第15話 桜田さんの会話デッキ
一日の授業を終えた放課後。僕はすっかり眠気から解放されて、ようやく頭も冴えてきた。
そして、僕は意気込んだ。今日は桜田さんと一緒に帰ろう!
お昼に一緒にご飯を食べようと僕の方から誘うのは失敗してしまったけれど、今度こそ──。
「鈴音ちゃーん、一緒に帰ろ~」
だけど、やはり先客がいた。
「鈴音ちゃんってす◯家と吉◯家と松◯のどれが好み?」
「牛丼チェーン限定ですか!? 生憎どれも……」
「あ、もしかしてチ◯ラめし派?」
「な◯卵が良いってわけでもないんですよ」
「じゃあマ◯クとロッ◯リアとモ◯のどれが良い?」
「今度はハンバーガーチェーンですか!?」
「まさかのド◯ドム派? それともファ◯キン?」
「そんなにこだわりないんですよ、私……」
HRが終わってすぐ、星歌が桜田さんの席へとやって来た。桜田さんを牛丼店に誘おうとするんじゃない、イメ損だろうが。
しかし、何だかデジャヴだなぁ。このままだと桜田さんが星歌に連れ去られてしまいそうなので、僕は意を決して席を立ち、真後ろの席に座る桜田さんの方を向いた。
桜田さんと目が合う。僕は、今から貴方と一緒に帰ろうと思います。
しかし、僕が意を決して口を開く前に、桜田さんはニコッと微笑んでから星歌の方を向いて言う。
「ごめんなさい、星歌さん。今日は他の方と予定があるので、星歌さんと一緒に帰ることは出来ません」
「うそぉん……」
星歌、撃沈の巻。なんだかデジャヴな気がするけど。
そして、桜田さんは再び僕の方を向き直してから笑顔で口を開いた。
「というわけで砂川君、一緒に帰りましょうか♪」
桜田さんから放たれたその言葉が、放課後の教室の雑踏を一気にかき消して、クラスメイト達の視線を一気にこっちへ集めた。彼らの視線からは、驚きや戸惑い、そして嫉妬と殺意が感じられるような気がする。気のせいだと思いたいけれど。
「あ、はい。一緒に帰らせていただこうと思います」
やはり、これも桜田さんのラブラブ大作戦の内か。またしても桜田さんの僕へのお誘いが、このクラスに爆弾を投下することとなった。
「え? なにこれデジャヴ?」
お昼と似たようなやり取りに困惑している星歌は、またしても僕を疑うような目で僕のことをジーッと見てきた。
「別に、僕が桜田さんと一緒に帰ってもいいでしょ」
「んんん~?」
あ、ヤバいかも。とうとう僕と桜田さんの関係が星歌にバレてしまうかも──。
「ま、そういうこともあるよね!」
良かったぁ星歌がバk……いや、能天気で。
星歌の追及を逃れた僕は、クラスメイト達からの視線を痛々しいほど感じながら、逃げるように桜田さんと一緒に教室から出たのであった。
僕達が通う高校から最寄りの駅までは歩いて数分ほど。他の生徒達も同じ通学路を使うから、微笑みのメドゥーサこと桜田さんに注目が集まり、そしてどうして僕みたいな男子が彼女の隣を歩いているんだと奇異の目で見られている中──。
「あ、あわわわ……」
僕の隣を歩く桜田さんは何だか落ち着かない様子で、プルプルと体を震わせていた。
どうしちゃったのこの子。もしかして上がり症スイッチ入ってる? 昼間はあんな変なスイッチ入ってたのに?
すると、このままではいけないと思ったのか、桜田さんは朝と同じようにポケットからメモ帳を取り出すと、ページをパラパラと捲りだす。
「あ、あの、砂川君!」
「な、何?」
「砂川君は、帰り道って何をしてるんですか?」
やっぱり会話デッキ書いてあるでしょ、そのメモ帳。
「音楽を聴きながら本を読んでることが多いかなぁ」
「そ、そうですか……」
……。
……か、会話が続かない!?
僕もコミュ障だから会話を盛り上げるの下手だけど、もしかして桜田さんも大概だな!?
いや、もしかしたら桜田さんは緊張しているのかもしれない。
このままではダメだ、せっかく僕と付き合おうとしてくれている桜田さんに幻滅されてしまう。僕だって、ただ桜田さんの彼氏になりたいからと、そんな身分に甘えたくてこの役目を買って出たわけじゃない。
ここは、僕も頑張らないと。
「桜田さんはどういう風に帰り道を過ごしてるの?」
「わ、私は……今日の晩ご飯は何を作ろうかな~って考えてます」
「桜田さんが晩ご飯を作るの?」
「はい。両親が遅くまで仕事してることが多いので、晩ご飯は私が作ることが多いですね」
すごい、桜田さんがご飯を作っている姿を想像しただけでお腹が減ってくる気がする。
「晩ご飯って、毎日メニューを考えて、そのための買い物とかも桜田さんが?」
「は、はい。お肉とか野菜とか、それぞれ安いスーパーが違ったりするので、何件か巡ったりします」
「ちなみに、今日の晩ご飯のメニューは?」
「麻婆豆腐と麻婆春雨と麻婆茄子のどれにしようか迷ってて……」
今、桜田さんがとにかく麻婆成分を摂取したいことはわかる。僕の舌も完全に中華を求めているよ。
「桜田さんの得意料理とかある?」
「作るのが好きなのは、きんぴらごぼうとかひじき煮ですね」
「すんごい和風じゃん。確かにきんぴらごぼう、桜田さんのお弁当に入ってたね」
ふぅ、何とか会話が弾んできたぞ。桜田さんの家庭的な一面を知ることが出来たけれど、次はどんな話題を振ろうかと僕が必死に頭を回している中、隣を歩く彼女は僕の方をチラチラと見ながら、恥ずかしそうに言った。
「あ、あの……今度、砂川君の分のお弁当も、作ってきてあげましょうか?」
お、おい、嘘でしょ……?
今日のお昼のあーんだって十分最高だったのに、そんな、お熱いカップルにしか許されないようなことを、まさか彼女の手作り弁当を食べられるなんていう幸せなイベントを、僕なんかが経験しても良いのか……!?
「さ、桜田さんが、僕に弁当を作ってきてくれるの?」
「は、はいっ。なんだかそういうのもカップルっぽいじゃないですか! それとも、私が作ったお弁当、食べたくないですか……?」
「ううん、食べてみたい!」
「じゃあ明日、楽しみにしててくださいねっ」
なんて桜田さんは嬉しそうに笑っていたけれど、歩道を行き交う人々が僕達の初々しい会話を微笑ましそうに聞いていることに気づいて、彼女は自分の銀色の髪で恥ずかしそうに顔を隠して俯いてしまっていた。そんな彼女の姿を見て、後ろの方を歩いていたおばさま方がまぁまぁとさらに楽しそうに笑っていたのだった。
良かったぁ、星歌や柊真みたいな知り合いが側にいなくて。
しかし、忘れてはいけない。
僕は、推しのりんりんごに最高の失恋ソングを歌ってもらうために、こうして彼氏役(今は仮)に抜擢されたのだ。そのために、僕はもっと桜田さんとカップルらしいことをしないといけない。
でも、この恋が失恋前提なのが、何度考えても悲しいと思える。こんなに出来た彼女を、どうして僕から振らないといけないんだ……。
「桜田さんのお弁当、楽しみだなぁ。今日の夜から断食するね」
「えぇ!? ちゃ、ちゃんと三食ご飯を食べないとダメですよ!」
「まるでお母さんみたいだね、桜田さん」
「砂川君がそうさせてるんじゃないですか!?」
「あ、もしもし母さん? オレ、社長のフェラーリを東京湾に投げ込んでしまったから、弁償しないといけないんだ……」
「オレオレ詐欺しないでくださいよ!?」
意外と桜田さんにツッコミ適正があって助かる。今後もこの調子で僕がボケたら、もっと砕けた感じで桜田さんと話せるようになるだろう、そう信じたい。
これも、桜田さんのためだからね。
その後、僕達は高校の最寄り駅に到着して、一緒に電車に乗ったけれど──。
「あ、あわわわっ」
帰宅ラッシュ時らしいすし詰め状態の電車の中で、人波に呑まれて車両の奥に連れて行かれてしまう桜田さん。ついさっきまで僕のすぐ側にいたはずなのに、完全に姿を見失ってしまった。
そういえばすっかり忘れてた、桜田さんが満員電車を苦手としていることに。
「わわわ~!?」
そして駅に電車が到着すると、今度は降りていく人波に押し出されるように電車から降りてしまう桜田さん。まだここは目的地じゃないのに。
「さ、桜田さーん!?」
僕は慌てて彼女を電車の中に連れ戻して、そしてまた人波に押されて電車を降りてしまう彼女の手を引っ張って連れ戻し……そんな茶番を何度か繰り返すのであった。
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