立っているのはなんとなくわかるよ」
カラオケ店近くのコンビニでアイマスクを購入し、僕は桜田さんと一緒の部屋に入って、アイマスクを付けて椅子に座っている。視覚情報を完全に奪われているため、僕が感じることが出来るのはカラオケの機械から流れてくる音楽と桜田さんの声と、テーブルの上に置かれているらしいフライドポテトの匂いだけだ。
僕、本当にカラオケに来たのかなぁ? 一体何をされているの? これから一体何が起きるの?
「桜田さん、大丈夫そ?」
「は、はいっ」
「僕を置いていなくなったりしない?」
「だ、大丈夫ですよ! では歌います!」
自分で提案しておきながら、どうしてアイマスクをして人のカラオケを聴かなきゃならんのだと自分でも困惑しているけれど、桜田さんが予約した曲のイントロが流れ始めた。
それは、僕が生まれるよりも前、日本において最もCDが売れた90年代にリリースされた、とある歌姫のデビューシングル。
まだ僕は生まれていない時代だけれど、そんな僕でさえ知っている唯一無二のラブソングだ。
あぁ、聴こえる。
想い人との何気ない日常ですら幸せに思える、それが待ち遠しく感じる淡い恋心が。
相手を愛おしく思う気持ちが昂ぶるけれど、それをあまり表に出したくない複雑な恋心が。
それは奇しくも、今の僕と同じだ。
もしかして、桜田さんもそうなのだろうか……。
桜田さんが歌い終えると、僕は自然に拍手をしていた。
前に教会でばったり出会ったときにちょっとだけ桜田さんの歌声を聴いたけれど、やっぱり歌い手りんりんごとして動画を通して聴くのと、目隠しされているとはいえこうして生で聴くのとでは全然迫力が違う。
それは何よりも、僕自身が桜田さんの彼氏としてその歌声を聴いているからに他ならないだろうけど。
「あ、あれ? 砂川君、泣いてます?」
「桜田さんの歌声に感動して」
「な、泣くほどですか!?」
僕自身が桜田さんの彼氏というバイアスがかかっているかもしれないけれど、それ抜きにしてもやっぱり桜田さんの歌声は誰かの心を、感情を揺さぶることが出来ると思う。
そんな彼女の歌声を独り占め出来るなんて、僕はなんて幸せものなのだろう。
「ちょっと泣きすぎちゃったから、今日はこのまま帰るね」
「アイマスク付けたままで!?」
「桜田さんもアイマスク付けてくれたらペアルックだし、僕も恥ずかしくないよ」
「私は恥ずかしいですよ!? というか外さないと危ないですよ!?」
一時はどうなるかと思ったけれど、僕は歌い手りんりんごたる桜田さんの歌声を生で聴くことが出来た。
そして僕には、この桜田さんの歌声をより素晴らしいものにするという使命があるのだ。
……それには、失恋が前提みたいだけれど。
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