第18話 もおん! みゃあ! あひぃじお!
桜田さんと付き合い始めてから、二日目の朝。
僕は今日も桜田さんと一緒に登校するはずだったんだけど、桜田さんに急遽予定が入ってしまったそうで、残念ながら別々に登校することになってしまった。でもあんな生活を毎日続けていると、僕は幸せ過ぎて死んでしまいそうだから、程々にしないとね。桜田さんが満員電車に押し潰されてしまわないか心配だけれど。
そしていつも通り登校して教室で支度した後、一度トイレに行って教室へ戻ろうとした時、廊下で立ち止まっている桜田さんの後ろ姿が見えた。
「おはよう、桜田さん」
「もおぉんっ!?」
後ろからいきなり話しかけられてびっくりしてしまったのか、桜田さんはビクッと背中を震わせながら、珍妙な叫び声を出していた。
桜田さんが驚いた時の反応、ネコみたいで可愛いし面白い。ついつい驚かしてみたくなってしまうなぁ。そんな可愛い反応をしちゃう桜田さんが悪いんだよ、僕は悪くない。
すると桜田さんは僕の方を振り返って、ちょっとあたふたしながらも、いつもの上品な佇まいに戻った。
「あ、おはようございます、砂川君」
「ごめん、驚かしちゃった?」
「す、少しだけですよ」
「……本当に少しだけ?」
「ほ、本当ですもんっ」
そう言って不満そうにプイッと顔を背けてしまう桜田さん。ちょっとご機嫌斜め。
まぁあまりしつこくいたずらするのも良くないし、程々にしよう。
「それより、何か考え事してたの?」
「あ、えっと、砂川君とどんなお話しようか、考えてたんです」
何、その可愛い理由。まるで本物のカップルみたいじゃないか、僕達。失恋前提だけど。
「そんなかしこまらなくていいんだよ。ほら、星歌とか見てみなよ。いつも中身が空っぽな話ばかりしてるでしょ?」
「た、確かに……」
星歌。君、桜田さんにも話の中身が空っぽって思われてるみたいだよ。
「じゃ、じゃあ砂川君は、そういう中身が空っぽなお話出来ますか?」
「そういう前提は難しいけれど、まぁ例えばこれは、小学生の頃に星歌達と肝試しをした時の話なんだけど」
「え? 急に怖い話ですか?」
「家の近所に心霊スポットで有名なお墓場があってね。竹林に囲まれていて昼間でも薄気味悪い場所なんだけど、夜になるとガイコツが彷徨っているって噂があったんだ」
意外と怖がりなのか、まだ全然佳境じゃないのに桜田さんの表情が青ざめていく。そういえばお化けが苦手なんだっけ、僕には関係ないけどね。
「んで、僕達は八人ぐらいもいればお化けだろうが妖怪だろうが怖くないだろと思って真夜中に忍び込んだんだ、そのお墓場に。そもそも静かな住宅街の中にあるからさ、木々のさざめきが聞こえてくるぐらい静かだし、街灯なんかもないから本当に真っ暗で。
もう雰囲気だけで怖かったけれど、懐中電灯を照らしながら歩いていると、地面に白い骨が落ちてたんだ」
「ほ、骨が?」
「そしてそれを拾い上げると、木々のさざめきに紛れて、お墓の裏から人影が現れて──」
するとその瞬間、桜田さんの背後から忍び寄る手が!
「ばあっ!」
「みゃあああああああああああああっ!?」
いつの間にか登校していた星歌がこっそり桜田さんの背後に回り込んでいて、丁度良いタイミングで彼女を驚かしたのだ。
ナイスタイミングだ、星歌。
「みょ、みょあっ……って、星歌さんじゃないですか!? 何するんですか!?」
「敵将、討ち取ったりの巻~」
「星歌、褒美をやろう。午◯ティーと紅◯花伝のどっちが良い?」
「今日はルイボスティーの気分」
「おかのした」
別に僕と星歌は事前に打ち合わせなんてしてなかったけれど、僕の話を遠くから聞いていた星歌が機転を利かせてくれたのだ。おかげで桜田さんのおもろ可愛い反応が見れて、朝からとても満足している。
しかし、振り回されっぱなしの桜田さんは不満そうにしていた。
「もうっ! 朝から怖い話しないでくださいよぉっ!」
「いや、別に怖い話してたわけじゃないよ?」
「へ?」
「あー、それね。お化けっぽく出てきたの、瀬那のおじいちゃんだったんだよ」
「え、化けて出てきたんですか?」
「僕のおじいちゃんを殺さないで。まだ元気にしてるよ。ただおじいちゃんが散歩してただけだから」
「わざわざ夜にお墓場を!? でもその、落ちてた骨は一体?」
「白くて細長い、ただの石」
「それを骨と見間違えたんですか!?」
「だって暗かったんだもん……」
と、見間違えた星歌が申しております。
「ぐぬぬ……幼馴染コンビで私を陥れようとは……」
すごく悔しそうじゃん、桜田さん。
「ね、瀬那。私達良いコンビ組めるかも。M-1いこ」
「なんでだよ」
「あ、じゃあ上方漫才の方が良い?」
「まぁ上方なら……」
「上方なら良いんですか!?」
僕と星歌の中身空っぽな会話に、桜田さんが思わずツッコんでしまう。
ダメだよ桜田さん、星歌の話術に惑わされてしまっては。高校生になってもこんなんなのが星歌の平常運転なんだから。
◇
その後、いつものように桜田さんが教室に入ると同時にクラスメイト達を石化させ、何事もなかったかのように授業が進んでいく中で……。
「この主人公みたいにヘタレだとね、二十歳過ぎても一人も恋人を作れない人生になるから気をつけなよ」
「吾野っち~。それは実体験?」
「はい新井。五点減点」
「ホグ◯ーツみたいな採点基準?」
三時間目、現代文の授業にて。昨日ちょっと夜ふかししてしまったからか、お昼前なのに僕は眠気に襲われていた。
今日のお昼は桜田さんとどんなお話をしようか、いやそもそも星歌を押しのけて桜田さんと一緒にお昼ごはんを食べること自体がかなりのハードルだ。
授業中なのにそんなことを考えていると、突然僕の首に何かが触れ──。
「あひぃじおん!?」
何も警戒していなかった僕は突然の攻撃にびっくりして、授業中だというのに変な叫び声を出してしまった。
「あ、アヒージョ?」
クラスメイト達の視線が一気に僕の方に向き、戸惑っていたり、クスクスと笑っていたりした。
そして、授業をしていた先生は呆れた様子で言う。
「なんだね砂川、そんなにアヒージョ食べたかったの? 私、今日の夜空いてるけど」
「吾野先生、僕にお酒飲ませる気満々ですよね? 僕はがっつり未成年ですよ。教育者としてあるまじきお誘いだと思います」
「いや、私の思い出話に付き合ってくれるだけでいいから。んで慰めろ」
「ぜぇっっっっっっっっっったい嫌です!」
「そんなぁ……砂川、五億点減点」
「人生全部使っても取り返せそうにない減点!?」
「吾野っち! 話聞いてあげるから俺にマック奢って!」
「そういうガツガツ来る奴はあまり好みじゃない。加治、お前は水いっぱいのバケツを両手に持って廊下に立っとけ」
「俺だけ罰のベクトルおかしくね?」
ふぅ、先生や柊真が上手く茶化してくれたおかげで良い感じに笑いを取れた。厳しい先生だったらどうなっていたことやら。いや、事あるごとに生徒を自宅に招こうとする教育者はどうかと思うけれど。
そして、なんとか落ち着いた僕がチラッと後ろの様子を伺うと、後ろからこっそりと僕の首を触ってきて驚かした桜田さんが、ムフッととても満足そうに笑っていた。
中々に負けず嫌いだね、桜田さん。
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