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第21話 男子高校生VS赤ちゃん



 結局、星歌は僕達とは別方面の駅で他の友達と遊びに行くらしく駅で別れたけれど、危うく僕達の関係がバレるところだった。いや、別にひた隠しにしたいわけではないけれど、桜田さんが恥ずかしさのあまり死んでしまうんじゃないかと心配だ。

 それに、僕達の関係はクラスメイトから十分怪しまれているだろうし。


 そんなことはさておき、電車の中で明日のデートのプランを二人で練り、明日の十三時に池袋で待ち合わせすることになった。彼女の歌声を生で聞けるなんて、今のところ僕にしか出来ない特権だろう。

 いや、多分ご家族とか結構聞いてるだろうけども。


 そして駅に到着して、今日も満員電車の人波に桜田さんが揉みくちゃにされる中──突然、電車が急停止するとのアナウンスが流れ、急制動により電車が大きく揺れた。


 「わわわー!?」


 僕はすぐに桜田さんの方に手を伸ばそうとしたけれど、彼女は何とかドア付近のポールにしがみついて耐えたようだった。僕もつり革にしがみついて何とか耐えていた。


 「桜田さん、大丈夫?」

 「は、はい。何か事故でもあったんでしょうか」

 「誰かプロポーズしてるのかもしれないよ」

 「た、武◯鉄矢がこの先に!?」


 車掌のアナウンスによると、どうやらこの先の踏切で何かあったらしく、電車が停車している中……車内には赤ちゃんの泣き声が響いていた。


 見ると、僕と桜田さんの側の席に座っていたお母さんに抱かれた赤ちゃんが泣き始めていた。おそらくブレーキの音や揺れにびっくりしちゃって、機嫌を損ねてしまったらしい。


 赤ちゃんを抱っこしているお母さんは何とかあやそうとしていたけれど、一度機嫌を損ねてしまった赤ちゃんをあやすのは本当に難しい。それにこんなに人が多い場所だと、周囲からの視線というのも嫌に感じてしまうのだ。

 特に停止した電車の中だから、余計に泣き声が響いてしまっていた。

 

 桜田さんも赤ちゃんのことを気にかけているようで、何とかしたいという気持ちと、でも自分に何が出来るのだろうという気持ちが彼女のアワアワと手を震わせている仕草に現れていたけれど、僕は抱っこされている赤ちゃんの元にゆっくり近づいて──。


 「いないな~い、バァ~ッ!」


 と、僕が赤ちゃんをあやす定番の声掛けをすると、泣いていた赤ちゃんは僕を見て最初キョトンと戸惑いの表情を見せた後、何が面白かったのかはさっぱりわからないけれど、嬉しそうにケタケタと笑い始めた。


 すると、赤ちゃんを抱っこしていたお母さんがホッとした様子で口を開いた。


 「あ、ありがとうございます。すみません、わざわざ……」

 「あぁいえ、僕の顔って何だか赤ちゃん目線だと面白いらしいので」


 僕の隠れた特技。それは赤ちゃんや小さな子どもを笑わせることが出来る、この『顔』だ。



 何故か、幼い子どもは僕の顔を見るとよく笑う。

 本当になんで笑われるのかわからないけれど、僕の顔のパーツがそんなに面白いのか、それとも僕を嘲笑っているのだろうか。

 まぁ、顔を見ただけで泣かれるよりかは全然良いことだよね。そう思いたい。


 その後もお母さんからペコペコと会釈されて何度も感謝されたり、赤ちゃんの小さな手で小指を掴まれてあやしていたりしたけれど、やがて停まっていた電車が再び動き出し、次の駅で親子は降りていった。


 

 「凄いですね、砂川君」

 「へ?」


 親子がいなくなった後、僕の隣に立っていた桜田さんが言う。


 「私、困っている人を見かけると、何とか助けなくちゃって思うんですけど、中々声をかける勇気が出なくて……他の人が先に声をかけちゃうと、何だか悔しくなっちゃうんです。いつも、何も出来ない自分に……」


 さっき、泣いている赤ちゃんをチラチラ見ていた桜田さんの表情を見るに、きっと彼女も赤ちゃんのことをあやしてあげたかったのだろう。でもああいう子と接するのに慣れていないと、中々行動に移すのは難しい。

 いや、〝微笑みのメドゥーサ〟たる桜田さんが赤ちゃんに笑顔でも向けたら、とんでもないことになっちゃいそうだけど。


 でもごめん、桜田さん。とても申し訳ないけれど、君が勇気を出して赤ちゃんをあやそうとしても失敗して、二人して泣き始める姿が容易に想像できちゃうんだ。僕のイメージの中だと、そんなポンコツな桜田さんも存在するんだよ。


 「桜田さんのその心意気だけでも十分素晴らしいものだよ。僕もバスとか電車で席を譲ることあるけど、声をかけて失敗して、逆にちょっと恥ずかしくなっちゃうこともあったからね。それに、僕はそんな特別なことはしてないよ。どういうわけか、僕の顔が赤ちゃん達にとって面白いだけなんだから」

 「いいえ、そんなことないですよ。砂川君を見て赤ちゃんが笑ってくれたのはきっと、砂川君の心の優しさが顔に出てるからですよっ」

 「そ、そうかなぁ……」


 中々嬉しいことを言ってくれる子だ。柊真や星歌達は、赤子にすらバカにされる顔って笑ってくるのに。

 誰かに感謝されたり褒められたりすると、勇気を出して良かったと僕も嬉しくなれる。


 「もしかして砂川君って弟さんや妹さんがいるんですか? お子さんをあやすの、結構慣れてそうでしたし」

 「あぁ、妹が一人いるよ。と言っても一つ下だけど、昔はワガママだったからあやすの大変だったよ」

 「どんな方なんですか?」

 「うーん、アイドルの追っかけをするのが好きだよ。あと、りんりんごの歌もよく聴いてる」

 「そ、そうですかぁ……」


 僕の妹もファンであると伝えると、また桜田さんは嬉しそうにえへへ、と笑っていた。



 ◇



 駅のホームで桜田さんが乗った電車が出発するのを見送って、僕は帰路についた。

 

 僕には一つ下、高校一年生の妹がいるけれど、僕達は違う高校に通っている。妹が通ってるのは女子校だから、僕も中々近づけないし近づきたくない。


 そんな妹の趣味はアイドルの追っかけで、とにかく彼女にとっての至高のアイドルを探し求めて推し活に夢中になっているけれど……たまにちょっと心配になる時がある。


 そして、僕が帰宅して玄関のドアを開けると──リビングの方から誰かの悲鳴が聞こえてきた。



 「びゃああああああああああああああああっ!」



 僕は悲鳴を聞いて慌ててリビングへ向かったけれど、リビングには大量のアイドルグッズがまるで祭壇のように並べられていて──。



 「ゆっぴいいいいいいいいいいいいいいっ! どおじで卒業しぢゃうのおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 ……僕の妹である砂川小春(こはる)が、まるで発狂するかのように号泣しながら、リビングでペンライトを振り回していた。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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