第20話 怪しい二人
「と、とりあえず、お互いのことはこれまで通り名字で呼び合いましょう」
桜田さんとの帰り道。高校の最寄り駅まで向かっている道中で、僕は彼女から悲しい提案を受けたのであった。
うそぉん。名前呼び禁止令なんて、そんなことある?
「何だか残念だなぁ」
「きゅ、急に名前で呼んでくるなんてずるいですよっ」
「でも桜田さんだって、昨日僕のことを急に名前で呼んできたじゃん。しかも丁度別れ際のタイミングでさ。桜田さんの方がずるくない?」
「う、うぅ……でも、だってぇ~」
と、桜田さんは自分の髪で顔を隠しながら可愛らしく悶絶していた。
きっと、昨日のはそれだけ桜田さんにとって勇気のいる行動だったに違いない。でも、まさか名前で呼ぶのを禁止されるとは思わなかった。
「でも、砂川君のおかげで今日も良い収録が出来そうですっ」
「昨日も良い収録出来た?」
「はいっ、昨日の収録は我ながら過去最高の出来だったと思います。多分夜に投稿すると思うので、楽しみにしててくださいねっ!」
「うん、一コメってコメントつけとくね。あ、わこつの方が良い?」
「一コメはともかく、MyTubeでわこつは違うと思います……」
僕はひょんなことから桜田さんの歌声を直接聴いて彼女の正体がりんりんごだと気づいたけれど、普段の桜田さんからそういう素振りは一切見られない。言われたら納得はするけどね。
でもときめきスイッチが入った桜田さんの、歌いたくてしょうがなくておかしくなってしまった姿を見ると、そういう気質なんだなぁと感じさせられた。あんな人、中々いないと思うけど。
ただ、僕との出来事をきっかけに、また違うりんりんごの歌声が聞けるのかと思うととても楽しみだし、りんりんごの役に立てるのならとても誇らしいし嬉しい。
そして今の僕がさらに楽しみにしているのが、明日の桜田さんとのデートだ。
「楽しみですね、明日のデート」
駅に到着し、ホームで電車を待つ僕の隣に立つ桜田さんが、照れくさそうに笑いながらそう言った。桜田さんも楽しみにしてくれているみたいで僕も嬉しい。
「桜田さん、会話デッキちゃんと作ってきた?」
「はい、ちゃんと用意してます」
ちゃんと用意しちゃってるんだ。本当は僕ももっとおしゃべり頑張んないといけないはずなんだけどね。
「もっと学校で砂川君とお話したいんですけど、どんな話をすれば砂川君が楽しんでくれるのかと考えると、少し緊張してしまって」
そこまで考えてくれてたんだ、桜田さん。僕ってそんな楽しくなさそうに見えてたのかなぁ。
「僕はどんな話の内容であれ、桜田さんとお話できるだけで楽しいよ。それこそ星歌みたいに内容が空っぽでもね」
「なるほど、星歌さんを倣って……」
すると桜田さんは何を思ったのか、急に僕の背後に回るとガッシリと肩を掴んできて、そして勢いよく揺さぶり始めた!
「えーいっ、えーいっ!」
「違う違う違う違う、そうじゃないんだよ桜田さんっ!」
僕は桜田さんが満足してくれるならいくらでも揺さぶられるけど、これってコミュニケーションとは違うと思うんだよね。桜田さんが楽しそうで何よりだけど。
そして僕を揺さぶるのに満足したらしい桜田さんはメモ帳とペンを取り出して何かを書き始めた。
「この砂川君の揺さぶり症候群も、私のラブラブ大作戦に入れておきましょう」
「これがラブラブ大作戦の中に入っちゃうの?」
「勿論ですっ。こういうスキンシップも中々出来ないじゃないですかっ」
確かに、友人という間柄であっても、異性が相手だと中々スキンシップは難しいところがある。じゃあ平気で僕を揺さぶってくる星歌は何なんだって話だけど。
「明日もその大作戦は発動するの?」
「どれだけ出来るかわからないですけどっ、是非頑張らせてくださいっ。頑張ってカラオケ歌いますから!」
僕と桜田さんは失恋前提にお付き合いを始めたけれど、計画では今はまだ友達という段階で、これから桜田さんに僕のことを好きになってもらわないといけない。
だから、せっかくデートという機会に恵まれているのだから、さらに桜田さんと距離を縮めたい──僕が密かにそう考えている時、ふと背後から人の気配を感じた。
「へー。鈴音ちゃんは私とはカラオケ行ってくれないのに、瀬那とは行くんだー」
突然後ろから女の子の声が聞こえて、僕も桜田さんもびっくりして後ろを振り返った。するとそこには、見るからに不機嫌そうな様子の星歌が腕を組んで佇んでいた。
「あ、せ、星歌さん!?」
「星歌……」
「やっほー。面白い組み合わせの二人だなーって思ってたら、まさかもうデートする仲だなんて思わなかったなー。もう本当にびっくりの巻」
デート、という単語が出てきてボッと沸騰してしまったかのように顔を真っ赤にしてしまう桜田さん、そんな彼女を可愛らしく思ったのか、ニヤニヤする星歌。
……まずい。一体いつから星歌は僕達の話を聞いていたのだろう。しかも一番バレたら面倒くさそうなのに聞かれてしまったと僕は心臓がバックバクだったけれど、どうにか弁明を試みる。
「いや、違うよ星歌。僕達はただ遊びに行くだけだよ」
「へ? そうなのん?」
「そうだよ。星歌だってよく友達とカラオケ行くでしょ?」
「確かに」
「僕達もそれと一緒だよ。ね、桜田さん」
「そ、そうですよっ」
僕がメチャクチャな理論で否定すると、星歌はそれを信じてくれたようだ。彼女がバk……いや、能天気で助かったけれど、その純粋さが逆に不安になってくる。
しかし、桜田さんの目の前で、僕達はただのお友達という関係です、としか弁明出来ない自分が情けなくてしょうがない。
すると星歌は僕の肩をポンポンと叩いた。
「瀬那……」
「な、何?」
「……高校に入って二年目、やっと新しい友達が出来たね!」
「いや、流石に初めてってわけじゃないけど!?」
嬉しそうにサムズアップするんじゃないよ、星歌。
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