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第9話 桜田さんのラブラブ大作戦、発動



 微笑みのメドゥーサ、いや歌い手りんりんごこと桜田さんと失恋前提のお付き合いを始めることになった翌日。

 未だに昨日の出来事が現実に起きたことなのか僕自身信じられずにいるけれど、それよりも気分が浮かれてボーッとしている時間が増えたように感じる。


 恋……恋かぁ。

 僕にも、彼女が出来たんだなぁ……。


 「砂川君! 砂川くーん!」

 「はっ!?」


 僕の名前を呼ぶ声に気づいて、僕は慌てて我に返った。駅のホームで電車を待っていた僕の目の前にはもう電車が到着していて、そしてドア付近でぴょんぴょんと青いリボンと一緒に飛び跳ねている桜田さんの姿があった。


 「あ、ごめんごめん。おはよう、桜田さん」

 「おはようございます、砂川君。だ、大丈夫ですか?」

 「うん、考え事してただけだから。呼んでくれてありがとう」


 僕が電車の中に駆け込むと、すぐに電車は発車して進み出す。電車の始発は桜田さんの最寄りからだけど、朝のラッシュ帯だからか席はもう埋まってしまっていて、僕と桜田さんはドアを挟んで向かい合って立つことになった。

 そして、桜田さんは鞄を胸に抱えて、照れくさそうに笑いながら口を開く。


 「私、昨日はなんだか気分が浮ついて眠れませんでした。砂川君はどうでしたか?」

 「こういう時に限って電車が遅延したり運休したりしないかハラハラしてたよ」

 「あ、私もです」


 そう、僕は今日、桜田さんと初めて一緒に登校する。



 以前から桜田さんが恋人と実行したかったというラブラブ大作戦その①、登校編。

 まぁその内容はただ一緒に登校するというだけではあるけれど、今まで一人で窮屈な満員電車に乗って登校していた僕にとっては、桜田さんという存在がいるだけで全然景色が違うように、灰色に映っていた世界が突然色彩を持ったように見えるのだ。


 もう、朝一番に桜田さんの姿を見ただけで、眠気なんて吹き飛んじゃうよね。


 こうして桜田さんと一緒にいるだけで僕の気分は浮ついてしまっているけれど、桜田さんは鞄を足元に置くと、胸ポケットからメモ帳を取り出してパラパラと開く。


 「では、自己紹介タイムといきましょう」

 「へ? 自己紹介?」

 「はいっ。まずはお互いのことを深く理解するべきだと思いますので」


 確かに、僕は桜田さんのことを殆ど知らない。進級してからクラスで自己紹介とかあったけれど、名前と誕生日、趣味と好き嫌いを言ったぐらいだ。


 「ではクイズですっ」

 「クイズ形式なんだ」

 「私の名前はなんでしょう?」

 「そこから!?」

 「ではどうぞ、砂川君」

 「ごめん、オーディエンス使って良い?」

 「砂川君!?」

 「ごめんごめん、冗談だよ。桜田……す、鈴音さん」

 「ピンポンピンポーン! はなまるですっ」


 すると、桜田さんは嬉しそうに手ではなまるを宙に描いた。その仕草がなんとも可愛らしい。

 なんだろう、人の名前を当てただけなのに、こんな多幸感に包まれるなんて。それにしても、桜田さんの名前を呼ぶの、ちょっと恥ずかしいというか照れてしまう。今更だけど、名前が鈴音だから、それをもじってりんりんごって名前で活動してるのかな。


 「じゃあ桜田さん、僕の名前は?」

 「砂川瀬那君ですっ」

 「あ、正解。よく知ってるね」

 「いつも私の席の目の前で、そう連呼してる方がいるので……」

 

 なるほど、毎朝のように僕の席に向かって突撃してくる新井星歌という能天気な奴の仕業か。でも彼女のおかげで桜田さんに僕の名前を覚えてもらっているんだから、今度ご褒美にジュースでも奢ってやらないといけないね。


 「では第二問です。私の誕生日はいつでしょう?」

 「確か、四月の初めの方だったっけ?」

 「ピンポーン、はなまるですっ」


 こんなアバウトなのにはなまるもらえるんだ、嬉しい。


 「答えは四月の三日です。進学したり入学してすぐに皆よりちょっとだけお姉さんになれるので、ちょっと嬉しいですっ。

  砂川君のお誕生日は、確か十一月ですよね?」

 「うん。十一月十九日。桜田さんより半年ちょっと弟だね」

 「では私を鈴音お姉ちゃんと……よ、呼んでみたいですか?」

 

 え、呼びたい。鈴音お姉ちゃんって呼んでみたいけど、僕はまず君を名前で呼ぶことがハードル高いんだよ。


 「え、遠慮しとくよ」

 「それは残念です……いずれ機会があるかもしれないので、ラブラブ大作戦に加えておきましょう」

 「そんな機会あるかなぁ」


 鈴音お姉ちゃん、か。確かに桜田さんの方が若干年上だけど、桜田さんってお人形さんみたいな雰囲気でちょっと童顔だから、どちらかというと妹感の方が強いかも。

 いや、桜田さんみたいな姉妹を持つなんて贅沢過ぎるか……でも、恋人の方がもっと贅沢だね。


 その後、途中の駅で僕達は電車を乗り換えた。そのまま高校の最寄りへ向かうだけなんだけど、下り電車なのにラッシュ帯だから中々の満員具合だ。


 「では、私の趣味は──」


 桜田さんは引き続きクイズを出そうとしていたけれど、電車に乗り込んできた人波に呑まれて電車の奥の方へ連れて行かれてしまった。


 「あ、あわわわっ!?」

 「さ、桜田さーん!?」


 さっきまで僕の側にいたはずなのに、完全に桜田さんの姿が見えなくなってしまった。

 しかし僕が桜田さんの名前を呼ぶと、満員の車内で青いリボンがぴょんぴょんと飛び跳ねているのが見えたので、なんとか桜田さんを見つけ出すことが出来た。


 「さ、桜田さん、大丈夫?」

 「は、はいぃ……」


 そんな押しつぶされる程満員ではないから無事みたいだけど、あんな綺麗に人波に流されていく人、初めて見たよ。


 「わ、私、人混みが苦手なんです。人の流れに呑まれて、そのまま目的地とは全然違う場所に連れて行かれることが結構あるんですよね……」

 「結構あるんだ。まぁ確かに、満員だと人の波が壁みたいだもんね」


 桜田さんみたいに小柄な人だと尚更だろう。僕もたまに電車の乗り降りに苦労することあるし。

 すると、電車が次の駅に到着し、今度は大勢の人が電車から降りていく。


「わわわ~!?」


僕の目の前にいたはずの桜田さんは、どういうわけか再び人波に呑まれてしまい、まだ高校の最寄りじゃないのに電車から降ろされてしまった。


 「さ、桜田さーん!?」


 僕は慌てて桜田さんの元へ向かい、彼女の手を握って電車の中に連れ戻した。

 人ってこんな簡単に人波に呑まれちゃうんだね、怖い。





 「あ、ありがとうございます……」


 桜田さん、まだ学校の最寄りにすら辿り着いてないのに、大分疲れてそうなんだけど。


 「桜田さん、大丈夫? 毎朝こんな感じ?」

 「油断するといつもこうなっちゃうんです。こうやって誰かが手を繋いでくれてないと」


 僕に救出されてホッとした表情の桜田さんにそう言われて、僕は手元を見た。さっき人波に呑まれた桜田さんを連れ戻すために、僕は桜田さんと手を繋いでしまっていたのだ。


 「あ、ご、ごめん」


 僕は慌てて桜田さんの手を離したけれど、逆に桜田さんから手を握り返されてしまった。


 「いえ、私を助けてください、砂川君」


 そうか。これは桜田さんにとっては命綱なんだ。満員電車でこんなことある?



 というわけで、桜田さんとお付き合いを始めて一日目。早速彼女の手を握ることが出来ました。とても小さく感じるけれど、僕の心を包みこんでくれるような不思議な温かさがあります……って、余計なことを考えるんじゃない。何だか自分でも自分を気色悪く感じてしまう。


 「わわわ~!?」

 「って、桜田さーん!?」


 こうして、何度も人波に呑まれてしまいそうになる桜田さんの手をギュッと握りしめ、どうにか僕達は高校の最寄り駅に到着したのだった。




 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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