表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/49

27話 株式会社ラグーン教会

 カレンはしばらく困惑した表情のまま沈黙していた。


 だが、やがて息を整え、ゆっくりと頷いた。


「……わ、わかりました。」


 彼女の声はまだ少し震えていたが、それでも確かな決意が感じられた。


「死んだ人へ恩を報いる貴方を信用します。」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は微笑みながら深く頷いた。


「ありがとうございます、カレンさん。」


 俺の言葉に、彼女は驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐに微笑みを返した。


 その表情には、先ほどまでの不安や戸惑いはなく、どこか安心したような色が浮かんでいた。


(……ああ、よかった。)


 俺の目は真剣そのものだった。


 カレンもそれを感じ取ったのだろう。


 彼女の顔には、ほっとしたような安堵の表情が浮かんでいた。


 そして俺は大通りを歩きながら、さっきのコワモテの男たちを探した。


(あの連中に、もう一度話をつけないとな。)


 そう考えながら通りを見渡していると——


「……いた!」


 少し先、屋台の酒場でだべっている彼らの姿を見つけた。


 俺はまっすぐ彼らの方へ歩いていき、大きく手を振った。


「おーい!」


 男たちは、ちらっとこちらを見た。


 一瞬、俺の姿を認めると同時に、酒を片手にした一人が眉をひそめた。


「……なんじゃワレ?」


 不機嫌そうな目が、俺を睨みつける。


(まぁ、そりゃそうか。)


 さっきは借金を返しただけで、特にいい印象を持たれているわけじゃない。


 むしろ、今の俺は”借金を肩代わりした物好きな善人”か、“利用価値のありそうなカモ”くらいにしか思われていないだろう。


(……なら、うまく交渉するしかないな。)


 俺は彼らの前に立ち、にこやかに微笑んだ。


「ちょっとお話ししたいことがあるんですが、いいですか?」


 俺はコワモテの男たちの前で、一つ咳払いをした。


「ちょっとお話ししたいことがあるんですが、いいですか?」


 男たちは不機嫌そうな表情を崩さないまま、酒を片手に俺を見つめている。


「……話? ワシらに?」


「ええ。」


 俺は、にこやかに微笑んでみせた。


「貴方たちに、ラグーン教会の運営権の30%を担ってもらいたいんです。」


「……は?」


 目の前の男が、片眉を上げる。


「なんや、それ。“運営権”やと?」


 俺は頷き、酒場の簡素なテーブルを借りて、話を続けた。


「簡単に言えば、貴方たちには教会の経営に一部関与してもらいたいんです。」


「教会の経営? ははっ、そんなんで儲かるんか?」


「ええ、毎月の利益はしっかり還元します。」


 俺は落ち着いた口調で答えた。


「もちろん、30%というのは教会の全体収入のうち、貴方たちに配分される分という意味です。」


「……つまり、儲けた金の三割がワシらのもんになるっちゅーことか?」


「そういうことです。」


 男たちは顔を見合わせた。


「……待てや。」


 別の男が腕を組みながら口を挟む。


「教会なんざ慈善事業やろ? 利益なんか出るんかい。」


「ええ、普通のやり方じゃ無理ですね。」


 俺は静かに頷くと、言葉を続けた。


「でもその代わり——貴方方、裏社会の方々の協力が必要になります。」


「……協力?」


 男たちの視線が鋭くなる。


「何をさせるつもりや?」


「簡単な話です。」


 俺は、笑みを浮かべたまま続けた。


「この国の裏社会は、資金洗浄マネーロンダリングの手段を探しているはずです。」


「……!!」


 男たちの表情が一変する。


「……続けろ。」


 俺は、彼らの反応を確認しながら、淡々と説明を続けた。


「教会は基本的に税金がかからない。そのため、寄付金という名目で資金を流し込み、正規の収入に変換することができる。」


「……なるほどな。」


 男たちは腕を組み、俺の話を黙って聞いている。


「そして、教会は慈善活動の一環として、商業活動を始めることができる。」


「商業活動……?」


「孤児院経営、食堂、診療所、教育機関……これらはすべて“合法”の名目で運営可能です。」


「……それで、どうなるんや?」


「教会の名の下に行われる事業の収益は、合法的な利益として運用できる。それを貴方たちに分配する。」


 俺はゆっくりと手を広げた。


「結果、貴方たちは表向きは慈善活動に貢献しつつ、裏では安定した資金運用の場を手にすることになるんです。」


 男たちは口をつぐんだまま、テーブルの上の酒をじっと見つめる。


「……で、ワシらのリスクは?」


「ほとんどありません。」


 俺は即答した。


「教会という名目がある以上、国や騎士団もすぐには手を出せない。何かあったとしても、宗教の自由という盾がある。問題が発生すれば、俺が対処します。」


「……」


「貴方たちは今まで通りの仕事を続けるだけでいい。ただ、俺と教会に一部の資金を流すだけ。 その代わり、貴方たちは合法的な商業活動を持ち、定期的なリターンを受け取ることができる。」


「……」


 しばらくの沈黙が流れる。


 男たちは互いに顔を見合わせた。


(ここで引くか、それとも乗るか——。)


 俺は彼らの判断を待った。


「……マネーロンダリングってなんや?」


 男たちの一人が怪訝な顔で俺を見た。


(……げっ。)


 俺は思わず顔をしかめた。


(まさか、この世界にそんな概念がないとは……。)


 確かに、考えてみれば当然か。

 この国の経済は中世レベルで、貨幣の流通も大雑把だ。

 銀行システムも未熟で、そもそも「不正に得た金を合法化する」なんて発想すらないのかもしれない。


(……これだからバカは。)


 俺は心の中で舌打ちしながら、仕方なく言葉を選ぶことにした。


「簡単に言うと、汚れた金をきれいな金にする方法です。」


「は? 金は金やろ?」


「違います。」


 俺は指を一本立てる。


「例えば、お前たちが闇市で儲けた金があるとする。それをそのまま使おうとすると、出どころが怪しまれることがある。」


「……まぁ、それはあるな。」


「だが、教会に“寄付”という形で金を入れ、それを教会の活動資金として運用すればどうなる?」


「……?」


「表向きは、“善行”に使われた金になるんだよ。」


 男たちはポカンとした表情を浮かべた。


「……ちょっと待てや。それってつまり……?」


「汚い金を“きれいな金”に変えるってことだ。」


「……!!」


 男たちの表情が変わった。


「……マジか、それ……?」


「本当です。だから、教会に金を流せば、後からそれを報酬という形で受け取ることができる。しかも、疑われる心配なしに。」


「……すげぇな、それ。」


「だろう?」


 俺は、ニヤリと笑った。


「教会を使えば、お前たちは合法的に金を動かせる。おまけに、教会の庇護があるから、騎士団や貴族連中も簡単には手を出せない。」


「……なるほどな。」


 男たちはゴクリと唾を飲み込む。


「どうする? 乗るか?」


 俺が問いかけると、男たちは顔を見合わせた。


「……おもろいやんけ。」


「これは……新しい“商売”やな。」


「……ええで。乗ったるわ。」


 俺は満足げに頷いた。


「賢明な判断です。」


(やれやれ、説明するのに手間がかかったが……これで話はまとまったな。)


「ほな、ワレもこの“マネーロンダリング”っちゅうの、ちゃんと運用してみせぇよ。」


「ええ、もちろん。」


 俺は、自信満々に言い切った。


(……まぁ、俺も実際にやるのは初めてなんだけどな。)


 深夜——


 教会の中は静かだった。


 子供たちはすでに寝静まり、かすかに寝息の音が響いている。


 ステンドグラスを通した月の光が、淡い影を床に落としていた。


 その光の下、カレンは静かに祈りを捧げていた。


 祭壇の前に膝をつき、両手を組み、目を閉じる。

 彼女の唇が小さく動き、微かな声で祈りの言葉が紡がれていた。


 ——俺はそっと近づいた。


「カレンさん。」


 彼女は少し驚いたように振り返る。


「……レグナードさん?」


「すみません、こんな時間に。」


「いえ……どうかしましたか?」


 俺は微笑み、静かに告げる。


「商談が成立しました。」


 カレンの瞳が驚きに揺れる。


「……え?」


「早ければ来月には、寄付が増えると思います。」


 彼女は、一瞬言葉を失ったようだった。


「……本当に……?」


「ええ、本当です。」


 俺は頷く。


「教会の運営資金は、これで安定するでしょう。借金の返済も、子供たちの食事も、教育も、全て心配いりません。」


 カレンは目を見開いたまま、俺を見つめた。


「……あなた……」


 彼女はそっと胸に手を当て、感極まった表情を浮かべる。


 そして、涙を滲ませながら——


「……本当に、神様の使い……ですか?」


 俺は驚き、思わず笑った。


「いやいや、そんな大層なものじゃないですよ。」


「でも……あなたがいなければ、この教会は……」


「俺は、ただ少し手を貸しただけです。」


 俺は、穏やかに微笑む。


「誰かの役に立てるのは、気持ちがいいものですからね。」


 カレンは涙を拭いながら、俺の手を取った。


「……ありがとうございます……本当に……ありがとうございます……」


 俺は、ただ静かに微笑んだ。


(よかった。これで、教会も、子供たちも救われる。)


 俺の中には、確かな満足感があった。


 それからの俺の日々は、一変した。


 朝は早く起きて、子供たちと一緒に朝食を食べる。

 ミィミが給仕を手伝い、俺もできる範囲で手を貸した。


「レグナードさま、今日も遊んでくれますか?」


「ねぇねぇ、また昨日みたいに紙芝居読んでよ!」


「今日の授業、ぼくわかんなかったから教えてほしい!」


 そんな風に、子供たちは俺に懐いてくる。


(……悪くないな。)


 俺は、教会の庭で子供たちと駆け回った。

 鬼ごっこをしたり、木登りをしたり、時には小さな子を肩車して歩いたり。

 こんな風に誰かと触れ合うことなんて、俺の人生にはなかったことだ。


「レグナードさま、すごく足が速いんですね!」


「そりゃ、僕は昔営業をやってたからね。速く走るのは得意なんだ。」


「えいぎょう?」


「うん、飛び込み営業っていうんだよ。町中を走り回ってたから、足腰には自信がある。」


「すごいー!!」


 子供たちはキラキラした目で俺を見上げた。


(……営業やってて良かったな。)


 そんな風に、これまでの人生で思うことなんてなかったが、今は少しだけ誇らしかった。


 昼間は教会で楽器を学んだ。

 カレンがピアノを弾くのを見て、俺も興味を持ったからだ。


「では、まずは指の動かし方からですね。」


「……俺、こういうの初めてなんですけど。」


「大丈夫ですよ。誰でも最初は初心者です。」


 カレンは優しく微笑んで、俺の手をそっと鍵盤に置いた。


 最初はギクシャクしていたが、次第に指が動くようになり、簡単な旋律を弾けるようになった。


(意外と、悪くないな。)


 子供たちも集まってきて、俺の演奏を聞いてくれた。


「レグナードさま、すごい!音がきれい!」


「もっと弾いてー!」


「レグナードさまって、なんでもできるんですね!」


「まぁ、何事もやってみることが大事だからね。」


 俺は、どこか得意げに微笑んだ。


 夕方になれば、教会の鐘が鳴る。

 その音を聞きながら、俺は日課となった子供たちとのお話の時間に入る。


 ミィミも、いつも俺の隣に座って熱心に話を聞いていた。


「それでね、ご主人様はその時どうしたんですか?」


「僕はね——」


 そうやって、子供たちの興味を引くように話を進める。

 笑い声があふれ、俺も自然と笑みを浮かべるようになった。


(……本当に、楽しい日々だ。)


(こんな穏やかな時間、俺には無縁だと思っていたのに——)


 教会での日々は、俺の心を少しずつ変えていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ