第12話 とても美味しそうですよね、ね!
僕は桜田さんの彼氏役にふさわしいか未だに不安ではあるけれど、彼女とお付き合いすること自体はやぶさかではない。
でもさっき、桜田さんが僕を昼食に誘っただけで教室があんなにざわつくんだから、遅かれ早かれ変な噂が立ってしまいそうだ。
「皆びっくりしただろうね、桜田さんが僕をお昼ご飯に誘ったから」
静かな場所でお昼ご飯を食べるために、僕は桜田さんを連れて本校舎から特別棟へと続く渡り廊下を歩いていた。
「そんなに驚くものでしょうか?」
桜田さん、君は自分の立場をもっと理解しておいたほうがいいよ。多分、桜田さんが「私、頭が良い方が好きなんです」って言ったらこの学校の偏差値が爆上がりするだろうし、「私、アフロの方が好きなんです」って言った日には学校中の男子が皆アフロになるだろう。星歌もアフロになるかもしれない。
「近々、僕と桜田さんが付き合ってるみたいな噂が流れるかもよ?」
「成程。私達はもう傍から見ればそう見えるわけですね。見せつけるのもアリですけれど、あえて内緒にして、秘密を隠すドキドキハラハラ感を味わうのもアリ……悩みものです」
そんなドキドキハラハラ感、僕からすれば怖くてしょうがないけどね。いつか殺害予告とか来そうで。この学校の治安がそんなに悪くないことを祈りたい。
「ですが、私と砂川君はお付き合いしていますけど、まだまだ私達はお互いのことを知りません。そう、今はまだあくまでお友達のような関係です。この段階が重要なんです」
「そ、そうなの?」
「はいっ。砂川君がそう教えてくれたじゃないですか」
確かに僕はあまり焦らない方が良いかもよ的なことは言ったけど、結構こだわるんだね。そういう段階を踏んでくれた方が僕もありがたい、僕達はまだお互いのことを殆ど知らないから。
多分、僕達はまだお友達ですって皆に説明しても、疑いの目を向けられそうだけどね。
そんな話をしながら、僕は桜田さんを連れて特別棟三階の一番奥にある静かな部屋へと向かった。部屋の扉にはビリビリに破れた張り紙が貼られているけれど、何かの部室らしいことは辛うじてわかる。
僕が星歌から借りた鍵で扉を開けると、部屋の真ん中には大きな長机が置かれており、ファイル棚などの収納はあるものの、何かの部室だとわかるような備品は何一つ置かれていなかった。
僕がこの部屋に入るのは久しぶりだ。最後に使ってから半年以上は経っている。普段は星歌が私的利用している部屋だけど、一応僕も関係者だから立ち入りは許可されている。
あまり近づきたくない場所ではあったけれど、こういう隠れ家的な場所が役に立つ時が来るとは思わなかった。
「ここは何の部屋なんですか?」
「使われなくなった部室だよ。星歌のいとこのお兄さんが生徒会長で、そのコネを使って星歌が自分の部屋にしてる」
「そして、砂川君はよくここを使われるんですか?」
「まぁ、昔は僕も使ってたし」
僕と桜田さんが二人で教室を出ただけでクラスメイト達からは十分に怪しまれるだろうけれど、あそこで桜田さんのラブラブ大作戦を発動されたらますます怪しまれるだけだろう。
それに、どうせなら桜田さんと二人きりになれた方が良い。とっても緊張してしまうけれど。
そしていざお昼ご飯を食べようとお弁当をテーブルの上に広げたところで、桜田さんも同じくお弁当の蓋を開けたところで言う。
「す、砂川君」
「どうかした?」
「私のお弁当、美味しそうに見えませんか?」
僕は自分のお弁当の向こうに広げられた桜田さんのお弁当を見る。
綺麗に焼かれた卵焼きに冷めてもサクサク感がありそうな唐揚げといった主菜が、お腹を空かせた男子高校生にとってよだれが止まらない程美味しそうに見えるのは勿論のこと、ミニトマトやミックスベジタブル、きんぴらごぼうにほうれん草のおひたしなど、栄養バランスや彩りも考えられた具材の数々は、例えなんかじゃなくて本当に宝石箱のように見える。
「うん、とても美味しそうだね。もしかして桜田さんが作ったの?」
「あ、いえ、私はお母さんのお手伝いをするだけですけど、美味しそうですよね?」
「うん、違いないね」
桜田さんのお弁当が美味しそうに見えるのは間違いないし、きっと実際に口に入れても美味しいに違いない。
でもなんだか、桜田さんの様子がおかしいように思える。どうしてそんなにお弁当が美味しそうに見えることをアピールしているのだろう。
僕が不思議に思っていると、桜田さんは自分のお弁当を少しだけ僕の方に近づけて、少しだけ顔を赤くしながら言った。
「こ、こんなに美味しそうなお弁当なら、つい食べたくなっちゃっても、しょ、しょうがないですよね!」
「へ?」
「しょうがないですよね、ね!」
どうして桜田さんがこんな必死に僕にお弁当の美味しさを訴えかけているのか、僕はようやく理解した。
もしかして桜田さん、僕に『あーん』したいのかな。
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