プロローグ 歌姫の願い
この幸せな時間に終わりが来ることを、僕達は知っていたはずだった。
どう足掻いても、この恋が悲惨な結末を迎えてしまうことを、僕達はわかっていたはずだったのに……。
「ね、瀬那。手、繋ごうよっ」
何気ない帰り道の一コマだというのに、今となっては、とても輝かしい時間だったように思える。
二人で何度も同じ日常を繰り返しているはずなのに、こうして手を繋いで、帰り道の途中でなんとなく寄り道して、くだらないことを駄弁って、そして僕達の夢を語り合う毎日は、まさに理想的な青春と呼べるような、何事にも代えがたい輝かしい日々だった。
そう感じられるのはなによりも、かけがえのない彼女と一緒にいるからだろう。
僕は、そんな愛おしい彼女の、白くて小さな手をギュッと握った。
「えへへ……」
そして彼女は僕の手を握り返してきて、彼女の小さな喜びを、その手の優しい温もりから感じ取ることが出来た。
「今日は、どこへ行こうか?」
彼女はそう言ってはにかんだ。
僕達の、新しい時間。
僕達の、新しい日常。
「君となら、どこへでも──」
きっとこれからも、こうして彼女と一緒に同じ時間を過ごして、彼女の一つ一つの仕草が、彼女の些細な変化が、彼女のどんな側面でさえも、悶えるぐらい愛おしく感じるようになるのだろう。
この恋の情熱が冷めることも、ましてや終わってしまうことさえも、かつての僕には到底信じられなかった。
しかし、この恋には終わりが約束されていた。
僕の彼女が──歌姫とも呼ばれる、天使のように美しい歌声を持つ彼女が、最高の失恋ソングを歌えるように。
僕達には失恋が約束されていた。
そう、これは失恋前提の恋だったのだ。
◇
「私、夢があるんです」
自分は、もう青春というものに縁が無いと思っていた。
そんな幻に、別れを告げたはずだった。
「おこがましいかもしれませんが、私のお願い、聞いてくれませんか?」
ましてや、まるでラブコメみたいなドキドキする展開なんて。
「す、砂川君。その、私と、私と────」
そんな青春みたいな恋なんて、二度と来ないものだと思っていた。
「私と、付き合ってください!」
お姫様みたいな可愛い女の子から告白されるなんて、僕の人生で最高のイベントになるはずだったのに────。
「そして、私を振ってください!」
僕の青春は、即座に唐突な終わりを告げられたのだった。