第22話 節操なしドルオタ、砂川小春
僕の妹、砂川小春。僕の一つ下の高校一年生。
昔から身体を動かすのが好きで、中学の時から陸上部に所属しており、黒髪のショートでくりくりした可愛らしい瞳と、桜の花弁を象った髪飾りがチャームポイントだと本人は激しく主張している。
「ゆっぴぃ……結局一度もセンターに立つことは出来なかったけど、私の中ではゆっぴぃが永遠のセンターだよぉ……!」
そんな小春の趣味は女性アイドルのおっかけ。推しが参加する楽曲のCDは必ず買い集め、ライブにも勿論欠かさず行っている。流石に遠方は難しいけれど、家族旅行のついででついていくことも少なくない。
「でも……でも! この感情のウェイトはどこに置けばいいのおおおおおおおお!?」
しかしどういうわけか、小春の推しのアイドルは大抵短期間で卒業するか芸能界を引退してしまうため、たまにこうして狂ったかのように頭を抱えて悲嘆に暮れることがある。家のリビングには、小春の推しのアイドルのグッズやCDが祭壇のように並べられ、その祭壇の前で小春は泣き崩れていた。
「ただいま、小春」
「あ、にーに……ね、聞いて」
「うん」
「ゆっぴぃが、ゆっぴぃが引退じぢゃうんだああああああああああああああっ!」
そう言って小春は泣きじゃくりながら僕の体に勢いよく抱きついてきた。まるで誰かが死んでしまったかのような悲壮感を漂わせながら、僕の服を力強く掴んでいる。
小春がこうして荒れているのは珍しいことではないため、僕は落ち着いて彼女の頭を優しく撫でてやった。
「にーに、覚えてる? 私がにーにをライブ会場に置き去りにして一人で帰った時のこと……」
「うん、覚えてるよ。炎天下で僕が小春をずっと探し続けてた時のことだね」
「あの時、ライブ終わりのゆっぴぃに偶然出会って、サイン貰ったりチェキ撮ってもらったり、とにかくファンサが神で……しかも次の握手会の時も私のこと覚えててくれたのに……」
「そうだったんだ。あの時の僕は、熱中症とか脱水症状で倒れそうだったけどね」
「別に公称年齢よりも十歳サバを読んでることはどうでも良いんだよ……」
「それ許容範囲なの?」
「でもまさか、オンカジの利用がきっかけで卒業するなんて思わないじゃん!」
「オンカジの利用……?」
小春の推しアイドルはよくグループを卒業したり芸能界を引退してしまうけれど、大抵そのアイドルが何かしらの問題を起こしているのが殆どだ。
だから多分、小春に人を見る目がないのか、小春の推しになってしまったアイドルはそういう運命を辿ってしまうジンクスがあるのだろう。恐ろしい妹だ。
「小春、今日はちょっと良いもの食べようね」
「うん……今日はハンバーグカレー作る。にーにはハンバーグ抜きね」
「いや大丈夫だけど、僕も手伝うよ?」
「にーにが包丁を握ってるの見るの怖いから、大人しくしてて」
「そうか……」
僕達の親は仕事が忙しくて帰ってくるのも遅いため、家事は僕と小春で殆ど担っている。僕は料理以外の家事を任されていて、いつも小春に料理を任せるのは悪いと思ってたまに台所に立とうとするけれど、小春は頑なに僕に包丁を握らせようとはしてくれない。
「ハンバーグカレー……ゆっぴぃもハンバーグカレーが好きだったんだよ……」
「小春、小春。じゃがいもを切り刻みすぎてマッシュポテトみたいになってる。どうしてそんなソフトタッチでじゃがいもを切り刻めるの」
「ゆっぴぃは私と一緒で辛いカレーが好きだったんだ……」
「小春、小春。僕は辛いのダメなんだって。何そのスパイスの量。スープの上にスパイスの山が出来てるよ」
「そして私の悲しみと嘆きを表現するために、うら若き乙女の涙を隠し味に……」
「そんな悲しみたっぷりの隠し味が入ったカレー、僕は食べたくないんだけど?」
そんなこんなで出来上がった砂川小春作、『愛と悲しみと嘆きのカレー』の味は、胃に穴が開きそうなぐらい辛くて、泣きたくなるぐらいしょっぱかったような気がする。
◇
さて、僕が小春の推しアイドルの思い出話をひとしきり聞かされて、ようやく小春が眠くなってきたタイミングで僕は解放された。
妹をあやすってのは大変だね。小春ももう高校生のはずなんだけど。
そして二階の自室のベッドに寝転んで、りんりんごの動画が投稿されてないかなぁとスマホを見ていると、LIMEの通知が来た。
すずね:砂川君、起きてますか?┌(_Д_┌ )┐
昨日、連絡先を交換したばかりの桜田さんからだ。アイコンはりんごの顔の可愛らしいマスコットみたいなキャラだ。ちょっとりんりんご成分が強いけど大丈夫なのかな。
セナ:どうかした?
すずね:実は、明日が楽しみすぎて眠れそうにないんです(´・ω・`)
遠足前の小学生か。いや可愛いかよ。
セナ:羊の数を数えよう
すずね:さっき数えてたんですけど、フィーバータイムに入ったらコンボが続きすぎちゃって……( ´Д`)
桜田さん、何の話をしてるの? 星歌と一緒にいすぎて星歌みたいな思考回路になってない?
セナ:子守唄を歌おうか
すずね:砂川君が歌ってくれるんですか!?Σ(゜∀゜ノ)ノ
セナ:昔、親戚の小さい子に聞かせたら気絶したよ
すずね:砂川君はそういう戦闘スタイルなんですか!?( ゜д゜)
僕の歌唱センスが壊滅的なのはおいといて。
桜田さん、こういう文面で結構顔文字使うタイプなんだ、意外だし面白いけど、どうやって打ち込んでるの。
こういう眠りたい時って、眠らなきゃって考えれば考えるほど眠れなくなるものだ。僕もそういう経験は何度もあるけど、最早開き直って起きるという選択肢を選ぶことが多い。
でも、明日のデートのために、それにりんりんごとしてのコンディションが乱れないように、桜田さんにはきちっと十分な睡眠をとってもらいたい。
セナ:桜田さんって子守唄歌える?
すずね:少しだけなら(*´∀`)
セナ:じゃあ桜田さんが自分で子守唄を歌って、その音源を聴けば良いんだよ!
何言ってるんだろう、僕は。夜中だからテンションおかしくなっちゃったかな。
すずね:名案ですね!(๑•̀ㅁ•́๑)✧
どうしちゃったんだろう、桜田さん。案外、僕らって結構似ているのかもしれない。
セナ:その音源、そのままMyTubeに投稿してくれない? 僕も眠れそうにないんだよ
すずね:ではショートで投稿するので、少々お待ちを_φ(・_・
すると十数分後、MyTubeに通知が。りんりんごが『眠れない貴方へ』というタイトルでショート動画を投稿したのだ。結構早かったね。
『ね~んね~ん、おこ~ろ~り~よ~、おこ~ろ~り~よ~』
あ、ヤバい。これすんごい入眠効果あるかも。
セナ:ありがとう、桜田さん。これで僕も眠れzzzzzz
すずね:お休みなさい、砂川君( ˘ω˘)スヤァ
りんりんごが彼女で良かったと思った、そんな夜だった。
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