第24話 油多め麺硬め味濃いめで
待ち合わせ場所は僕の家の最寄り駅。目的地は電車で一本で行ける池袋だけれど、人混みが苦手で方向音痴疑惑もある桜田さんがちゃんと待ち合わせ場所まで辿り着けるか不安だったため、仕方ないことだった。
多分いけふくろうを待ち合わせ場所にしても、彼女は人波に呑まれて変なところへ行ってしまいそうだから……。
さて、時刻はお昼の十二時半。待ち合わせの時間は十三時だけど、思ったよりも早く到着してしまった。多くの人が行き交う駅のコンコースで、若干の不安も抱えながら桜田さんを待っていると、長い銀髪を青いリボンで留めた少女が改札口を通って出てきた。
「あ、こんにちは、砂川君!」
桜田さんは僕の姿を見つけると、小さく手を振りながら、まるで無邪気にはしゃぐ子どもかのような笑顔で、嬉しそうに僕の元へ駆け寄ってきた。
そんな彼女の姿を見ているだけで、僕も自然と笑顔になっていた。
「こんにちは、桜田さん。道に迷わず来れた?」
「家から駅まではエスコートしてもらったので、なんとか」
その距離も誰かのエスコートがないとヤバそうなの? 通学でも使っているから慣れている道のはずなのに。
「それより、砂川君はぐっすり眠れましたか?」
「うん、おかげさまで助かったよ」
「それは良かったです。私もまさか、自分が歌った子守唄を聴いて眠くなるとは思いませんでした」
僕も半信半疑だったけれど、本当に効果あったんだあれ。
「それにしても可愛いね、桜田さんの服」
「へ、へぇっ!? い、いや、これは朱音ちゃんがコーディネートしてくれただけで、私にはファッションのファの字もわからないぐらいですけどぉ……あ、ありがとうございます。砂川君も、その、砂川君らしいファッションで良いと思います」
「無理に褒めようとしなくてもいいんだよ、桜田さん」
「わ、私もパーカー着るの好きですよ!」
「あ、ありがとう……」
桜田さんの私服を初めてみたけれど、青や水色を基調としたゆったりしたガーリーコーデで、正直隣に立つだけで緊張するぐらい可愛らしい。対して僕はもうシンプルにモノトーンのパーカーとジーパンという差し障りのないスタイル、のはずだ。
「あと、朝に投稿してたの、最高に良かったよ」
今朝、先日収録したらしいカバー曲が投稿されていたけれど、もう筆舌に尽くしがたいほどに最高だったね。大体十五年ぐらい前に映画化された、とある少女漫画のタイトルと同名のラブソング。元々僕も好きなバンドの曲だからよく聞いていたけれど、なんだか、ね。まるで桜田さんから僕に向けられたメッセージに感じちゃうよね。まさに僕に届いたっていうか。
うん、キモいよね、僕。
なんて僕が一人で自虐している一方で、桜田さんはまたまた真っ赤になった顔を自分の髪で覆いながら言う。
「みゃ、みゃい、みゃいがとうもにゃいみゃす……」
桜田さんの呂律が全然回ってないんだけど、一体どうしちゃったの。
「あの桜田さん、大丈夫?」
「わ、私、あまり面と向かって褒めてもらえるの、慣れてなくて……」
あぁなるほど。もう恥ずかしくてたまらなくて口もふにゃふにゃになっちゃったのか。桜田さん、可愛すぎないか? 出会って早々辛抱たまらないんだけど。
失恋前提とはいえ、こんな人とお付き合いできるなんて本当に現実なのだろうか……明日には突然足元が陥没して地底世界へと引きずり込まれてしまうんじゃないだろうか。
「じゃあ行こうか、鈴音」
「はいっ……って、いきなり名前で呼ばないでくださいよっ!」
「ハハ、ごめんごめん」
そして僕達は電車に乗り込んで、池袋へと向かった。
「砂川君って、いつもどんな音楽を聴かれるんですか?」
電車の席に座って揺られている中、隣に座る桜田さんが僕に聞いてきた。桜田さんは歌い手りんりんごとして活動していて、僕も音楽を聴くのが趣味だけど、そういえばまだ音楽について深く話したことはない。
「僕が聞くのはりんりんごの動画かなぁ」
「そ、そうじゃなくてですねっ」
僕が冗談を言うと、隣に座る桜田さんがプンプンと怒り出す。まぁ冗談じゃなくて半分ぐらいは本当なんだけど。
「まぁ邦楽から洋楽まで、ジャンル関係なく聴いてるかな。流石に演歌とか民謡とかはあまり触れてないけど。でも聞いてる時間が長いのはアニソンとかボカロ曲だと思う」
「CDとかも買われるんですか?」
「僕はあまり買わないけれど、家族がそういうの好きなんだ。だからその影響もあるかも」
僕のプレイリストに入っている曲の半分ぐらいは、家族の影響もあって僕が生まれる前にリリースされたものばかりだ。なんならあまり聞きもしないのに、妹の小春が好きなアイドルの曲が僕のスマホの容量を圧迫している。
「ちなみに、桜田さんの趣味はどんなの? カバーしてるの、最近のもあるけれど、ちょっと前に流行ったアニソンとかボカロ曲も多いよね?」
「そ、そうですね……私、昔のミコミコ動画でよく投稿されてた歌ってみたの雰囲気が好きで、私がアニソンとかボカロをよく歌うのはその憧れもありますね」
「でも、ミコ動には動画上げてないよね?」
「今の人は大体MyTubeに移っているので……」
「結構流行には敏感?」
「いつの間にかおすすめのところに出てきちゃうので、自然と知ってますね。MADで知ることも多くて……」
「あぁ、とにかく肩にちっちゃい重機乗せたくなったりね」
「そうですそうです。人が発したとは思えないブレーキ音とか」
僕と桜田さんはお互いに自分のプレイリストを見せあった。結構被っている曲も多くて趣味も合いそうだけど、僕のプレイリストに収録されている曲の方が多いみたいだ。だって僕のプレイリスト、合計再生時間が数時間とかじゃなくて数日単位で出てきちゃうからね。それは桜田さんもだったけれど。
「私、本当は弾き語りとかもしてみたくて、ピアノとかギターをちょろっとだけ習ってた時期もあるんですけど、全然長続きしなかったんです」
「最初の方は地味な練習ばかりだからね」
「どれだけの弦を引きちぎったかわかりません……」
「そんなに弦がちぎれることある? どれだけ壮絶な練習してたの?」
「学校で使ってたリコーダーや鍵盤ハーモニカで弾き語り出来ないかと思ったんですけど、中々上手くいかなくて……」
「だってどっちも口をつけるから歌えないでしょ!?」
「しょ、小学生の時の自分には気付けなかったんですっ」
むしろ小学生の時の彼女は、リコーダーや鍵盤ハーモニカを使ってどんな曲を弾き語りするつもりだったのだろう。吹く前に気付けなかったものなのか。
なんだか桜田さん、ポンコツというか天然属性もあるっぽいよな……。
「ちなみに砂川君は何か楽器弾けますか?」
「まぁ、ギターならちょっとだけ」
「エレキギターですか?」
「うん。すっかり家でホコリを被ってるけどね」
「じゃあ、砂川君は弾き語りできるってことですか!?」
「いや、僕は歌うの下手だし、恥ずかしいよそんなの」
「でも、ギターが弾けるなんて素敵ですよ。私、砂川君の演奏を聞いてみたいです」
「う~ん、まぁ、機会があれば……」
僕もギターは弾けないことないけれど、人前で弾くのはちょっと恥ずかしいというか気が引けてしまう。
歌うともなれば尚更だ。合唱でさえ嫌だというのに……。
なんて話していると電車が池袋に到着し、お昼時ということもあって昼食を食べようと僕が提案したら、桜田さんは僕を連れてラーメン屋へと向かった。
桜田さんが真っ先にラーメン屋を選ぶだなんて意外過ぎるチョイスだけど、僕としては大助かりだ。僕にとって外食産業はラーメン屋か牛丼屋ぐらいしか存在しないのだから。
ファミレス? ファーストフード? あんな陽キャが集まりそうなところに一人で行く勇気なんてないよ、僕には。
そして、僕は桜田さんと食券を買ってテーブル席に座ったけれど──。
「お待たせしました~ギガMAX盛ラーメンをご注文のお客様~」
このお店で一番量が多いラーメンを注文したのは、僕の向かいに座る桜田さん。なんか海苔とかチャーシューの枚数が普通の倍以上だし、何より山盛りの野菜で桜田さんの顔が見えないぐらいだ。
「すごいね、それ……」
メニューとして存在するのは僕も知っていたけれど、それを注文している人は桜田さん以外にいない。
すると、山盛りの野菜の向こうに座っているらしい桜田さんが小さな声で呟く。
「えっと、その……砂川君も半分食べますか?」
「いや、せっかく桜田さんが注文したんだからいいよ」
「でも……こんなの、お、驚いちゃいますよね?」
「まぁ、これを見て驚かない人も中々だと思うけど」
そんな桜田さんに対して、僕が注文したのは普通のサイズの家系ラーメンだ。無料の小ライスはつけたけれど、僕はこれを食べきるのがやっとというぐらい。
いただきます、と手を合わせてラーメンを食べ始めたけれど、山盛りの野菜の向こうからラーメンを啜る音が聞こえてくる。どうやって食べてるんだろう、中々難攻不落に見えるけれど。
「お恥ずかしながら、結構食いしん坊なものでして……」
「恥ずかしがることはないよ。でも学校のお弁当の量は普通だよね?」
「いえ、毎食というわけじゃなくて、やっぱり歌う時はエネルギー使うので、その前後はどうしても欲しくなっちゃうんです……」
歌うための栄養補給にこれだけ必要って、桜田さんは、いやりんりんごは歌うためにどれだけのエネルギーを消費しているのだろう。逆にこんな量のラーメンをお腹の中に入れて、いつも通りの歌声を出せるのだろうか。
そんな驚きもありつつ、僕が自分のラーメンを食べ終えるのとほぼ同じタイミングで桜田さんも見事に完食し、そのまま近くのカラオケ店へ向かったけれど──。
「あわわわ、あわわわわわわわわわわわわ……」
カラオケ店の前で、桜田さんは尋常じゃないぐらい震えていた。もうそういう機械みたいな震え方してる。
「あの、大丈夫?」
「わ、私、家族の前ぐらいでしか歌ったことがないので、と、とても、緊張します……」
元々上がり症な彼女は星歌の誘いも断っているぐらいだし、相手が男子ともなれば尚更かもしれない。しかし、大人数の集まりじゃなくて一人が相手でこの震えっぷりか。
「じゃあ気分転換してからにしようか。ここら辺を散歩する?」
「は、はいっ。散歩も好きなのでっ」
どうやら桜田さんは散歩も趣味のようで、しばらく池袋の繁華街を巡りながら彼女の気分を落ち着かせることにした。この子方向音痴っぽいけど、散歩が趣味で大丈夫なのかな……。
お読みくださってありがとうございますm(_ _)m
評価・ブクマ・感想などいただけると、とても嬉しいです




