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第17話 名前で呼んでみたくて



 僕の羞恥心が収まった後、僕達は聖堂の長椅子に並んで腰かけた。だんだんと夕日が沈んできて、ステンドグラスの向こうに広がる空が暗くなり始めていた。


 「さ、さて、今日は私のワガママで砂川君に色々お付き合いしてもらいましたが、いかがでしたか?」

 「色んな刺激があって楽しかったよ」

 「何が一番楽しかったです?」

 「満員電車に揉みくちゃにされてる桜田さん」

 「そこですか!?」


 桜田さんは元々童顔でお人形さんみたいだと思っていたけれど、人波に抗えない桜田さんを側で見ていると、何だかマスコット感がだんだん強くなっていく。電車の中で桜田さんの手を握っている時も、彼女の手というよりかは我が娘の手を命綱のように握っていた感覚だったもの。


 「あと、変なスイッチが入って暴走する桜田さんを見てるのも楽しかったよ」

 「あ、あう……わ、私は何かエモさというかときめきを感じたり強い刺激を受けると、変なスイッチが入っちゃうみたいで……」

 「じゃあ、ときめきスイッチと名付けようか。これからも何度も押していこうね」

 「へ、変じゃないですか?」

 「ううん、全然」


 いや、変ではあるけれど、桜田さんのときめきスイッチがONになるということは、それだけ桜田さんが良い経験をしているという証拠だ。

 これからも桜田さんにはたくさんときめきスイッチを入れてもらって、恋というものがいかに素晴らしいかを経験してもらわないといけない。


 僕も桜田さんにあーんしてもらえたり壁ドン出来たりと、何かと幸せな一日だった。これからもそんな日々が続くのかと考えるだけで、自分の人生を生きるという喜びを感じられる。



 この恋には、いつか終わりが待ち受けているけれど。



 「これからも、こういう帰り道の途中でどこかに寄り道もしてみたいです。ファミレスとかでゆっくりお話というのも良いと思いませんか?」

 「会話デッキ足りる?」

 「あ、まだ全然ありますよ……って、なんでこれが会話デッキだとわかったんですか!?」

 

 やっぱりそのメモ帳、会話デッキだったんだ。だって僕と会話する時、ずっとそのメモ帳とにらめっこしてるんだもの。そんな桜田さんの姿も面白いけれど。


 「それに、ゲームセンターとかボウリングとかバッティングセンターとか水族館とか動物園とか、カップルに人気の定番デートスポットに行ってみたいです。

  というわけで砂川君。今度のお休みにデートに行きませんか!?」

 「え? 良いの?」

 「これも勉強ですっ」


 今日一日、こんなに桜田さんと一緒にいる時間があって僕は幸せなのに、とうとうデートか。展開が早いけれど、これも桜田さんの、りんりんごとしての成長のためだ。


 「砂川君はどこか行きたいところありますか?」

 「そうだなぁ……桜田さんの歌声、聴いてみたい」

 「へ? それは、動画を見てくださいとしか」

 「ううん、生で、直接」

 「生で!? つまりゴm……あ、いや、私の歌声を直接聴きたいってことですか?」

 「うん、そうそう」


 ねぇ桜田さん。今、とんでもないこと言いかけてなかった? 気のせい? 僕ってそんな変なこと言ってたかい?


 「カラオケとかどう? 僕はあまり歌うのは得意じゃないけど、桜田さんの色んな歌を聴いてみたい」

 「す、砂川君がお望みなら何曲でも歌ってみせますよっ。なら、デートはいつにしましょうか? 明後日とかいかがですか? せっかくの土曜日ですし」

 「土曜日ならがら空きだから大丈夫。お昼からにする?」

 「はいっ。それなら大丈夫だと思います。どこで待ち合わせしますか? そもそもどこに行きますか? 私はどうすればいいですか?」

 「お、落ち着いて桜田さん。まだ時間はあるし、ゆっくり考えよう」


一概にカラオケと言っても、お店自体はここら辺のどの駅にもあるものだけれど、やっぱりデートってなると大きな街へ……ここから近いのは池袋とかか? いやでも、桜田さんは人混みが苦手だから悩みものだなぁ。

 

 でも、僕の隣で必死にデートプランをどうしようか、可愛らしい唸り声を上げながら悩んでいる桜田さんが、やっぱり愛おしい。

 こんな人とデート出来るなんて、僕は近々死んでしまうんじゃないだろうか。



 すると桜田さんはスマホを取り出すと口元を隠しながら、チラチラと僕の方を見て言う。


 「そういえば、その……私達ってまだ、連絡先とか交換してませんでしたよね……」

 「た、確かにそうだね。待ち合わせの時に連絡できないと不便だし、交換しとこっか」


 僕ってば友達が少なくて連絡先を交換する機会も殆ど無いから、連絡先交換というものが習慣づいていないのだ。悲しいね。


 「ふふっ。楽しみですね、カラオケ……」


 連絡先交換に慣れていないのは桜田さんの方もそうだったのか、お互いにLIMEの連絡先を登録するのに手間取りながらも、僕のLIMEに新しい友達が増えたのだった。





 「では砂川君。今日は、本当にありがとうございました」


 教会の鉄の門を出ると、桜田さんは僕にぺこりと頭を下げた。

 明日は学校で、そして休日の明後日も桜田さんと会えるとわかっていても、こうして桜田さんと別れるのが名残惜しく感じられた。ただ教会で駄弁っていただけなのに、信じられないくらい時間があっという間に過ぎていく。


 「駅まで送らなくていい?」

 「はいっ、これぐらいの距離なら一人で帰れますっ」

 

 明日も楽しみでならないけれど、僕にはちょっとした不安がある。

 そう、僕はこの駅が最寄りだけど、桜田さんはもう一つ先の駅だ。一人であの人波と戦わなければならないのである。


 「桜田さんは結構通学時間長そうだけど、本当に一人で平気?」

 「は、はいっ。次は終点ですしおすしっ」

 「……駅からちゃんと家まで辿り着ける?」

 「私はそこまで方向音痴じゃないですよ!? た、たまに変なところに迷い込んじゃって、迎えに来てもらうことがあるぐらいで」

 「たまに、って何回?」

 「えっと……週に一回はあると思います……」


 桜田さんがウチの学校に転校してから一ヶ月ぐらいしか経ってないけど、週一ぐらいの頻度で家までの道を見失ってしまうのか、この子は。


 本当は僕も桜田さんの家まで付き添いたいぐらい不安に襲われているけれど、まぁ流石にそれは急に距離を詰めすぎかなぁ。


 「桜田さん。これからは毎日、一緒に帰ろうね……」

 「あの、そんな悲しそうな表情で言わないでくださいよ!? わ、私だってラッシュ時間帯の電車だって乗りこなしてみせますから!

  そ、それはそれとして砂川君と一緒に帰れるなら嬉しいですけど、砂川君の方は大丈夫なんですか? 加治君や星歌さんと予定があったり……」

 「いや、柊真は大体野球部の練習があるし、星歌も他の友達と遊んでることが多いから、僕は一人で帰ってることが多いよ。たまに星歌が誘ってくれることもあるけど、ホイホイとついていったら他の男子に僕が殺されちゃうからね、嫉妬の炎で」

 「は、ははは……」


 でも、こんなに可愛らしい桜田さんと下校していても、僕はクラスの男子達から殺意を向けられることだろう。今日も結構桜田さんと会話してるし一緒に行動したりしてるし、僕と桜田さんが付き合っているという噂が流れてもおかしくはない。


 なんて僕が心の中で若干恐れていると、桜田さんがふと呟いた。


 「私も星歌さんによく誘われて遊びに行ったこともありますけど、なんだか羨ましいですね、星歌さん」

 「へ? 能天気に生きてるから?」

 「そ、それもちょっとはありますけど……」


 ちょっとはあるんだ。

 桜田さんはまだ何か喋っていたみたいだけれど、彼女の小さな声は、そばを通り過ぎて行った車の走行音にかき消されてしまった。

 すると桜田さんは僕に向かってペコペコと会釈しながら言う。


 「で、ではまた明日もよろしくお願いしますっ」

 「うん。気を付けて帰ってね。油断して寝たりしちゃダメだよ」

 「も、勿論ですっ」

 「満員電車の人波に負けないでね」

 「だ、大丈夫ですから!」

 「ちゃんと家まで迷わず帰れる?」

 「な、なんだか私、子どもみたいじゃないですか~!」


 そして桜田さんは僕に手を振って、僕も彼女に向かって控えめに手を振り返すと──桜田さんは僕に向かって、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、口を開いた。



 「じゃ、じゃあまた明日……せ、瀬那君!」



 桜田さんはそう言ったと同時に僕に背を向けて走り去ってしまい、僕はただただ、美しい銀色の髪と青いリボンを揺らしながら走り去っていく桜田さんの後ろ姿を、教会の前で眺めていただけだった。




 ……そういうの、ずるいでしょ~~~~~~!


 『せ、瀬那君!』


 桜田さんは、初めて僕のことを名前で呼んでくれた。きっと恥ずかしいから、別れ際のタイミングで言ったのだろう。


 星歌のことが羨ましいと言っていたのは、僕と星歌がお互いに名前で呼び合っているからだろう。いや、僕だって星歌のことを名前で呼ぶのはちょっと恥ずかしいけれど。



 桜田……す、鈴音…………。

 僕は明日、彼女のことを名前で呼べるのか……?


 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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