第23話 にーにの彼女、現実に存在するの?
さて、桜田さんが急遽用意してくれた子守唄のおかげでぐっすり眠った後に迎える、土曜日の朝。
今日はりんりんごが朝早くにカバー曲を投稿していたみたいで、目覚めてすぐに僕はそれを視聴した。
なんだか昨日、僕が桜田さんのことを名前で呼んだら変なスイッチが入っちゃってたけど、その効果のおかげか、最近流行っているアーティストのラブソングのカバー曲の出来は、贔屓目なしに最高の出来だったね。りんりんごの歌声に、より磨きが飼っているような気がする。それが僕のおかげだと良いなぁ。
休日の朝からりんりんごの曲を聴けて幸せに浸った後、二階の自分の部屋から階段を降りてダイニングへ向かうと、台所から小春の機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてきた。今日は休日だけど小春は陸上部の練習があるから起きるのが早い。
「おはよう、小春。何か良いことでもあったの?」
「あ、おはようにーに。いや、実はね……推しの引退で深く傷ついていた私を救ってくれる女神が現れたんだよ……!」
「め、女神?」
すると小春は台所に置いていた自分のスマホの画面を見せてきた。つい昨日まで小春が推していたアイドルとは違う、金髪の可愛らしい女の子が背景に設定されていた。
「これは誰?」
「むふふ……知らないのぉ? 最近流行りのアイドルグループ、アツアツ温泉街婦人部のマリネちゃんだよ」
「なんだか町内会みたいな名前のアイドルグループだね」
「青年部もあるよ?」
「ますますアイドルからかけ離れた集まりっぽいけど」
しかし小春がスマホから流す音楽は意外にもアイドルグループらしいポップな曲調で、センターにいるわけではないけれど、独特な低めの美声を持つマリネという子の歌声は、確かに小春の琴線に触れそうだ。
「あぁ……マリネちゃん! これからは貴方が私の救世主となるのです! 私が世界で一番愛してるからー!」
こんな風に、小春は推しのアイドルが卒業や引退してしまったショックに打ちひしがれることも多々あるけれど、次の日には新しい推しを見つけて、再び推し活に励む日々が始まるのだ。
だからどれだけ小春が推しの引退に悲しんでいてもそこまで心配する必要は無いけれど、僕の妹は節操なしなんじゃないかと心配になることもある。
きっと小春の次の推しアイドルも何かしらの問題を起こしてすぐに消えてしまうんだろうなぁと考えながら、いつも通り小春が作ってくれた朝ごはんを食べていたけれど、ダイニングテーブルの向かいに座る小春はトーストにジャムを塗りながら不思議そうな表情で言う。
「にーに、何だか表情が明るくなったね」
「そうかな?」
「うん。何だか色々キメて幻の世界にトリップしてるみたいな顔してる」
「だとしたら僕はちょっと気をつけるよ」
小春はちょっと毒舌で冗談に聞こえない冗談を平気で言うから気をつけないとなぁ。
「何か良いことでもあったのん?」
「うん、まぁそうだね」
「へー、珍し。彼女とか出来たの?」
「そうかもしれないね」
「ほえー………………………………………はぁ?」
なんとなく頷いていたらしい小春は、やがて僕の答えがどれだけ非現実的だったものか気づいたようで、トーストをお皿の上に置いた。
「にーに、彼女出来たの?」
「うん」
「何? 相手はどんな動物? ヘビとかトカゲとかじゃない?」
「誰からどう見ても人間のはずだけどね、僕も彼女も」
「じゃあ首が長く伸びたり口が裂けたりする?」
「妖怪とか都市伝説の類でもないよ」
「レンタル出来たとしても、それは彼女持ちっていうステータスにはならないよ?」
「逆にレンタルする度胸も無いよ僕には」
「もしかして、にーにが言っている彼女って、恋人っていう意味じゃなくて三人称の人代名詞的な彼女って意味?」
「仮にそうだとしたら、その場合の彼女出来たって文章は何を意味するの?」
「……自分の息子を気持ちよくさせてくれる玩具のことを、一般的に彼女とは呼ばないと思うよ?」
「それぐらい僕も知ってるし、朝からそんな話をするんじゃなーい!」
余程僕に彼女が出来たという事実を受け入れられないのか、小春は僕に疑いの目を向けながら再びトーストにジャムを塗り始めた。
こんな僕にだって、誰かを人生のパートナーに選ぶ権利はあると思うけどね。少なくとも八尺様とかクネクネとかを相手には選ばないとは思う。いや、八尺様ならワンチャンあるかも。
「にーにが告ったの?」
「いや、向こうから」
「それって罰ゲームとかじゃなくて? ゆくゆくは何か怖い宗教とか組織に勧誘されるんじゃない? 嫌だよ私、にーにが東南アジアとかを拠点にしている犯罪組織で闇バイトとかに加担してたら」
「大丈夫、メチャクチャ良い人だから」
「ホント? じゃあにーにが何かその人の弱みでも握ったの?」
「せめて小春だけには、僕のことを信用してほしいけどね」
僕は他の人が知らない桜田さんの秘密を知っているけれど、それを交渉カードにして彼女とお付き合いを始めた……わけではないはず。そう信じたい。
小春は未だに信じられないようだけれど、その相手がまさか小春も好きな歌い手であるりんりんごだと知ったらどんな反応をするだろう。でも、僕の新しい恋が失恋前提であるということは伏せておこう。多分正気を疑われるから。
「あ、だから昨日、弁当作らなくていいって言ったの? もう彼女さんにお弁当作ってもらってるの!?」
「美味しかったよ」
「大丈夫? 毒とか盛られてない?」
「毒よりかは髪の毛とか血が入っている方がマシかもね、ハハ」
「私が作ったのとどっちが美味しい?」
「優劣つけがたいね」
「そこは彼女さんのって答えないといけないんだよ、にーに。まぁもしそうだったら、私は二度とにーにの分は作らないけどね」
「だから僕は答えをぼかしたんだよ」
「も~そんなに私の手料理が食べたいならそう言ってくれたら良いのに~」
「いつもありがとね、小春」
桜田さんと小春が作ってくれたお弁当のどっちが美味しかっただなんて、そこに優劣をつけるのは本当に自分の好き嫌いや食の好みで変わってくるぐらいの僅差だ。
「じゃあ今日はお赤飯と炊かないとね……」
「ごましおも忘れずにね。なんでこのタイミングでお赤飯なのかわからないけど」
「ちなみに出産予定日はいつ? 私、甥っ子より姪っ子の方が嬉しいかな~」
「そうだなぁ来年の……って、気が早すぎるでしょ! つい最近付き合い始めたばかりだよ!」
「にーにのことだし、やっぱり胸の大きさで決めたんでしょ?」
「だから朝からそんな話をするんじゃなーい!」
とても外では出来なさそうな話をしつつ、僕と小春はいつもと同じように愉快な朝の時間を過ごして、陸上部の朝練のため練習着に着替えた小春と共に、僕もちょっと早いけど出かける準備を進めていた。
「あれ、にーに。どっか出かけるの?」
「うん、デート」
「ほえ? イマジナリー彼女と?」
「僕は現実に存在する前提で小春に話してたつもりなんだけどなぁ」
「帰りは明日の朝でも良いからね」
「今日中に帰してほしいけどね、僕は」
「にーには変に格好つけても似合わないから、地味目な色合いの服の方が似合うからね。調子乗ってピアスとかつけていかないようにね」
「それぐらい自己分析は出来ているつもりだよ! ほら、小春は早く朝練に行くんだよ!」
「はいは~い」
そう、今日は僕が桜田さんと初めてデートに行く日だ。昨日の夜に一応僕なりの計画を練ったけれど、果たして上手くいくだろうか……。
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