第11話 そういうこともあるよね、わかるわかる
午前の授業が終わって昼休みを迎えても、僕は若干浮ついた気分だったけれど、日陰者の僕にも彼女が出来たんだと、いつまでもウカウカしている場合ではない。
これは、ただの恋じゃない。歌い手りんりんごこと桜田さんに僕のことを好きになってもらって、そして僕が何かしらの理由をつけて彼女を振り、りんりんごに最高の失恋ソングを歌ってもらわないといけないのだ。
改めて考えると、やっぱり失恋前提なのが悲しくてしょうがない。でもこれも、りんりんごの成長のためなのだ。
今のところ、僕は桜田さん考案のラブラブ大作戦なるものに協力しているけれど、受動的になってばかりではダメだ。せっかく桜田さんが僕のことを選んでくれたのだから、僕も頑張って桜田さんに好きになってもらわないといけない。
というわけで今日は、桜田さんと一緒にお昼ごはんを食べよう!
「すーずねちゃーん!」
だけど、先客がいた。
「今日はどんなお弁当? 伊達巻とか栗きんとんとか入ってる?
「おせち料理じゃないんですから」
「私ったら、まだお正月気分が抜けてなかったかも……」
「もう五月なのに!?」
「ハッ、なんだか急に五月病の症状が……!」
「せ、星歌さん、しっかりしてー!?」
急に五月病を発症しつつも、星歌は桜田さんの隣の席に陣取った。
星歌はいつも誰かとお昼を食べているけれど、桜田さんが転校してきた初日から、彼女を自分の輪の中に取り込んでいる。星歌なりに転校してきたばかりの桜田さん達を気遣っているんだろうけれど、彼女達スクールカースト上位が集まっていると、視界に入れるのも恐れ多いぐらいの輝きを放つのだ。
「鈴音ちゃんっ、今日はどこで食べる? 保健室で消毒液の匂いに囲まれるのも悪くないけど、音楽室とかどう? 昼練してる吹部の人達に睨まれながらダラダラ食べるお昼ごはんも美味しいよ」
「そんな環境で食べるご飯を美味しいと思えるのは、星歌さんぐらいだと思います……」
「それほどでも~」
ダメだ、このままでは桜田さんが星歌に連れ出されてしまう。この輪の中に入るの、すっごく勇気がいるけれど、僕は意を決して席を立ち、真後ろの席に座る桜田さんの方を向いた。
桜田さんと目が合う。僕は、今から貴方のことをお食事に誘います。どうかお許しを。
しかし、僕が意を決して口を開く前に、桜田さんは僕にニコッと微笑んでから星歌の方を向いて言う。
「ごめんなさい、星歌さん。今日は他の方と予定があるので、星歌さんとお昼ご飯を食べることは出来ません」
「うそぉん……ショックの巻……」
見るからに残念そうな様子の星歌。彼女は感情の起伏が激しい上にわかりやすいから見ていて面白い。
でも、他の人と予定があるなら僕もダメなんじゃ、と僕がちょっとショックを受けていると、桜田さんは再び僕の方を向き直してから笑顔で口を開いた。
「というわけで砂川君。行きましょうかっ」
桜田さんから放たれたその言葉が、教室の雑踏を一気にかき消して、クラスメイト達の視線を一気にこっちへ集めた。
「は、はい、かしこまりました」
僕は桜田さんからのお誘いにびっくりしすぎて変な答え方をしてしまった。
そうか、これも桜田さんのラブラブ大作戦の内か。
僕は桜田さんの方から昼食に誘われる形になったけれど、それが嬉しいのは別として、桜田さんのお誘いはこのクラスに爆弾を投下することとなった。
「微笑みのメドゥーサが、砂川を……!?」
桜田さんが僕を昼食に誘ったことが余程意外だったのか、一瞬静寂に包まれた教室が今度はざわつき始めた。
まだ正式なお付き合いは始めていないはずだけど、そういう噂がたってもおかしくないね、うん。僕は近々クラスメイトに殺されちゃうかも。
「あいつ、微笑みのメドゥーサの靴でも舐めたのか……?」
おい誰だ、そんなことを言った奴は。
「靴を舐めて従者になれるなら、俺も……」
桜田さんの靴は絶対舐めさせないからな。ていうか僕は従者じゃない……って、僕と桜田さんの関係、そんな風に見えるの!? せめて恋人って言ってくれない!?
そして、この展開に戸惑っている奴が僕達の側にも一人。
「私も鈴音ちゃんの何かを舐めないといけない……ってこと?」
星歌は僕と桜田さんを交互に見ながら混乱しているようだった。まず、僕が桜田さんの靴を舐めた前提で話を進めるのをやめろ。舐めさせてもらえるなら靴でもなんでも舐めてるよ。
「ね、鈴音ちゃん。どうして瀬那と? 私も一緒にいちゃダメ?」
「今日はダメですっ」
「そ、そんなぁ……え、二人ってそんな仲良かったの?」
僕と桜田さん、つい最近までまともに会話したことなかったからね。桜田さんと仲が良い星歌からすればびっくり仰天という感じだろう。
「別に、僕が桜田さんと一緒にご飯食べてもいいでしょ」
「んんん~?」
あ、ヤバいかも。星歌はいかにも僕を疑うような目でジーッと見つめてきた。僕と桜田さんの関係がバレてしまうかも──。
「……ま、そういうこともあるよね!」
良かったぁ星歌がバk……いや、能天気で。
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