第1話 微笑みのメドゥーサ、桜田鈴音
思春期は、いや青春という時期は、気の迷いとも呼べるような、それらしい若気の至りでついつい奇行に走ってしまいがちだ。
時に、反社会的な行動に魅力を感じて不良っぽく振る舞ってみたり。
時に、他人には見えない幻と意思疎通出来る自分に自惚れてみたり。
時に、自分が生み出した幼稚な世界観をネット上で全世界に公開してしまったり。
そして僕、砂川瀬那のように……大して音楽に興味もなかったのに、軽い気持ちでバンドを結成してみたり。
僕の部屋の隅には、ホコリを被ったギターケースが置かれている。ただでさえ狭いのに使いもしないものが場所を取っているから困っているけれど、ふとした時にそれを眺めてしまうのだ。これを上手く弾けたなら、普段は冴えない僕も格好良く見えるのだろうかと。
しかし、結局ケースからギターを取り出して弾く気になれないまま、僕は今日も学校へ向かうのであった……。
「おいっ! 柳沢が石になってるぞー!?」
僕が教室に入ったタイミングで、中ではちょっとした騒ぎが起きていた。
見ると、教室の真ん中ら辺の席に座っているクラスメイトの男子が、まるで魂が抜け落ちてしまったかのように、ただ虚空を見つめて硬直していたのだ。
なんだか異常事態のようにも思えるけれど、教室のど真ん中で起きている騒ぎを、僕は入口で苦笑いしながら眺めていた。
「柳沢! おい柳沢! 目を覚ますんだ!」
「ダメだ! こいつビンタしても動じねぇ!」
「誰かハンマー持って来い!」
「柳沢を壊す気か!」
「バットならあるぞ!」
「なんで教室にあんだよ!」
他のクラスメイト達が柳沢君の体を激しく揺すったり、思いっきり顔をビンタしたり、バットで殴りかかろうとしてどうにか彼を目覚めさせようとしていたけれど、まるで本当に石になってしまったかのように、彼はうんともすんとも言わない。
「どうやったら目覚めるだろうか……」
「鼻にシャーペンぶっ刺してみるか」
「ならいっそのこと穴という穴全部にシャーペンとかぶっ刺して、いつ柳沢が目覚めるか勝負しようぜ」
「友人を使って黒〇げ危機一髪するつもりか?」
だけど、そんな彼を本気で心配している生徒は、この教室に一人もいないだろう。それは僕も含めて。
柳沢君があんな廃人同然と化している原因は、誰が言わずともわかりきっていることだからだ。
「これはきっと……微笑みのメドゥーサの仕業に違いない!」
〝微笑みのメドゥーサ〟
それが、柳沢君を石化させてしまったと思われるとある女子生徒に、尊敬と畏怖の念を込めて名付けられた二つ名だ。とてもクラスメイトにつけるような二つ名とは思えない禍々しさだけど……彼女には、不思議とそんな二つ名が似合ってしまうのだ。
そんな光景を教室の入口で眺めていた僕は、ふと後ろから人の気配を感じた。
そして振り返ると──彼女の姿を見て、僕は思わず石化しそうになった。
雪のように煌めく、腰まで伸びる長い銀色の髪と、まるで西洋のお人形のように可愛らしい佇まい。
そして、トレードマークである大きな青いリボン。
彼女が、微笑みのメドゥーサこと、桜田鈴音だ。
メドゥーサなんていう怪物の異名が付けられるには、彼女はあまりにも可愛すぎると僕は思う。
慌てて僕が道を譲ると、彼女は教室の中に足を踏み入れて、中にいたクラスメイト達へ挨拶代わりに笑顔を向けたのだった。
「み、皆! 目を閉じろ──」
誰かがそう叫んだけれど、時すでに遅し。
「皆さん、おはようございます」
桜田さんのその一言で、朝から騒がしかった教室の中が一瞬にしてシンと静まり返った。
皆、桜田さんの方を向いたまま彼女の笑顔の虜になってしまい、まるで石化してしまったかのように硬直してしまったのだ。
流石は微笑みのメドゥーサ。僕は彼女の後ろにいたから、命からがら助かった。いや、命を奪うようなものじゃないはずだけど。あの一撃を食らってしまったクラスメイト達は、おそらくHRまで目覚めないだろう。
すっかり静まり返ってしまった教室の中を歩いて桜田さんは自分の席に座り、僕も自分の席へと向かう。僕の席は、木陰でちょっと薄暗い、校庭側の列の後ろから二番目の席。
そして僕の席の後ろには、微笑みのメドゥーサこと桜田さんが座っている。
「おはよう、桜田さん」
僕が桜田さんと言葉を交わすのは、この朝の挨拶だけ。せっかく後ろの席にお姫様のような女の子がいるのに、会話らしい会話なんて一度も交わしたことはない。
「おはようございます、砂川君」
だって……こうして挨拶するだけで、桜田さんは僕に石化の魔法をかけてくるのだから。
「おっぐ!?」
桜田さんは挨拶してきた僕に笑顔も加えて答えてくれたけれど、僕は石化しないまでも思わず昇天してしまいそうになってしまった。ついさっきまで感じていた眠気すらも吹き飛ぶぐらいだ。
流石は、微笑みのメドゥーサ。一体どれだけの生徒を惚れさせたら気が済むのだろう。僕に笑顔を向けてくれるだけありがたいけれど。
でも、仮に僕が桜田鈴音に告白したとしても、その恋が実ることなんてないんだろうなぁ……。
お読みくださってありがとうございますm(_ _)m
評価・ブクマ・感想などいただけると、とても嬉しいです




